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元将軍のアンデッドナイト  作者: 猫子
第二章 都市バライラの英雄譚
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第二十七話 伯爵邸の襲撃②

 伯爵邸から、悲鳴と叫喚。

 遅れて刃の交わう音と、魔術攻撃らしい破裂音が響く。

 伯爵邸に残った私兵とユノスの部下である『踊る剣』が、『笛吹き悪魔』の襲撃に応戦しているらしいと、ユノスは推察した。


 ユノスは退屈そうに鼻を鳴らし、音から遠ざかる様に足を速める。


(始まったか。私ならば、逃げることは容易いが……)


 数ある冒険者ギルドの頂点に躍り出る、絶好の機会ではあった。

 だが、それもこの領地自体が衰退してしまえば、意味のない事である。

 『踊る剣』の部下を切り捨てるのも、これまでの功績を無に帰すのも、惜しい事ではあった。


 しかしあの程度の部下ならば、また集められないこともない。

 むしろ『踊る剣』の創設と運営で冒険者ギルドを動かす経験を積んだことで、次はもっと上手くやれるという自信もあった。


 『踊る剣』の上位陣は連れて行きたいところであったが、領地を見捨てて別の地でやり直すというユノスの判断について来るものがいるとは思えなかった。

 ユノスは部下に対し、自身の冷酷で実利主義な面は徹底的に隠し、正反対の人間を装っていた。

 人を使う上で、そちらの方が都合がよかったからだ。


 ユノスが興の醒めた顔で通路を歩いていると、慌ただしく近づいて来る足音があった。

 なるべく避けたいところだが、不要な大回りになってしまう。避けた先で他の者と出くすリスクも高く、意味がない。

 ユノスは舌打ちしつつ腰に帯びた剣へと目線を落とす。

 前を向き直り、歩みを再開した。


 通路の先から現れたのは、モンド伯爵の私兵であった。


「これは、『踊る剣』のギルドマスター、ユノス殿でしたか。しかし、上階の方で奇襲があったようですが……なぜ、こちらに?」


 私兵は足を止め、ユノスを訝し気に見る。

 ユノスは足を止めない。


「ああ、私は怖くなったのでね、そろそろこの館を出させてもらうことにしたよ。別れの挨拶を抜かしたことを、伯爵様に謝っておいてくれ」


 呆然と立ち尽くす私兵の横を、ユノスは無感情に通り過ぎる。


「な、何を言っている! 何のために、ここへ呼ばれたと……!」


「生憎だが、私が受けたのは狂った英雄様の始末であってね。反王国組織を相手取るほど酔狂ではない。それは君達私兵の仕事だろう」


「お、怖気づいたのか! 『舞遊剣のユノス』ともあろう、お前が!」


 私兵がユノスの背へと叫ぶ。

 ユノスは何も答えなかった。

 ただ、『踊る剣』の部下や、『笛吹き悪魔』の魔術師でなくてよかったと、それだけ考えていた。


 伯爵の私兵ならば、『踊る剣』の部下ほど親しくないので、この緊急時に食い下がってくるような真似はしないだろう。

 敵の魔術師ならば、ユノスの態度に拘らず、交戦は避けられなかったはずだ。


「敵が怖いから、逃げるだと? どうやら、世間で恐れられているほど大した奴ではなかったらしいな! なぜ今まで『踊る剣』の頭を張っていたのかが不思議なくらいだ! 雑魚が! 二度と面を見せるな!」


