第二十四話 地下迷宮の主⑩
タイタンがランベールの前へと出て、大振りで殴り掛かる。
タイタンの武器である鉤爪グローブ、『魔金の竜の鉤爪』が轟音を立てて空間を引き裂く。
ランベールはそれを器用に左へ躱す。タイタンが素早く逆の手で付けたグローブでランベールへと殴り掛かるが、ランベールはそれを剣で受け流して床へと落とす。
水飛沫が高く跳ね上がった。
タイタンは飛沫を利用してランベールから身体を隠しながら回転し、遠心力で勢いを付けた一撃をランベールへと放つが、それもランベールは難なく回避する。
タイタンはグローブの甲を床に打ち付け、その反動で後ろへ跳ねて間合いを取り、ニタリと笑う。
「ガハハハハッ! ゴツイ鎧を付けてる割には、なかなかすばしっこいじゃないか。さて、遊びはここまでにして、本気で行こうか! 盛り上がってこうぜ、おい!」
タイタンはその場で垂直に跳び上がった。
それを見て、フィオナの前に立ち塞がっていた『魔金の竜』の冒険者がニヤリと笑った。
「あの男、死んだな。あれだけ楽しむ楽しむ言ってたのに、もう終わらせちまうおつもりらしいタイタン様は」
フィオナは剣を手に後退りながら、ランベールとタイタンの戦いを見守っていた。
タイタンは宙でダンッと後方の壁を蹴り、ランベールへと一直線に飛んだ。
その動き、正に砲弾であった。
両腕を後ろに引いた姿勢のタイタンが、恐ろしい速度でランベールへと突き進んでいく。
タイタンの飛んでいるすぐ下の水面が衝撃に掻き分けられ、左右に分かれていく。
タイタンはランベールの手前で身体を回し、大きく右腕を振るった。
ランベールはその動きに対し、全く反応を示さなかった。ほとんど止まったままの姿勢で、タイタンと衝突した。
そのままタイタンが通り抜けて、ランベールのすぐ後ろへと着地した。
フィオナにはランベールが無抵抗にタイタンの一撃を受けたように見えたため、前の敵から目を放してランベールの方へと顔を向けていた。
「ランベールさんっ!」
声を掛けられたランベールがぴくりと動いたため、どうやら攻撃を受けたわけではなさそうだと判断し、フィオナはほっと息を吐いた。
フィオナと向かう冒険者も、今はタイタンの戦いを観戦する方に集中しており、わざわざ焦って彼女を攻撃しようとする様子はなかった。
「やるじゃねぇか、オイ! 武器を壊すつもりでやったんだがな。このグローブ……『魔金の竜の鉤爪』は武具を破壊することに特化した、対人最強のオレ様の切り札だってのによ! 面白れぇ、貴様、面白いぞ!」
交差した一瞬、タイタンはランベールの持つ大剣へと殴り掛かったのだ。
対するランベールは、最小限の動きで大剣を振るい、タイタンのグローブへと押し当てていた。
「そんなものが竜の鉤爪だと言い張るのなら、貴様は竜は見たことがないのだろうな」
「あァ?」
大口を開けて笑っていたタイタンが、不機嫌そうに額に皺を寄せる。
「随分とまぁ、安い挑発を。なんだお前、つまらん奴だな。せっかく久々にそれなりにやる奴と会えたと思ったのによ。まぁいいさ、付き合ってもらうぜ? 無論、お前が死ぬまでなぁ!」
タイタンは言いながら、右の腕を構え直そうとした。
しかしその腕は上がらず、だらんと下に垂れた。
瞬間、右腕全体に痺れを伴う鋭い痛みが走る。
「あ……あァ?」
そのとき、右のグローブに罅が入り、派手な音を鳴らしてバラバラに砕け散った。
破片が辺りに飛び交い、水面に浮かぶ。
グローブ中のタイタンの右腕には、手の甲から肘に掛けて痛々しい赤々とした一本の線が浮かび、血を噴き出していた。
「ああああああぁぁぁぁっ!?」
タイタンが悲鳴を上げ、その場に膝を突く。
水面にどんどんと血が広がっていく。
「ば……馬鹿な! 魔金を使った合金で造られているんだぞ! それを、こんな……!」
「使い熟す力がないのならば、もっと軽い武器を選ぶべきだったな」
ランベールはそう言って、大剣をゆっくりと地面へと下ろす。
水面を通過した大剣が地面を叩き、ゴオンと鈍い音が響いた。
タイタンのグローブよりも遥かに重いことは、明らかであった。
「ガキ共は放置しろ! こいつを殺せぇえっ!!」
タイタンが額に青筋を浮かべて吠える。
入口を塞いでへらへらと笑っていた『魔金の竜』の四人は、すぐさま表情を消してフィオナ達を無視し、ランベールを四方から取り囲んだ。
タイタンが怒りに顔を歪めながら、ゆっくりとランベールを見据えながら立ち上がる。
