第三十一話 伯爵邸の襲撃⑥
アンデッドと化したユノスの凶刃が、魔術の風に乗ってロビンフッドを襲う。
弓術師の最高潮として鍛え抜かれたロビンフッドの動体視力が、ユノスの変則的な動きを捉える。
「っ!」
ロビンフッドの指先からナイフが投擲される。
舞遊剣は風魔法で予め軌道を作る必要があるため、そこからの派生である動きのパターンが絞られる。
生前の戦闘行為における動作を無造作に真似るだけのアンデッドでは、その特徴は顕著であった。
ロビンフッドは、一度はユノスの舞遊剣を正面から破っている。
だからこそ、舞遊剣の複雑な動きを完全に読み切り、その軌道の先へとナイフを放つことができた。
自身の作った風に従い動く舞遊剣は、咄嗟の制止ができない。
防ぎようのない位置に配置された刃を、ユノスの双眸が捉える。
だが、対応は不可能であった。
ユノスの側頭部にナイフが突き立てられる。
ユノスの血管の浮き出た虚ろな白眼が、驚愕に見開く、
ユノスの動きが止まった一瞬に、ロビンフッドが弓を構えて矢を放つ。
右膝、左腕、そして右眼を狙っていた。
如何に強靭な生命力を持つアンデッドであろうが、関節部や感覚器官を破壊されては、的になるしかない。
完全に当たるタイミングであったはずだった。
だがユノスは、即座に身を翻しながら剣を振るう。
「風よ、弾ケ!」
生じた風が、矢の軌道を逸らす。
外し切れなかった一本の矢が、ユノスの腹部を射る。
ユノスは腹部に刺さった矢を素手で引き抜き、片手でへし折って地面へと落とす。
その様子に、ロビンフッドは距離を置きながら舌打ちする。
(これまでのアンデッドと比べて、規格外に打たれ強すぎる……!)
ロビンフッドの矢は、鎧に防がれたとしても、位置によっては相手の骨に罅を入れさせるだけの威力がある。
それを頭部に受けたにも拘らず、むしろその勢いを利用し、ユノスは身体を回して体勢を整え、追撃の矢へと対応してみせたのだ。
「アンデッドだからこそ取れる動きか。ユノスの剣術と魔術に、アンデッドの頑丈さとは、最悪だな。性格の悪さが人格ごと消えてるのが唯一の救いか」
ロビンフッドは、右目の警戒をユノスに残したまま、左目だけをぐるりと動かして部屋内の様子を確認する。
『踊る剣』の冒険者五人は、マンジーの引き連れて来た他のアンデッド二体と渡り合っていた。
ファンドが中心となって大声で指示を出しながら連携を組み、知性の薄いアンデッドへの優位性を保っている。
しかしロビンフッドの見立てでは、その二体のアンデッドも、ユノスほどではないにせよ剣の達人であった。
数と連携の差で戦えてはいるが、アンデッドの不死性とタフネスを考慮すれば、剣を振るごとに疲労し、血を流すだけ動きの鈍る『踊る剣』の冒険者達がいずれ崩れるのは、明らかである。
八賢者が一人、奇怪な老人マンジーは動かない。
薄気味悪い笑みを浮かべながら戦況を眺めている。
その両傍らには左右一体ずつ、計二体のアンデッドが残っている。
あの二体を動かせばいつでも戦いは終わらせることができるはずであった。
それを行わないのは、マンジーがこの場を、アンデッドと冒険者を戦わせる遊戯としてしか見ていないことの証明であった。
ロビンフッドもそのことには気が付いていた。
できることならば、ユノスとの戦いを長引かせながら、油断したマンジーに致命打を与えたかった。
しかし、それはほとんど不可能に近い。
マンジーの傍を二体のアンデッドが張り付いている以上に、ガイロフの書によって召喚された冥府の精霊・デュラハンが姿を消してマンジーの傍を守っているからだ。
ただのアンデッドよりも、そっちの方が遥かに難敵である。
デュラハンの不可視状態からの双剣による神速の一撃は、人間に対処できる範疇を超えていた。
更にはマンジーの腕にガイロフの書がある以上、マンジーが真っ当な戦闘態勢に入れば、デュラハンと同等以上の精霊が増える恐れもある。
ガイロフの書をマンジーが抱えている以上、真っ当な勝負さえならない。
