第三十一話 地下迷宮の主⑰
ランベールが手型のゴーレムとの死闘を繰り広げている間、フィオナ達は地下二階層にて『魔金の竜』の正装を身に纏った男と対峙していた。
男は顔に包帯を巻いており、わずかに覗く左目は三日月のように細長く、本人の邪悪な残虐性が垣間見えているようであった。
ミイラ男は、地下二階層から地下一階層へと向かう階段前でフィオナ達の行く手を塞いでいた。
「どけ! 今ここが、とんでもねえ事態になってんのはわかってんだろうが!」
ロイドがミイラ男へと叫ぶ。
ロイドの言う通り、アインザス地下迷宮は既に崩壊を始めている。
ドーミリオネのいた地下四階層より激しい倒壊ではないものの、異常事態が起きていると察するには充分であった。
時折大きな振動が起こっては壁に罅が入り、天井からは落石があった。
ここにいれば、いずれ生き埋めにされてしまうのは明らかである。
「勿論わかってはいる。だが、お前達はここから先へは通さない。力づくで来るといい」
ミイラ男は言いながら武器を構える。
手には、大型の歪な形状の剣が握られていた。
「義理立てのつもりですか! 貴方方の頭、タイタンは死にました。何を企んでいたのかは知りませんが、もう全部終わっているんです!」
フィオナがミイラ男へと怒鳴った。
だがミイラ男は、それを聞いても退く様子を見せない。
「マスターの生死はともかく、なにやらおかしなことになっているのは確かなようだ。しかし、だとしても尚更、ここまでやってお前達を逃すわけにはいかん。私まで伯爵様に殺されてしまうのでね」
そこまで言うとミイラ男はにやりと笑い、長細い目でフィオナ達三人を見回した。
「それに必死に倒壊に巻き込まれまいと逃げ出してきた若造が三人……お前達の絶望は、なかなかそそりそうだ。それをたっぷりと堪能してからここを離れても遅くはなかろう」
ミイラ男の言葉を聞き、フィオナ一行は絶句した。
ミイラ男はその様子もまた一興というふうに口元に手を当てて、クックと笑う。
「おっと私としたことが、挨拶がまだであったな。私の名はジュークリウス・ジーデルライク。何を不思議そうな顔をしている? 自分達を殺す者の名くらいは知っておきたいだろう? 私は紳士であるからな」
ロイドはミイラ男、ジュークリウスの言動から交戦が免れないことを察し、いち早く剣を構え直した。
「二階層の見張りなんてやらされてた奴だ! どうせ大した奴じゃねえ、突っ込むぞ!」
ロイドはそう言うなり、ジュークリウスへと駆け出す。
フィオナとリリーはロイドにわずかに遅れ、やや戸惑い気味に動いた。
ジュークリウスは腰を大きく落として片手を床につけ、歪な形状の剣を頭と同じ高さに揃える。
ロイドの考えは大間違いであった。
ジーデルライク家といえば、一流の裏冒険者、殺し屋や暗殺者を一族の中から何人も送り出してきた、裏社会で有名な名門家である。
ジーデルライク家は女子供に至るまで皆残虐にして冷酷と評判であり、その方面に知識のある人間ならば家名を耳にしただけで震え上がること間違いなしである。
ジュークリウスは表で目立つわけには行かなかったため、裏方の仕事が主であり、同じギルドの冒険者でさえ彼の家名を知っている者はほとんどいなかった。
だが『魔金の竜』において、ギルドマスターであるタイタンに次ぐ腕利きの剣士であった。
今回見張りを買って出たのは、逃げてきた者を嬲り殺すために他ならない。
彼は幼少期より、絶望しきった人間を観察するのが大好きだった。
「らぁぁあっ! もらったぁ!」
ロイドの放った剣は、屈むような姿勢のジュークリウスの首元を貫いた。
少なくともロイドはそう錯覚した。
だが実際には、ジュークリウスの首元へと届く前に剣の刃は折られ、床に落下していた。
「なっ!?」
「『へし折り巨人』の一振り……」
ジュークリウスがにたりと笑う。
ジュークリウスの持つ歪な大剣は、名を『へし折り巨人』という。
