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元将軍のアンデッドナイト  作者: 猫子
第二章 都市バライラの英雄譚
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第三十三話 伯爵邸の襲撃⑧

「ランベール・ドラクロワだと!? ガイロフ様を敬愛するワシの前で、よりにもよって、あのランベールを騙るなど! 万死に値するわい!」


 マンジーが叫び、ガイロフの書を掴む手の力を強める。


「いや、容易には殺さぬ! ガイロフ様の魔術により、苦痛を味合わせ続けるためだけの肉人形へ変えて、何年でも何十年でも生かし続けてやる! たかだか強化アンデッドを斬った程度で図に乗りおって!」


 ランベールがマンジーへと駆ける。

 マンジーは左手で書を支えながら、右手をランベールへと向ける。


「炎よ、焼き払え!」


 ガイロフの書を媒介とし、魔術が発動する。

 マンジーの示した手先から高さ二ヘイン(約ニメートル)を超える炎が上がり、床と共に天井を焦がす。

 マンジーの魔術は、ランベールの動きに遅れ、後を追うように炎を上げていく。


「ヨホホホホ! その鎧が、貴様の肉を焦がして焼け付け、貴様を甚振る棺となろう!」


「なんだ、あの魔術の規模は……!?」


 『踊る剣』の冒険者が、呆然と声を漏らす。

 マンジーの魔術は、通常の魔術師とは比べ物にならない。

 発動までに掛かる時間が、規模が、威力が、発動スパンが。

 そして何より、特異現象を引き起こすためのマナの総量が、あまりに圧倒的であった。


 魔術の中でも、無から有を生み出すものは、多くのマナを消耗する。

 そのため土や風を操り、攻撃に転じる魔術師が多い。

 炎を扱うものも、せいぜい手のひらに乗る程度の炎弾を放つ程度である。

 通常の魔術師であれば、あの量の炎を生み出せば、すぐにマナが枯渇して動けなくなるばかりか、命にまでかかわるはずである。


 マンジーは、歴史の怪物・錬金術師ガイロフの魔導書を媒介にして魔術を操っている。

 ガイロフの書は複雑な魔術式によりマナ効率を極限まで高めており、魔術の媒介としてほぼ完成形に達していた。

 その力も無論あるものの、しかしこれだけの規模の炎を生じさせているのは、マンジーの圧倒的マナ総量のなせる技であった。


「ただの冒険者に太刀打ちできる範囲じゃない……あの魔術は、五大宮廷魔術師にも匹敵するぞ」


 強化アンデッドと戦い、仲間の指揮を執るファンドが、尻目でマンジーとランベールの交戦を見て、脂汗を垂らす。


「あれ程の魔術の腕がありながら、何故、禁忌魔術組織などに……! あれでは、近付きようがない!」


 ファンドの言には、三つ間違いがあった。

 一つは、マンジーの得意とするのはあくまで死霊魔術であり、手元の屍を用いてランベールを遮る方法がなく、仕方なく本領ではない手段を取ったに過ぎないこと。

 そして二つ目は、マンジーは魔術師として道を踏み外してこうなったのではなく、幼少よりとっくに人間として破綻していた者が、強い力を持ったが故により大きな邪悪になったに過ぎないということ。


 最後の三つ目は、マンジーと相対しているランベールにとって、その炎が然したる問題ではないということであった。

 ランベールは寸前で回避しつつも、動作には余裕があった。

 敢えて引き付けて寸前で接近することで、最短経路でマンジーへの距離を詰めているのだ。


「ガイロフの書を用いて、この程度か」


 ランベールの評価に、マンジーは脂肪塗れの顔面に深い幾つもの皺が生じさせ、怒りを露にした。

 ファンドを畏れさせた王国の魔術師の頂点に匹敵するマンジーの魔術も、ガイロフの放つ魔術を実際に受けたことのあるランベールにとっては、想定の遥か下のものとしか感じられなかった。


