第十二話 領主モンド伯爵④
後日、ランベールはギルド『踊る剣』の主力メンバーの七人と共に、モンド伯爵邸を訪れた。
七人の内訳は、ギルドマスターのユノスと、ユニコーン討伐隊の隊員であったものが四人、他にランベールが森では顔を見なかった冒険者が二人である。
モンド伯爵邸は、綺麗な赤煉瓦の、品の良い巨大な建物であった。
館の周囲は整えられた庭園に囲まれており、主の趣味の良さが窺える。
オーボック伯爵の館にはやや劣るものの、それでも十分な広さを持っていた。
オーボック邸との大きな違いは、あちらはいざという際に外敵に備えた造りになっていた、ということであろう。
オーボック邸は塀が高く、厚かった。
また警備の兵が多く、どこから侵入してもすぐに気づかれる形になっていた。
反国家組織『笛吹き悪魔』と内通していたのだから、その警戒っぷりも順当ではあるが。
ユノスは先頭に立って歩き、塀の入り口に立つ二人の門番へと、丁寧な動作で頭を下げた。
「先日にモンド伯爵様よりお招きに預かりました、ギルド『踊る剣』のマスター、ユノスと申します」
対する門番の男は、目を細め、怪訝そうにユノスを睨む。
後ろからその光景を見ていたランベールは、その様をやや訝しんだ。
(今日『踊る剣』の面子が館へ来ることは、当然、モンド伯爵に仕える者ならば知っているはずだが……)
ランベールが疑問に感じていると、門番の片割れがユノスから目を離し、隣の同僚へと声を掛ける。
「……おい、案内の者を呼んで来い」
命じられた方も、黙って頷くとユノス達に会釈することもなく館の方へと駆けていく。
明らかに対応がおかしい。
向こうは貴族に仕える兵で、『踊る剣』は一流ギルドとはいえども所詮は冒険者である。
とはいえども、あまりにも無礼である。
「おい、こっちは招かれてきてるんだ。何のつもりで……」
ファンドが動き、残った門番へと詰め寄ろうとした。
それをユノスが腕で制する。
「申し訳ございません。彼は少々、血の気の多い性質でして」
ファンドは納得がいかなさそうな様子であったが、すごすごと引き下がった。
その様を見て、門番が鼻で笑う。
「確かにそのようだな。所詮は荒くれ者の、成り上り連中か」
ユノスは門番の言葉には何も返さなかった。
先ほど同様、掴みどころのない笑みを浮かべているだけである。
門番の皮肉など、気にも留めていないようであった。
そうこうしている内に、先程の館へ駆けて行った門番が、大男を連れて戻ってきた。
大男の腕は、丸太の様に太い。鼻と頬が膨れ上がっているかのような顔立ちをしており、岩肌の豚という表現がしっくりくる容貌であった。
明らかに案内人という柄ではない。
「…………」
剣呑な雰囲気を感じ、ユノス以外の『踊る剣』の面子が警戒心を露わにした。
(この平和なご時世に、使用人でさえも鍛錬を欠かさぬとは……見事だ)
ランベールだけ、全く関係のないことを考えていた。
ランベールの生きていた時代は力こそすべてである。
貴族の館が襲撃されることも多い。そのため、案内人があからさまな武人でも、さほど違和感は覚えていなかった。
「なるほど、なるほど、貴様らがユ二コーンの角を持ち帰ってきた、『踊る剣』か。我々と違い、コソコソと魔物を追うのに長けているというのは本当だそうだな! ハッ! なんでも使いようというわけか」
大男が笑い出した。
それを聞いて、ようやくランベールも合点がいった。
(……ユニコーンの角は、緊急必要があったにも拘らず、首なし大馬のせいで誰も取ることができなかったという。要するに、こいつらは面子を潰された私兵の者達か)
豚男へ期待を寄せていたランベールの気持ちは一気に萎えていた。
「俺はグラスコ様だ! モンド伯爵様に仕える私兵団の長だ。だが、がっかりしたな。ユニコーンの角を取って来た冒険者共の顔をいち早く拝んでやろうと出張ってきたのに、ひょろい奴ばかりではないか! 拍子抜けしたわい」
(これが、モンド伯爵の抱える兵のトップか。戦力は冒険者頼みというのは本当らしいな。冒険者は領主からしてみれば、使いたいときにだけ自由に扱える駒であるが、故に責任感が薄くなる。実際に都市バライラが戦地となったとき、何割がこの地を守るために奮戦することか……)
ランベールは私兵団長グラスコを眺めながら、内心呆れ果てていた。
冒険者の都バライラの名は伊達ではなかったが、直属の部下をもう少し何とかすることはできなかったのか。
「大した奴はいなさそうだな! ハッ! どれ、伯爵様と会う前に、少しこの俺が遊んでやろうではないか、んん? お前達が弱ければ、お前達に仕事を横取りされた我々の顔がないからな。わかるか? 迷惑なんだよ、伯爵様から信用を稼ぐために、せこせこと動くギルドの奴らはなぁ!」
