第三十話 地下迷宮の主⑯
ドーミリオネの黒い髑髏が壁に叩きつけられ、床へと落ちた。
ドーミリオネは痙攣しながら頭蓋を傾け、ランベールを見上げる。
「こ、こんなはずが……。ボクは、ボクは、永遠の時間を生き、いずれこの世の真理を解き明かすと……。こんな、こんな数百年ぽっちで終わるわけにはいかないんだ……。どうして、こんな……。世界の終焉まで生き延びることができる身体を手に入れたはずなのに……ああ……あああ……。ボクの叡智が、マナと共に流れ出ていく……損なわれていく……あああ……」
ランベールは無言で大剣を構え、刃の先をドーミリオネに刻まれた亀裂へと向ける。
「ラ、ランベール! ボ、ボクを殺すことは、世界の、レギオス王国の損失だぞ! まだ、まだ間に合うんだ……お願いだよ……向こうの通路に、23568と書かれた瓶が……」
「悪いな。通ってくるときに叩き潰した」
ランベールは確かに通路を通るとき、いくつかの薬品やアンデッドを破壊した。
だが、一つ一つのナンバリングを覚えてなどはいない。
ただし、ランベールにはドーミリオネの言葉にまともに取り合う気もなかった。
「ボクの、ボクの書いた論文だけでも、外に……!」
ランベールが横薙ぎに大剣を振るう。
頭蓋は上下に真っ二つになり、そのまま衝撃で再び壁に叩きつけられた。
「あの怪人も、さすがにこれで終わったか」
ランベールがそう口にしたとき、壁にめり込んでいた頭蓋の上半分の目が、赤々と輝きを増した。
「残念だよ、ランベールくん。まあ、でも、キミならそうするだろうってことはわかってたけどね」
ランベールが大剣を構え直すと、ドーミリオネの言葉が続く。
「安心してくれよ。今はもう、ボクの意思そのものであるマナを溶かし、維持のエネルギーに転用している状態だよ。ボクだって、こうなったらもう何もできないさ。ただ、前回と同じで芸がなくて申し訳ないんだけどね」
ドーミリオネがそこまで口にしたところで、唐突に地下迷宮全体が振動を始めた。
「ボクと心中してくれよ、ランベールくん。ボクって案外、寂しがり屋でね。キミが何一つボクのお願いを聞いてくれないって言うのなら、こうするしかないよね」
ドーミリオネの笑い声が響き渡る。
ランベールは腰を落として大剣の刺突を放った。
「一足先に行くけど、急いで追いかけてきておくれよ」
ランベールは刺突の速度を落とさず、そのまま頭蓋の上半分を粉々に粉砕した。
触手攻撃によるマナの浪費のためか、ドーミリオネの頭蓋に当初の硬度はなかった。
塵となって水面に散らばっていく。
ランベールの真横へと天井の欠片が落ちてきた。
ランベールは大剣を下げて、天井を睨みつける。
すでに地下迷宮は崩壊を始めていた。
(急がねばならんな。陛下……いや、フィオナらが無事ならよいが)
ランベールは身を翻し、元来た道を戻り始める。
長い通路を駆けている最中、檻の中に入っていたはずの一体のアンデッドが抜け出ており、道の真ん中を遮っていた。
「邪魔だ!」
ランベールは殺気を込めて瘴気を垂れ流す。
アンデッドはびくりと肩を震わせ、ランベールを警戒するようにじりじりと退いた。
「はぁぁっ!」
ランベールは足を止めることなく大剣を振るってアンデッドを斬り捨て、そのまま真横を駆け抜けた。
その後は上からの落下物に気をつけながら進んでいたが、不意に背後から大きな音が聞こえ、思わず振り返った。
見れば、先ほどの金属塊の両手が、壁に本体を打ち付けながらもランベールを追いかけてきていた。
ドーミリオネがいた頃と比べて、手の動きの精度は格段と落ちているようであった。
修復能力も失ったのか所々表面が剥がれており、左手に至っては小指が欠けている。
しかし、あの手の破壊力と速度には、さすがのランベールも面倒だと考えていた。
ましてや崩壊する迷宮の中で交戦するなど、論外である。
おまけに先ほどの戦いでは、あの手の最優先の目的はドーミリオネの守護であった。
今、守るもののない金属塊の手は、全力でランベールを叩き潰そうとしてくるだろうということは、容易に想像がついた。
「どこまでもしつこい……」
ランベールは迫ってくる右手の攻撃を、前へと跳んで回避する。
着地前に左手が迫ってきたため、大剣で壁を叩いて自らを弾いて避けた。
飛来した左手は、寸前までランベールがいた位置を叩く。
床にくっきりと手形が残った。
ランベールは左手の甲を踏んで上に大きく跳びながら大剣を上段に構え、天井の亀裂へと目掛けて刃を突き立てた。
そのまま左手の上へと着地し、勢いよく蹴とばして距離を取る。
ランベールが斬った天井が一気に崩壊し、落ちてきた鋭利な瓦礫が金属塊の左手を貫通し、串刺しにした。
動けなくなった左手は、崩壊した天井の下敷きになって見えなくなった。
残された右手がすかさずランベールへと襲い掛かってくるが、一つになれば対処は容易い。
元々二本の手のゴーレムによる連携攻撃が最大の難敵だったのだ。
ランベールは大剣の刃の部分を握りしめ、柄の方で右手へと殴り掛かった。
ランベールの大剣は鎧と同様に四魔将のために作られたものであり、特殊な合金を用いており、見かけを遥かに超える重量を持っている。
特に柄部分の方が魔金の比率が高く、重めに作られている。
それは本来、圧倒的な重量を持つ大剣の重心を少しでも持ち柄側に置くことで、遠心力等によって生じる使用者の隙を抑えるためのものである。
ここで敢えて刃の部分を持って柄の鍔で敵を攻撃すれば、隙は大きくなるものの、遠心力の乗った抉るような鋭い一撃を繰り出すことができる。
ただ、それは言葉で記すほど簡単なことではない。
生半可な力では、大剣の生じさせる遠心力に引っ張られ、まともに立っていられることさえできない。
ランベールほどの力と剣の技量があり、初めて効果的な攻撃方法へと昇華させることができるのだ。
右手に向けて、大剣の柄の鍔が振り下ろされる。
道中で通路にあちこちを打ち付けたせいでコーティングの剝がれていた右手はその一撃に耐えきれず、指の一本が付け根から抉り飛ばされた。
だが、それだけでは終わらない。
続く八連撃が、容赦なく金属塊の右手を粉砕していく。
「はあああああっ!」
指がすべて落ちた金属塊の右手へと、ランベールの蹴りが放たれる。
右手に既にそれをガードしたり受け流す術はなかった。
まともに攻撃を受けた右手は後方へと飛んで壁に甲を打ち付け、瓦礫に呑まれて埋もれて行った。