 ついにランベールの大剣が、間合いの範疇にまでガイロフを捉えた。

 二人の目が、合った。


「その書は破壊させてもらう」


「馬鹿が、死ぬのは貴様だ!」


 ランベールの目前に唐突に、漆黒の鎧に身を包む、頭部のない双剣士が、右の剣を振り上げた姿勢で出現した。

 姿を消してマンジーの傍らを守っていた、ガイロフが契約した冥府の十三精霊が一体・デュラハンである。

 不意打ち気味に降ろされた刃が、ランベールの大剣に防がれる。


「ガイロフの十三精霊、六番目のデュラハンか。二百年振りだな」


 ランベールの剣とデュラハンの剣が交わり、押し合う。

 デュラハンが双剣を用いて、ランベールへと人外の剣技を放つ。

 音よりも速い剣の連打を、ランベールが受け止める。


 ランベールは、デュラハンの剣技の前に三十手近くに渡り、受け身に回る。

 八国統一戦争を制覇したレギオン王国の魔将の一角であるランベールとて、ガイロフの十三精霊は容易に打ち倒せるものではない。

 ランベールが床を蹴り、後方へ跳ぶ。


「なるほど、俺が眠っている間に力を上げたか」


「…………」


 デュラハンは無言で、双剣を構える。


 デュラハンの剣は、左右で違う。

 右の剣は、魔銀ミスリルによって造られた、剣の軽さと硬度を天秤にかけた薄刃の剣である。

 デュラハンの素早い連撃の主力である。


 左の剣は、剣の全体が黒く、霞が掛かっている。

 一目見て異界のものとわかる魔剣であった。

 デュラハンの身体の一部でもあるこの剣は、肉体を透過して命のみを穿ち、絶つ、呪われた魔剣である。

 ランベールが受け身に出ているのも、この魔剣が最大の要因であった。

 実態を持った魔銀ミスリルの剣に、刃や鎧を透過する防御不可の魔剣。


 片方ならば対処は容易い。

 しかし、この全く異なった対応を要する双剣から繰り出される神速の連撃は、ランベールとて戦い辛い。


 マンジーは、都市バライラの冒険者ギルドの制圧のほとんどにデュラハンを用いていた。

 デュラハンほどの精霊剣士が呪剣を振るえば、大手ギルドであろうが、それだけであっという間に制圧できてしまう。


 マンジーとて、魔術によるマナの浪費は抑えたい。

 それに正面に立って戦えば、マンジーであっても大手ギルドを相手取って無傷で制覇し続けられるはずがなかった。

 また、死体を傷つけないデュラハンの剣は、死体を使用したいマンジーにとっても都合がいい。


 七番目以上の精霊は、マンジーが召喚するには大掛かりな儀式や、自身の危険があった。

 そのためマンジーは、六番目のデュラハンを好んで使役する。

 如何なる剣士であってもその人外の剣技で瞬殺するデュラハンは、マンジーにとって最大の剣であった。

 だが反面、強すぎてつまらないため、大勢の制圧や、今回の様に最後の盾として保険に用いることが常であった。


 マンジーはガイロフの書を手にして以来、デュラハンの力によって、命の危機に晒されることがなかった。

 そのデュラハンが手こずっている光景は、マンジーにとって大きなストレスとなっていた。


「何を手こずっておる! もう、遊びはいい! 生かして捕えるのも、止めだ、止めだ! 殺せ! 殺せっ! 殺してしまえ!」


 マンジーの言葉に、デュラハンが飛び出す。

 常人の認識できる範疇を超越した人外の決闘が再開される。

 マンジーが、引き攣る口許を歪ませて笑みを形作りながら、その戦いへと腕を振るう。


「炎よ、焼き払え!」


 精霊であるデュラハンは、身体の大部分を損傷しても、この世界での存在を保てなくなり、異界へと帰るだけである。

 そのためマンジーは、デュラハンごとランベールを焼き尽すことにしたのであった。


 二人の剣士が、マンジーの放った炎に包まれる。


「ヨホホホホ! やった、やってやった! 殺してやった! ヨホホホ……」


 マンジーが笑う。

 炎の中から、瘴気を帯びる黒い剣がはじき出される。


「ヨホッ……!?」


 次の瞬間、デュラハンが炎の中から蹴り出され、壁を背に倒れる。

 手に、剣はない。漆黒の鎧は縦に割かれ、この世界に存在を保てなくなったのか、透過が始まっていた。


「な、なぜ!? なぜ……」


 炎の柱から、大剣を構えるランベールが姿を見せる。


「援護のつもりかは知らぬが、集中力が切れたのは、そちらの精霊だったな」


 マンジーの炎に意識が逸れたデュラハンから、一瞬、二種の双剣による精妙な連撃が鈍ったのだ。

 両者の勝敗を分けるには十分な時間だった。

 結果、激戦を制したのは、生半可な魔術を通さない純魔金(オルゴン)の鎧を纏い、精神面でも勝っていたランベールとなった。

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