この大剣には刃の部分に奇妙な凹凸があり、この部分に敵の武器を噛ませて横から力を加え、名前の通りにへし折って破壊することに特化していた。
扱いには繊細な力のコントロールを行うための技術が要求されるが、卓越した能力を持つ剣士の操る『へし折り巨人』は正に敵なしである。
対峙した相手は、いつ自分の愛剣が破壊されたのかも気づかない。
否、気づけない。
相手の武器と共に心を折る『へし折り巨人』の性能は、他者の絶望を求めるジュークリウスの性分にぴったりであった。
「ロイドッ!」
フィオナは咄嗟にロイドの身体へとタックルし、横へと弾き飛ばすことでジュークリウスから距離を取らせた。
フィオナはロイドにタックルした勢いのままジュークリウスへと接近し、間合いのすぐ外側から剣の鞘を放り投げた。
ジュークリウスの剣が鞘を叩き落とす。
フィオナはジュークリウスの気が剣の鞘へと向いたその刹那を狙い、ジュークリウスとの間合いを詰めた。
ジュークリウスはあっさりとフィオナの剣を受け、彼女を後方に弾き飛ばす。
フィオナは敢えてその衝撃に逆らわず、しっかりと間合いを取り直した。
「私の剣は、魔銅で硬度を引き上げています。そう容易くは……」
フィオナがそこまで口にした途端、彼女の剣の刃に大きな亀裂が入った。
「そ、そんな……」
「『へし折り巨人』に折れぬものはない。如何に強度を誇る剣であれ、勇猛な意志であれ、私の前ではただの棒の一振りに過ぎぬ。さて、その折れた剣で私に一矢報いることができるかどうか、試してみるがいい。さぁ、もっと絶望した顔で私を楽しませてくれ」
「如何なる剣でもへし折るというのか、なるほど恐ろしい武器だな」
ジュークリウスの言葉を遮るかのように、通路に大きな足音が響き渡った。
ランベールである。
ランベールはすでに大剣を構え、戦闘態勢に入っていた。
「ランベールさん!」
「全員取り逃がしていたとは。この失態を知れば、伯爵様がさぞお怒りになることだろうに。まったく、マスター達は何をやって……」
ジュークリウスは声の方へと目を向けて、言葉を失った。
ジュークリウスはまだ、ランベールを直接目にしたことはなかった。
重鎧を身につけた腕の立つ剣士、ということしか知らない。
「魔金……?」
ジュークリウスは幅広い武器の知識を持っていたため、ランベールの武具にかなりの比重で魔金が含まれていることを直感した。
だが、自分の判断が信じられなかった。
第一に魔金がとんでもなく高価なものであってふんだんに使えるものではないということ、第二に高純度の魔金製武具など重くて真っ当に扱えるものではない、ということである。
魔金の塊を身につけた男がとんでもないスピードで迫ってくるなど、悪夢以外の何物でもなかった。
ジュークリウスは口をあんぐりと開けたまま、ただ呆然とランベールを眺めていた。
ジュークリウスは目前にランベールが迫ってからようやく我を取り戻し、吠えながら『へし折り巨人』を横に構え、ランベールの大剣を迎え撃つ。
これは相手の剣に密着させてからがっちりと凹凸に噛ませ、相手の腕力を利用して剣をへし折るカウンター技である。
ジュークリウスは本能的にランベールとの実力差を察し、ほぼ無意識のうちにカウンター技を選択していた。
ジーデルライク家の血が、ジュークリウスに最も太い勝ち筋を伝えた結果であった。
噛み合った剣と剣が、鈍い金属音を響かせる。
へし折れた刃が床へと落ちた。
だが、ジュークリウスの顔に笑みはない。
「そ、そんな……こんなはず……」
へし折れたのは、『へし折り巨人』の方であったからだ。
ランベールは歪な剣身を踏み躙り、二打目の剣を振るう。
「どうやら大法螺だったらしいな」
「うっ、うおおおおおっ!」
ジュークリウスは狂ったように吠えながら、折れた『へし折り巨人』を振るう。
ランベールは大剣によってまずは片手ごと持ち柄を砕き、続けてジュークリウスの身体を縦に真っ二つにした。
ランベールは大剣を仕舞い、それから棒立ちの三人を振り返る。
「どうした、早く出るぞ。ここもじきに崩壊する」