第七話 ユニコーンの角④
『踊る剣』と『殺戮曲馬団』の戦いが始まった頃、ランベールは吟遊詩人のアルバナと共に首なし馬を躾けながら森を歩いていた。
その最中に彼らの交戦の気配を感じ取り、首なし馬をあまり人前へと連れ回すわけにもいかなかったため、彼女達を置いて戦地まで向かってきたのである。
ランベールは大剣を軽々と振り回し、今斬った二人の血を飛ばしてから構え直す。
「怯むなっ! 隙を作れ、俺が射る!」
覆面達は突如現れたランベールが挨拶代わりに二人斬り殺したのに脅えていたが、ロビンフッドの声を聞いてどうにか持ち直した。
ランベールを囲んでいる二人の覆面と、覆面達のボスであるクラウンが、再び各々の武器を構える。
ロビンフッド程の弓の腕があれば、離れたところにある鎧の関節部を射抜くことなど容易い。
逸れて他の部分に当たろうとも、衝撃で打撲傷を負わせることができる。
フルプレートアーマーだからといって打つ手がないわけではない。
「こっちは囲んでるんだ、ビビってんじゃねぇぞぉっ!」
クラウンが叫びながら、地面を蹴って跳び上がる。真上からランベールの目付近の兜の隙間を目掛け、針を放った。
それと同時に、左右の覆面が斬り掛かる。
ランベールは跳び上がりながら鎧で針を弾き、そのままクラウン目掛けて大鎧でのぶちかましを放つ。
「ハァッ!?」
まさか、こんな超重量が跳び上がるなど、クラウンは思いもしなかった。
当然避ける準備もない。
クラウンの腹部にランベールの肩がめり込み、コの字にへし折れた。
魔金鎧を纏うランベールは凄まじい瞬発力を持つ金属塊に等しい。
弾き飛ばされ、近くの木の幹へと叩きつけられた。
「ガァァァァッ!」
クラウンはその衝撃で身体中の空気をすべて吐き出し、獣の様な咆哮を上げる。
この衝撃で、何本もの骨が砕けていた。クラウンは、最早動けるはずもない。
口からどっぷりと血を吐き、激痛の中で意識を手放した。
覆面男達は、突如姿を消したランベールの姿を目で追うことさえできず、呆然と立ちすくんでいた。
ランベールは宙からその片割れを見下ろし、大剣で叩き斬るべく構え直す。
その仕草の一挙一動を、ロビンフッドはしっかりと追っていた。
これまでの扇動するための情熱の色は既に顔になく、冷酷な狩人の目をしていた。
ロビンフッドは本来、この戦いにこれ以上直接関与するつもりはなかった。
そんなことをすれば、圧勝できることはわかり切っていたからである。
元とはいえ、万近い数の冒険者が集う、冒険者の都の頂点であった男である。
だから指揮と牽制だけと、自らに制限を課していた。
ただのお遊びのつもりだったし、それで充分なはずであった。
しかしランベールが場違いな化け物であることは、ロビンフッドは一目で理解していた。
ロビンフッドは矢を放った刹那の内に、指に挟んで垂らしていた矢を器用に指の動きだけで弦に掛けて二射目を放ち、同じ動作を繰り返して三射目を放った。
出鱈目に放ってもここまでの速度で弓を連射できるものではない。
まさに神業であった。
同時に放たれたとしか思えない三連射が、空中で剣を構えたばかりのランベール目掛けて襲い掛かる。
「す、すごい! これは避けようがない……」
やや離れたところからランベールを見ていた覆面の一人が、ロビンフッドのあまりの技量の前に、状況も忘れてただ感嘆を漏らす。
だがロビンフッドは素早く矢筒から更に三本の矢を抜き取り、先程同様に二本を垂らし、一本目を弦へと掛けていた。
今のでは仕留められないと、彼の直感がそう言っていたのだ。
「はぁぁっ!」
そしてその通りになった。ランベールは大剣を軽々と振るい、自身へ迫る三本の矢を叩き折る。
