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元将軍のアンデッドナイト  作者: 猫子
第一章 蘇った英雄
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第四十一話 オーボック伯爵⑩

 先に動いたのはヘクトルであった。

 ランベールの巨大な大剣の間合いに入らない位置まで移動し、相手の出方を窺おうとした。

 だが移動しきるよりも一瞬早く、ヘクトルの幾多となく窮地を生き抜いてきた本能が、警鐘を鳴らした。


 ヘクトルは重心をずらして早めに着地し、剣を前に構えて後ろへと跳んだ。

 ヘクトルが次の刹那に立っていたはずである場所を、ランベールの大剣が叩き潰す。

 ほとんど目に追えない速度で構え直し、素早く突きを放ちながら前に出る。

 ヘクトルは剣の刃で塞ぎ、足のつま先を地面に立てて勢いを利用して後ろに下がることで、衝撃を殺した。

 だがその代償として、ヘクトルがガードに用いた剣の刃が、無残に砕け散った。


 死んでいた。

 今、少しでも自分の動きに至らないところがあれば、二度死んでいた。


 その余韻に浸る猶予もなく、ランベールが更なる追撃を掛けてくる。

 ヘクトルは鞘から二本の剣を引き抜くと同時に、鞘を地へと落とした。


「様子見なんて掛けてる場合じゃなかったか」


 ヘクトルは元より、双剣使いである。

 だが、あまりにもまともに立ち合える者がいないため、久しく封印していたのだ。


「これでどうだ!」


 ランベールの神速に対し、ヘクトルは二本の剣と才格、感性だけで立ち向かう。

 ほとんど当てずっぽうの様な方法でランベールの剣筋を読み、回避する。

 元よりヘクトルは、自分より格上の者との戦いの中で常に自身を向上させ、最後には勝ち続けてきた男であった。

 ランベールの圧倒的な力量を前にし、ヘクトルの動きもその神域へと近づいていた。


 ランベールの三連撃を、ヘクトルは回避しきった。

 ヘクトル自身も、今の動きを躱しきれるとは思っていなかった。

 自身の動きへの感動と興奮が脳内麻薬を生み出し、快感に浸っていた。

 今まで見えなかったはずのものが見え、自身の肉体を遥かに超えた動きが出来る。

 痛みや疲弊も、興奮の渦に呑まれ、今は何も感じない。


 ランベールが大剣を振り回した直後、わずかな硬直があるはずだった。

 回避した直後の今なら、その隙を突き、鎧の関節部の狭間へと刺突を送ることができるはずだ。


 だが、本能が告げる。

 相手の隙を突いた気になっても、攻撃に回れば、次の瞬間に自分の身体が真っ二つにされる、と。

 跳び上がってランベールの大剣を回避し、身体を捻って回転しながらランベールの次の攻撃へと備える。

 想定通りの位置に叩き込まれた大剣の先端を蹴とばして再び距離を取る。


 ヘクトルの立っていた床が、ランベールの一撃によって爆ぜる。

 ヘクトルはそこに攻撃が来ることを本能で察知したが、ランベールの今の振り自体は、全く見えなかった。

 なぜ避けることができたのか、ヘクトル自身、明確な理由付けをすることはできない。

 次に同じものが来れば、再び避けることはまず不可能であろう。

 今までの斬り合いの中で、一番速い一撃であった。


 ランベールは振り下ろした剣を構え直した後、兜鎧を傾かせ、ヘクトルへと視線をやる。

 ランベール自身、今の攻撃で決めるつもりだったのだ。


「見事だ」


 ランベールから短い賛辞が送られる。

 敵対している同士ではあるが、圧倒的強者から贈られた賞賛を、ヘクトルも素直に心中で喜んでいた。


 凄まじい密度の命のやり取りの中の一瞬の休息で、ヘクトルは心を休め、情報を整理する。

 今のヘクトルには、その一瞬が十秒にも一分にも感じた。


「クク……ククク……」