「思ったよりもやるね。確かにお前は化け物だったが、五対一ではどうにもなるまい!」
クレイドルが叫びながら斬りかかろうとしたが、フィオナが前へと飛び出して道を遮った。
「邪魔だ女ァッ! 場違いなんだよ、引っ込んでろ!」
クレイドルがフィオナの喉元へと刺突を送ろうとするが、後ろから水面が跳ねる音に気が付いて慌てて身体を逸らしながら剣を振るった。
クレイドルは背後から斬りかかってきたロイドの剣を防ぎ、そのまま前転してフィオナの剣を綺麗に避けて素早く起き上がる。
「二人掛かりならどうにかなるとでも思ったか!」
怒りを露にするクレイドルへと、死角に回り込んでいたリリーが火の玉をお見舞いする。
クレイドルは寸前で跳び上がって回避し、リリーを睨みつける。
「二人じゃない、三人……」
「ちょこまかと……!」
「うらぁぁっ!」
ロイドが腕を伸ばし、宙にいるクレイドルへと斬りかかる。
クレイドルはロイドの剣を弾き飛ばし、顔面を蹴り飛ばしてから着地する。
「はぁぁっ!」
そこへフィオナが斬りかかった。
ロイドを蹴るために足を伸ばしていたクレイドルはやや着地の際に傾いてしまい、反応が遅れた。
慌てて身体を引いたが、剣が頬の鼻の頭を掠めて一筋の赤い線が顔にできた。
クレイドルは傷口を指でなぞって血が出ていることを確かめてから、相貌を凶悪に歪めた。
「へ、へへ……やっちまったよ。あーあ、今なら逃げれたのによ」
ロイドは起き上がって剣を拾って構え直しながら、震える声で自嘲気味に言った。
「ランベールさん! 一人は、私達がどうにか押さえます!」
フィオナがクレイドルへと剣を向けながら叫ぶ。
戦いにおいて、数は圧倒的なアドバンテージである。
死角を取られやすくなる上に、手数も桁違いである。
どんな達人でも戦闘中に隙が無い者はいないが、相手取る人数が増えればその隙を突かれる確率が大きく跳ね上がる。
いくらランベールといえども、複数の一流冒険者を相手取っての戦いは厳しいと判断したフィオナ達は、この数の差のアドバンテージで五人の内の一人を足止めすることを考えたのだ。
「今逃げたらここでは、見逃してやってたのにさぁ……そんなに殺してほしいのなら、ぶっ殺してやるよ!」
クレイドルはまず、フィオナへと狙いを定めた。
一人を潰せば、数の差の利はぐんと小さくなる。
そうなれば残りの二人を殺すことは容易い。
「そら、そらそらそらぁっ!」
「ぐぅっ!」
クレイドルはフィオナを盾にリリーからの攻撃を牽制しつつ、ロイドの攻撃を適当にあしらいながらフィオナへと連撃をお見舞いした。
クレイドルは腐っても最大大手ギルドの五番手。
戦闘経験や実力はフィオナ達の比ではない。
「はい隙ありぃ!」
クレイドルはフィオナの剣を剣で叩いた後、逆の手でフィオナの鳩尾へと貫手を放った。
クレイドルの手がフィオナの身体へとめり込む。
「がはっ!」
フィオナは剣を手落とし、腹部を押さえる。
「フィオナァッ!」
「ほらほらさっきの威勢はどうしたのかなァッ?」
クレイドルはロイドが振った剣を屈んで避け、大きく振っていた剣を戻してフィオナの腕を切断しようとした。
その前へと、全身鎧の男が滑り込んだ。
「えっ?」
ぶちかまし。
ただのぶちかまし、されど魔金の全身鎧のぶちかまし。
魔金鎧の重みをまともに受けたクレイドルの剣はへし折れ、そのまま勢い余ってクレイドルの肩の骨をへし折って吹き飛ばした。
軽々と放物線を描きながら宙を飛んだクレイドルの身体は、そのまま床に頭から落下して飛沫を上げた。
「隙を見て逃げろと言ったろうに」
「ラ、ランベールさん! あの四人は……!」
フィオナが先程までランベールが『魔金の竜』の冒険者達と戦っていたはずの場所へと目を向ければ、そこには身体を縦やら横やらに斬られた惨死体の中心で呆然としている、片腕を失くした『魔金の竜』のギルドマスター、タイタンの姿があった。
右の腕はグローブごとランベールに粉砕されたが、あれはまぐれだと殴り掛かった左の腕はグローブごとランベールに斬り飛ばされていた。
残る三人はどう見ても生命活動の維持に必要な部位を両断されており、とても息があるようには見えなかった。
「……お前達が一人引き付けておいてくれたお陰で、手早く処分することができた」
「……あ、はい」
フィオナはぽかんと四人の様子を眺めていたが、ランベールから声を掛けられて小さく頷いた。
頷きながら、釈然としないものを感じていた。
「……これ、俺達いらなかったんじゃ」
ロイドがぽつりと呟いた。