グラスコが目配せすると、グラスコを呼びに行っていた番人の男が、手に抱えていた二本の模擬剣をその場に転がした。
「貴様らゴロツキがいくらみみっちい功績を積もうが、俺は認めねぇ。一人出て来い、俺様とこの模擬剣で戦い、俺様より先に一太刀浴びせることができたら通してやる」
「……こういったことは困ります。モンド伯爵様も、知ればお怒りになるかと思いますが?」
「ああん?」
ユノスもさすがに狼狽えていた。
主の招いた恩人に無断で喧嘩を吹っかけるなど、考えなしにも程がある。
ユノスはグラスコを相手取って勝つことは難しくないと思っていたが、しかし下手に動いて後に尾が引くような事態になることは避けたかった。
『踊る剣』が先に難癖をつけて来たと虚言を喚かれても厄介である。
モンド伯爵の私兵団の大半は、伯爵の親戚筋の者から構成されている。
先々代からそういう習わしになっており、付き合いの深い家系も多い。
モンド伯爵も無下に切るわけにはいかないのだ。
その内部は実力主義の冒険者とは異なり、権威主義である。
それなりに訓練は積んでいるが、実家とモンド伯爵の後ろ盾を持つ私兵達には冒険者ギルドの様な危機感はなく、危ない仕事は冒険者に投げればいいという考えであるため成長は遅く、せいぜい二流冒険者程度の位置付けであった。
たまにモンド伯爵が実力者を別枠でスカウトしても、立場がなくなることを恐れたグラスコ一派がいびって追い出すのが常である。
グラスコも、本気で追い返せるとは思っていなかった。
ただ、冒険者如きが『私兵団のできなかった仕事を引き受けてやった』という面で館を歩き回るのが我慢ならなかったのだ。
先に叩いておけば、ここで大きい顔はできないだろうという考えである。
「俺が行こう」
ランベールが前に出た。
ユノス達がギルドの名に傷が付くことを恐れていると知っての行動であった。
自分ならば、『踊る剣』とは無関係であるし、この地に必要以上に長居するつもりもない。
『踊る剣』の冒険者もほっとした様に表情を緩め、ランベールの機転に感謝を抱いていた。
「そう来なくてはつまらぬわ!」
グラスコがにやりと笑い、門番から模擬剣を受け取った。
(ふふ、馬鹿な奴め! 奴に渡す模擬剣は、刃部分を削って脆くしている。一度打ち合えば、確実に折れる……)
ランベールが大剣を置いて模擬剣を受け取ったところで、グラスコが模擬剣を構えた。
「いいか? 身体のどこにでも、先に模擬剣の刃で一撃入れた方の勝ちだ!」
言うなり、グラスコが突撃する。
だが狙いは、ランベールの剣のガードである。
確実に防いで剣を折り、そのまま無手の相手を打ち倒すつもりであった。
「ふんっ」
唐突に、ランベールが模擬剣を二つにへし折り、地へと落とした。
グラスコの模擬剣を避けるため身を引き、大きく空振ったグラスコの手の甲を叩いて模擬剣を落とさせて間合いを詰め、顔に軽くビンタを放った。
「ぶべっ!?」
グラスコが勢いよく地面を転がり、塀に頭を打ち付けた。
ランベールの軽くは当てにはならない。
グラスコの歯が地の上に七、八本落ちて、転がった後に血が残った。
叩かれた頬側の歯がすべて砕け落ちたのだ。
しかしこれだけで済んだのは幸いであった。
本気で叩かれていれば、最低でも確実に首は折れていたはずである。
「ひ、ひぃっ! いでぇ、いでぇ……! 何をっ……俺に、何を……」
グラスコが顔を上げたとき、ランベールがグラスコの模擬剣を振り上げているのが目に入った。
「模擬剣で叩かねば勝負は終わらんのだったか」
グラスコが一気に青褪め、後退って塀へと縋りつくような姿勢を取ってガタガタ震えだした。
ランベールの身体がピクリと動くと、それが処刑の合図だと思ったのか、身体を大きく恐怖に跳ね上げてから、意識を手放して動かなくなった。
失神と同時に失禁したらしく、グラスコの股の間から水が広がっていった。
「……何と情けない。貴様も兵なら、なぜ主の顔に泥を塗る様な真似をするのか」
ランベールが、振り上げた模擬剣をゆっくりと下ろし、丁寧に柄の方から門番に返した。
「は、はい……申し訳ございません……」
あれほど態度の悪かった門番も、自分が言われたと感じたのか、膝を突いて両手で模擬剣を受け取った。
門番もランベールが優位になれば止めに入ったり、決着に文句を付けて仕切り直させることも考えていたが、そういったことをする余地は一分もなかった。
(ロビンフッドを追い返したというのは半信半疑だったが……ここまでだったか)
ユノスは表情を崩し、ランベールの背を睨んでいた。
ランベールもユノスの視線には気づいていたが、敢えて振り返りはしなかった。