とんでもない速度だった。ロビンフッドとて、最後の矢を砕いた剣はまったく目で追うことができていなかった。
ランベールの着地と同時に、近くにいた覆面男が、縦に真っ二つになった。
血と脳漿、内臓を流しながらその場に崩れ落ちる。
逆側に立っていた覆面男が悲鳴を上げながら逃げようとするその背へと、空中で掴んでいた矢の先端を投げ付ける。
ランベールの剛力から放たれた矢先が覆面男の後頭部を穿つ。
(あの最後の一撃の後……砕いた矢先を手にしていたのか)
それも、ロビンフッドには見えていなかった。
というより、まだ信じ切れていなかった。
あんな大剣で弾き飛ばしたものを、そのまま自分から離れる前に手を伸ばして掴んでいたなど。
「…………」
無言でロビンフッドは、弦に掛けていた矢を降ろし、三本纏めて矢筒へと戻した。
表情は相変わらず、激情家の顔から無表情へと変わったままである。
弓を、背負っていた別の弓と入れ替えた。
新しく手にした弓は通常の弓よりも大きく、太い弦が張られていた。
派手な金の装飾が両端部に施されている。
その弓は、名を竜王弓といった。
弦に伝説の幻獣であるドラゴンの髭を用いて作られた、国宝級の弓である。
弦の反発が強すぎて、常人では矢を引くことさえもままならない。
その代わり恐ろしい威力を誇っており、竜王弓より放たれた矢は、城壁さえも貫くとされる。
ロビンフッドは矢筒から、全体が魔銀で作られた特別製の矢を手に取る。
通常の矢では、竜王弓に耐え切れずへし折れてしまうのだ。
ロビンフッドとて、この矢を真っ当に引けるわけではない。
矢の後端には細い縄が垂れており、ロビンフッドはそれを腕へときつく縛り付け、竜王弓へと掛けた矢を引いた。
放つときには、矢の後端を捻ると、縄が外れる仕組みになっている。
竜王弓の前では、生半可な剣の防御など意味をなさず、また全身鎧も裸に等しい。
ロビンフッドの腕に縄が喰い込み、血が鬱血する。
「来い! その兜を貫いてやる! 道化の一味よ、一瞬でいい! 奴を止めろ!」
ロビンフッドが声を張り上げる。
覆面男達は、たった今、仲間とボスであるクラウンがあっさりと弾き飛ばされたのを目にしたばかりである。
どうすべきが悩んだ。
だが、この短時間とはいえども、ロビンフッドの言葉と強さに、心酔していた。
結果として、残る覆面男達四人は、一人と欠けることなく、ランベールへと向かった。
「させないわっ!」
タルミャが、覆面男の一人の前へと躍り出て、両刃ナイフでの連撃を浴びせる。
「邪魔だぁっ!」
だが覆面男はその刃を肩で受け止め、そのままタルミャにタックルをかまして強引に後ろへと退かせた
命惜しさに決定打を逃していた前半戦が嘘の様な士気の高さである。
同様に『踊る剣』の妨害を往なした覆面達が、散り散りにランベールへと突撃する。
ロビンフッドの構えた矢の先端は、執拗なまでに精密にランベールを追っていた。
あまりに型外れな矢の引き方であるというのに、その矢の示す先がブレることは一切ない。
竜王弓より放たれる矢は、常人のそれよりも遥かに速い。
普通ならば見てから避けられるようなことはまずあり得ないのだが、ロビンフッドには、普通に放っただけでは鎧の男は確実に避けるだろうという、確信があった。
「…………」
ロビンフッドは目を見開き、ランベールを観察する。
一人目の覆面は馬に乗ったままだった。
吠えながら、勢いよく槍を突き出す。
ランベールは小さな動きで槍と馬の突撃を躱し、一人目の覆面の上半身を斬り飛ばした。
血の垂れる下半身を乗せたまま、馬は悲鳴を上げながら駆け去っていく。
ロビンフッドは動かない。