(戦力が、はっきりと足りない……。恐ろしいのは、部下の補助があるにせよ、ガイロフの書による大規模な死操術の発動と精霊の召喚を熟しながら、マナ不足による疲労がまったくマンジーから窺えないところか。常人ならば、とっくにマナ枯渇で意識か正気を手放しているところか。あいつを殺すには、手札を抱えたまま死んでもらうしかないが……そんな隙を、むざむざ見せるとも思えない)
正攻法で挑むことは不可能と、早々にロビンフッドは決めて掛かっていた。
しかし、マンジーへと向けて策を練り、かつそれを実行するだけの猶予は、ロビンフッドにはなかった。
「アハ、アハハハハァ!」
剣を構えたユノスが、ロビンフッドへと直進してくる。
ロビンフッドが矢を射る。
その刹那、ユノスの動きが急激に速度を上げ、三連射を完全回避。
「う、動きが、生前よりも遥かに速くなっている!? そんな馬鹿な!」
ロビンフッドが続けて放った矢の先端を、ユノスの剣が破壊する。
牽制の矢を肩で受けて塞ぎ、アンデッドの不死性を生かして強引に距離を詰めて来る。
「おや、面白いことになったようだの」
マンジーが興味深げにユノスへ意識を向ける。
マンジーの言葉を基に、ロビンフッドはユノスの状態を解析する。
足の動き、腕の動き、表情筋の動きを目で追い、即座に結論付ける。
(速さというより、単純な筋力が底上げされているのか。いや、それは恐らく、十全に発揮されていなかっただけで、最初からそうだった。それが使い熟されるようになったということは……)
「凄い、凄イ力だ! アハ、アハ、アハハハハハハァ! こレで私ガ、都市バライラ、一の冒険者とナる! この私がァ!」
「自我が、僅かに戻ったのか!」
あり得ないことではない。
強大なマナを有する高位の魔術師や、研ぎ澄まされた精神を持つ剣士は、アンデッドとなって甦った後も、死体に残留したマナが基となり、人格が復活することがあるという。
もっとも完全な状態で戻るものではなく、生前の言葉や思考を機械的に叫び続けるのが限度であるとされている。
ちょうど、ユノスもそういった具合のようであった。
「この力があレば、この力がアれバ、なんダって思いのまマだ! アハ、アハハハァ! 私は、私は生まレト決別し、剣と智略を持って、貴族にナる……! その前に、貴様は邪魔だロビンフッドォォオッ!」
「馬鹿が! お前はもう死んでるんだよ!」
ユノスは生前の剣と魔術の技量にアンデッドの耐久度、そこに更に知性が戻ったことで強化されている死体の身体を完全に扱い切る術を得た。
行動の単純化という、アンデッド最大の弱点はもうなくなっている。
ロビンフッドの矢の三連射に、ユノスは最低限の動きで致命傷を避ける。
身体に当たろうとも、肉体の著しい欠損か関節部の損傷でない限り、アンデッドと化したユノスにとっては問題ではない。
「風ヨ、我を運ベ」
絶妙なタイミングで行使された、ユノスの風魔法。
ユノスは宙に浮かず、低空を駆け抜け、矢を掻い潜り、ロビンフッドの目前で着地した。
移動距離が長ければロビンフッドの動体視力の餌食となるため、短区間の高速移動に割り切った、反省を活かした理性的な行動であった。
「しくじった!」
「死ぬノハ、貴様ァ!」
ユノスの連撃を、退いて回避する。
だが、張り付く様なユノスの動きが、ロビンフッドに間合いを取り直させない。
やがて、ユノスの剣がロビンフッドの頬を掠めた、赤い線を描く。
ロビンフッドは背後に跳び、壁に手を当てる。
(チッ、後がないか。最悪だ)
ユノスが直後に距離を詰めて来る。
ロビンフッドが死を覚悟した瞬間、強烈な破裂音を伴って窓が割れた。
外から飛び込んできたのは、金属塊の如く鎧を纏った大男である。
大男はロビンフッドの隣に着地した。部屋の全体が、超重量の鎧に軋む。
部屋全体の空気が一変した。
攻勢に出ていたユノスが、危険を察知して即座に下がる。
他のアンデッドや冒険者も戦いの手を止めて交戦相手から各々に間合いを取り、乱入者へと意識を向ける。
マンジーさえも、気色の悪い笑みを途絶えさせ、険しい顔を浮かべていた。
「儂の余興を邪魔するのは誰だ?」
「余興、か。まだ狩りのつもりでいるのか」
大鎧が、巨大な剣で床を叩く。
再び部屋が大きく揺れ、床に大きな罅が入った。
「今から狩られるのは、貴様の方だ」
ランベールの鎧の奥、頭蓋に空いた二つの眼窩が、マンジーを睨んだ。