 私兵の暴言にも、ユノスは耳を貸さない。

 淡々と通路を歩む。

 彼に対し、ユノスは何の興味も抱いてはいなかった。


 数歩歩いたのち、妙な気配を感じてユノスは足を止めて振り返る。

 私兵の男の進路の先、ユノスが来た方向の先に、黒いローブを纏った男が佇んでいた。


 長い袖に覆われており、手許は見えない。

 だがその先から、長い双剣の刃が姿を露わにしていた。


 ローブの奥に見える男の顔は、瞼がない。刃物で乱雑に切り取った様に、痛々しい千切れた肉皮が目の上にわずかに張り付いているのみである。

 真っ赤に充血した目が常に見開かれている。

 そして、鼻もなかった。異形の容貌の中央に二つ、穴が残っているだけである。


「き、貴様、黒鬼! 『笛吹き悪魔』の一味だったのか!」


 黒鬼は、最近突然都市バライラに現れた、通り魔殺人鬼である。

 目撃者の語る異様な風貌から、恐怖を込めて黒鬼と呼ばれていた。

 黒鬼を探っていた一流冒険者が身体中を引き裂かれた惨死体となって発見されたことにより、冒険者達からも深く警戒されていた。


 黒鬼が双剣を振るいながら、私兵へと迫る。


 私兵は三手応戦したが、黒鬼の剣はあまりに速い。

 その上に、黒鬼のローブの長い袖が腕どころか柄まで覆い隠してしまっているため、剣の動きが予測し辛い。

 私兵の手元から剣を叩き落されたところへ、逆側の刃が素早く腹部を突き刺した。


「か、は……」


 私兵が膝を突く。

 黒鬼はその動きに合わせる様に剣を抜き、そこで初めて口を開いた。


「生きているか? 安心しろ、最も長く苦しみ、そして確実に死ぬ位置だ」


 私兵は自決しようと、落とした剣を拾おうと地を這う。

 黒頭巾がその手を容赦なく踏み抜いて手の甲を潰し、続けて彼の剣を遠くへと蹴飛ばした。

 私兵は呆然とした表情で、血溜まりへと突っ伏す。

 鬼巾はその顔を見て満足げに口許を歪ませ、続けてユノスへと襲い掛かる。


「『笛吹き悪魔』は魔術師しかいないと思っていたが……なるほど、呪剣士か」


「いかにも!」


 呪剣士とは、身体能力向上の魔術を身に受けた剣士のことである。

 しかし身体能力を強引に引き上げるのは身体への反動が大きすぎるため、長くは生きられないとされている。


 魔術自体の複雑さと、身体能力向上の魔術自体のリスク。

 そして他の生体系禁忌魔術への転用を危険視されており、呪剣士を許容している国は少なく、研究も真っ当に進められていない。


「我の肉体、動作の精密さは、マンジー様の魔術によって施されたもの! 常人のそれを遥かに超越している!」


 黒鬼が得意げに言い、ユノスへと剣を振り上げる。

 ユノスもそれに対し、剣を抜く。

 長身の刃が円を描く様に振るわれ、黒鬼の剣を的確に弾く。

 黒鬼は続け様に左右に剣を振るうが、ユノスは余裕を持ってそれに対処する。

 黒鬼の剣に力が入る瞬間を見定め、強化された膂力が十全に発揮されない絶妙なタイミングで挫いていた。


「ほう、ただの雑魚ではないか! 面白い!」


 ユノスの剣先が光り、宙に魔法陣を刻む。


「風よ、我を運べ」


 ユノスの周囲に風が吹き荒れ、彼を包んで宙へと浮かせた。


「魔剣か、つまらぬ小細工を……」


 黒鬼がユノスから距離を取る。

 風に包まれたユノスは、予測不可能な軌道で宙を舞い、身を翻しながら黒鬼の横を抜けた。

 交差したときに金属音が響く。


「チッ……」


 黒鬼が異様な容貌に皺を寄せ、不快さを露わにする。

 刃は合わせたが完全には防げず、腕をユノスに深く斬りつけられていた。


 魔術を合わせた変則的な高速移動を掛け合わせた、回避困難な剣技。

 舞遊剣のユノスといわれる所以であり、『踊る剣』のギルド名の元にもなった技である。


 だが、黒鬼の痛覚は、呪剣士となったときにマンジーに意図的に弱められていた。

 命が繋がっている間は戦い続けることができる、正に狂戦士。

 黒鬼は流血の激しい腕で剣を構え直し、ユノスを睨む。


 対するユノスは、宙返りと共に剣を振う。


「風よ、刻め」


 剣を降ろしながら、地に足を付ける。

 剣先から放たれた光が魔法陣を描き、風の刃を黒鬼に放つ。


「なっ!」


 本来、剣士が魔術を扱うこと自体が稀である。至近距離での戦闘中に、魔術の行使に意識を集中するなど、あまりに困難である。

 鍛錬と実践、そして剣と魔術の両方の才に愛される必要があった。


 黒鬼は後ろに跳びながら、剣で風の刃を叩き斬って四散させる。


「おのれ、細かい小細工ばかり……」


 黒鬼が剣を構え直し、前方にいるはずのユノスを捕捉し直そうとしたとき、ユノスは黒鬼のすぐ目前で腰を落とし、剣を構えていた。

 慌てて黒鬼は剣の大振りで牽制して引き離そうとしたが、反応が遅すぎた。


 ユノスの剣が横に振るわれる。

 黒鬼の腹部が切り裂かれ、腸が零れる。

 すぐさま迷いなく剣を持ち替え、黒鬼の目玉から脳を貫き、引き抜いた。

 黒鬼が絶命する。


「そ、そんなに強いのならば、なぜ……逃げる……?」


 血溜まりに倒れる私兵が呟く。


「私に戦うだけのメリットがない」


 ユノスは淡々と言い、その場を後にした。

 二階のバルコニーに目を付ける。

 ユノスの風の魔術があれば、二階程度からならば十分に無傷で降りられる。

 そう判断し、バルコニーへと移動する。

 塀から改めて都市を見下ろし、呆れた顔を浮かべる。


「まったく、運がない。この私の数年間を、無為な都市で暮らしてしまった」


「お前に運がないのは同意だな」


 声の方へと目を向ける。

 即座にユノスは剣を振るいながら後退。

 ユノスの剣が、飛来してきた矢を尽く打ち破る。


「都市の状態を一度確認しておきたいと思ってここへ来たんだが、真っ先にお前に出会えるとはな。お前はもっと、追い詰めてから殺してやらないと気が済まないと思っていたが……どうやら、あまりお前に構っていられる余裕もないようでな?」


 目立つ鮮やかな緑の貴族服、カールの掛かった橙の髪。

 戦神ロビンフッドであった。


「……モンド伯爵様の危機と見て、先に仇を討ちに来たのか。それは八つ当たりというものだろうが、今更止める意味もない。行きたければ、とっと……」


「お前の尻尾を掴むのは苦労したよ、舞遊剣のユノス。もう、理解してるだろ? 俺がお前の部下を襲い、今ここでお前に弓を引いた理由くらいはさ。それでも、まだ誤魔化してみるか?」


 ロビンフッドがユノスへと弓を構える。


 ユノスの無表情が崩れ、細目がやや興奮気味に開かれる。

 そして挑発する様に薄く笑った。


「だったら、それこそ八つ当たりというものだ。禁止されていた魔物の討伐に向かった。その時点で、妨害くらいのリスクは覚悟しておくべきだったのでは?」

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