今回は見に徹した。そのおかげで、ランベールの動きに目が慣れて来ていた。
ランベールは人外の領域に立つ剣士ではあるが、ロビンフッドもまたその領域へと近づいた弓士であった。
ランベールは二人目の覆面が投げ付けた斧を一振り目で砕きながら大きく踏み込み、そのまま胸部へと大剣を突き刺し、素早く引き抜く。
引き抜いた反動を利用して半回転し、三人目の頭部を大剣の腹で打ち払う。
血飛沫と共に顔が弾け飛んだ。
まだ、ロビンフッドは動かない。
矢を支える彼自身の腕にも、限界が近づいていた。
次が、最後の一人だ。そこで必ずランベールを射らねばならない。
「ああ……らぁぁぁぁあっ!」
最後の一人は、先端にスパイクの付いた棍棒、モーニングスターを手にしていた。
これならば、ランベールの鎧越しにも衝撃を伝えられるかもしれない。
だが、それも、当たればの話である。
目前まで来て、覆面は、ランベールの威圧感に押し潰されるような思いであった。
どこに殴り掛かろうが、次の瞬間には打ちのめされているビジョンが頭を過ぎる。
動けない。動いたところで、死ぬだけだからだ。
(だが……だが、一瞬でも、隙を作ることができれば……あの人が、この化け物を射殺してくれるはずだ……!)
落としかけたモーニングスターを握り直す。
リーチは大剣の方が遥かに長い。
普通に殴り掛かれば、どう足掻いても叩き斬られる。
それはこれまでの事で分かり切っていた。
覆面は最大まで腕を伸ばし、ランベールの大剣目掛けて振り被る。
倒すことは不可能だ。だが、これで、ほんの少しでも硬直を誘うことができれば、ロビンフッドが目前の大鎧を射抜いてくれるはずだ。
ランベールは容赦なく前に出ながら腕を上げる。
モーニングスターが遥か上空へと叩き上げられた。
「あっ……」
次の瞬間、圧倒的な重量が覆面の頭へと叩き落される。
ランベールは真っ二つになった覆面を身体で払い除け、そのまま直進する。
ロビンフッドは、動かなかった。
動けなかった。
今射ろうとも、百に一つの奇跡もないのだと、はっきりわかってしまっていた。
ただただ、ランベールの剣技に見惚れていた。
「なんと、美しい剣技だ……」
だらりと縄に鬱血した腕を降ろし、足元に竜王弓を放つ。
轟音と共に放たれた矢は、魔銀の矢が地面を穿って掘り進み、姿を晦ました。
「……退くぞ、セラフ」
ロビンフッドが言うと、彼が跨っていた青い馬がこくりと頷き、逆側に駆け出した。
青い馬はさほど大柄ではないが、通常の馬よりもずっと速かった。
彼の愛馬セラフは風のマナを操る力を持っており、追い風を強め、向かい風を避けることができるのだ。
ランベールが大剣を片手で持ち直して大きく肩の後ろまで引き、ロビンフッド目掛けて投擲した。
刃が風を穿ちながら直進し、セラフの足の後ろへと突き刺さり、大きく土の飛沫を上げた。
「む……やはり、遠すぎるな」
ロビンフッドはぎょっとした顔でランベールを振り返ったが、ペースは乱さずにそのまま駆け去って行ってしまった。
(さすがに、馬がなければ追いつけないか……)
ランベールは諦め、足を止めた。
そもそもランベールの当初の目的は、襲われていた人間の救出であった。
結果としてそれに近い事態にはなったが、悪党共の殲滅は二の次である。
それにロビンフッドを追うために馬を借りようとも、魔金鎧の重量に耐え切れる馬はそうそうといない。
それに例え馬単体であっても、セラフには追いつけない。
セラフに追いつくには、大柄の名馬が必要だ。
(しかしあの男……あまり野放しにしておいていい輩ではなさそうだったな。いずれは殺さねばなるまい。人前に出せないのは難点だが……やはり、首なし馬を飼い慣らすか)




