誘われたヴァレンタリア
朝から、ナツメは学長室の来客用の椅子に深く腰掛け、天を仰いでいた。
その隣には、ノノアが事切れたかのように深く眠っている。
学長が、来ない――
来ないことには、ヴァレンタリア先生を誘い出すこともできない。
ナツメはじっと目を見開いたまま、天井の模様を見つめていた。
窓から差し込む光の角度が変わり、塵が軽やかに舞い降りている――
もう、かなりの時間が経過していた。
そこへようやく、暢気な足取りで学長が姿を現した。
学長は椅子に座るナツメと、その隣でピクリともしないノノアを見た瞬間、膝をガクッと震わせて硬直した。そして、釘付けにされたようにナツメの目を見つめる。
その目には、ナツメが何か取り返しのつかない罪を犯したのではないか――という疑念が浮かんでいる。
「それは、一体どういうことかね?」
「学長。遅かったですね。出発の準備はできています」
ナツメは、疑惑の視線に気づいていない。
学長はそこで、連絡用の魔法紙を思い出したらしい。
今日まで、全く目を通していなかったのだ。
急いで腹巻きからその魔法紙を取り出すと読み始める。
「あ、ああ……そういうことかね。事情は、概ね把握したよ。コホッ……」
バツが悪そうに咳払いをすると、学長は壁の小窓を開けて、職員室にいるヴァレンタリア先生を呼んだ。
「ヴァレンタリア先生!」
◇◇◇
学長室に足を踏み入れたヴァレンタリアの視界に、衝撃の光景が飛び込んできた。
学長とナツメの間に、力なく横たわるノノアの姿。
「……っ、ノノアちゃん!?」
弾かれたように駆け寄り、震える指先をその首元にそっと添える。
(冷たい……脈もない……)
ヴァレンタリアはノノアの手首や胸など、あらゆるところに指先を当てていく。
しかし、どこも鼓動を感じることはなかった。
「そんな……嘘でしょ……」
ヴァレンタリアは言葉を失い、その場に膝をつきそうになった。
そんな彼女の絶望を知ってか知らずか、学長がいつもの調子で告げる。
「ヴァレンタリア先生。数日、ナツメに付き合ってくれんかね」
「……どういう、ことですか……学長……っ」
絞り出すような声。
愛弟子の亡骸を前にして、視界がにじむ……。
「三人で、登山に行ってきてほしいのだよ」
「…………」
沈黙が流れる――
「……登山? 学長と、ナツメ先生と、私で……ですか?」
ヴァレンタリアはノノアの顔を見つめながら、辛うじて返した。
「いや、違うよ。ヴァレンタリア先生とナツメ、そしてノノアくんの三人だ」
「……っ! 何を言ってるんですか!? ノノアちゃんはこんな状態なんですよ!? 登山なんて無理です! 早く……早く病院へ!」
ヴァレンタリアの掠れた切実な声が部屋の中に響く。
だが、学長はまぁまぁと手を何度か下げ、ヴァレンタリアの心配をよそに言葉を続けた。
「問題ない。これでも一応、生きておるよ。ノノアくんが一日でも早く回復するためには、どうしても登山が必要なのだ」
「え??」
「ナツメ一人で、動けないノノアくんを連れまわしていると問題だから、カムフラージュのために一緒に行動してほしいのだよ」
生きてる? これで?
しかも、私がカムフラージュ?
混乱の頂点に達したヴァレンタリアは、涙があふれそうになっていた。