 普段は幼少期に命の危機に晒され続けた代償で無感情となっていたヘクトルであったが、ランベールを前にし、命の奪い合いの興奮に浸り、感情を露にしていた。

 青白い肌は駆け巡る血によって赤に染まり、腕や顔には血管が浮かび上がっている。

 過度な興奮と自身の限界を超えた動きの連続は、ヘクトルの身体に大きな負担となって伸し掛かっていたが、痛みや重みを感じない今のヘクトルには、関係のないことであった。

 この勝負が終わった後に自分がどうなっていようと、今のヘクトルには関心のないことであった。


 ヘクトルの鼻からはダラダラと血が流れていた。

 だが、それを拭う気にもならない。


 ヘクトルは剣の構えを解き、だらりと腕を垂らしながら笑い声を上げる。

 ランベールもそれに合わせ、構えていた剣をわずかに下げた。

 

「今のでわかった! 確かに、お前は、ランベール・ドラクロワだ! そうでもなけりゃ、ここまで強ェことに説明がつかねぇよ! まさか、本当に俺が、剣でここまで圧倒されることがあるなんて、思いもしなかった! 最高だ、オメェ、最高だ!」


 興奮を隠しもせず、ヘクトルは叫ぶ。

 

「このまま永遠に斬り合っていてぇ気分だが、長引けばボロが出るのは、俺の方だ。そんなことくらい、俺にもわかっている」


 ヘクトルの言葉通り、彼はランベールの斬撃を躱すのに精いっぱいであった。

 攻撃に出る余裕が、一切ない。

 ランベールを覆う魔金オルガンの鎧もそうなのだが、それがなくとも、攻撃に出た瞬間に死ぬことが、ありありとわかっていたからだ。

 真っ当に戦えているとは、とてもいえない状態であった。


「だから、一転攻勢に出させてもらうぞ! ランベール・ドラクロワ!」


 ランベールと打ち合っている内に神域へと近づいたヘクトルは、自身の剣技の更なる高みを見出していた。


 ヘクトルは、剣聖が編み出してその子孫に伝えられていた絶技『四十九の剣雨』を習得していたが、ランベールに使える技ではないと思っていた。

 そもそもが、こんな大型の鎧に守られている相手を想定した技ではないからだ。


 『四十九の剣雨』は、自分から斬り掛かり続けることで相手の選択肢を減らし、その範囲の中で相手がまともな反撃のできない動きを選び続けることで不可避の連撃を繰り出す技であり、剣術の完成系、剣術史上最も破綻のない絶技と称された技である。

 だが、鎧に覆われているランベールは無理に身体を守る必要がなく、おまけに鎧とそれを支える巨体があるため、重心を崩すことがほとんど不可能なのである。


 ゆえに、ランベールを相手取るには、大きな改善が必要とされる。

 戦いの中でそれを編み出すことなど、不可能だと思っていた。

 だが、ヘクトルの持ち前の才覚、極度の興奮状態、ランベールにより際限なく高められた剣の技術は、『四十九の剣雨』を作り直し、より洗練された、対ランベール用の連撃として、戦いの中で『真・四十九の剣雨』として完成させてしまったのだ。


 ただ自分から斬り掛かる技であることを前提にした『四十九の剣雨』をモチーフにしているため、どうにかまずは一撃をランベールに防がせる必要があった。

 通常ならば、防がせるための一撃を放つ程度、どれだけ力量差があろうとも、間合いの外側から牽制気味に打ち込めばそれで充分だ。


 しかし、ランベールの剛腕で振るわれる大剣と下手にかち合えば、剣がへし折られてしまう。

 動きに少しでも甘いところがあれば、そのままランベールの大剣が自身を両断することも、容易に想像がついた。


 自身の命が懸かっているオーボック伯爵も、目前で繰り広げられるあまりに桁外れなレベルの戦いを前に、ただただ見入っていた。

 とはいえ、オーボック伯爵には、ランベールはおろか、ヘクトルの動きもまともに捉えることはできていなかったが。

 それはランベールの後をつけてきて、遅れて観戦に入ったアルメルも同じことであった。

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