137_しょっぱい焼き芋
「とうとうこの日がやって来ちゃったね。」
「…そうですね。」
3/16橙の日(月曜日)、今日はブルームーンフォレスト初の移民受け入れの日だ。
僕は村長として初めての対外的なイベントに若干緊張しているはずなんだけど、今目の前にそれ以上の問題が発生している。
パフィさんの元気がない。
昨日の夜にヒドイ夢を見たらしく、あまり詳しい内容は思い出せないけど、ただただ怖かったらしい。
こういう時、ネイチャンさんがいれば、色々アドバイスをしてくれるんだろうけど、彼女は早朝からプラム村の人達の健康診断に出かけた為不在。
隣に座りながら彼女の様子を窺う僕に出来る事と言えば。
「プラム村にはボインのお姉さんがいたりするのかなぁ~。」
「…そうですね。」
おかしい、僕の小粋なジョークに無反応。いつものパフィさんなら僕にゴミクズを見る様な目を向けて来るはずなのに。
これは重症だね。でもよく思い出せない夢への対処法なんて知らないし。こういう場合は、
「よし、朝ごはんにしよう。」
泣き疲れて寝たパフィさんをずっと見ていたから朝ごはんがまだだった。
僕が立ち上がりエレフさんの元に向かおうとすると、右手に重みを感じる。
「今日は…コンヨウさんの焼き芋が食べたいです…」
僕を右手を掴むパフィさんの手のひらはとても弱々しくて、置いてけぼりにされた子供のようだった。
よく考えれば彼女はまだ11歳の子供だ。いきなり村長の補佐官なんかに任命されたら不安にもなるかな。
僕は彼女の横に座り直し、彼女が大好きな『極上甘納芋』を生成し、それを手渡す。でも…
「コンヨウさんは食べないんですか?」
そう問いかける彼女は今に泣き出しそうだった。どんな夢を見たかは分からないけど、不安で仕方ないんだろう。
「えっと…そうだね。一緒に食べようか。」
僕は『極上紅音姫』を生成し、一齧り。今まで沈んでいたパフィさんの雰囲気が僅かに緩むのを感じる。
「コンヨウさん、美味しいですか?」
「うん、美味しいよ。パフィさんも食べたら。」
「はい…」
ここで漸くパフィさんも焼き芋を一口。
「…美味しいですね。とっても。」
「そうだね…」
……俯き、肩を小刻みに震わせながら焼き芋を咀嚼するパフィさんに、僕は掛ける言葉を持ち合わせていなかった。
パフィside
昨日の悪夢の後、わたしはコンヨウさんに嘘をつきました。本当はあの悪夢の事を全部覚えています。
この前会った司教様のスキルのせいでコンヨウさんを裏切るわたし。
そのせいでヒドイ怪我を負うコンヨウさん。
黒い瘴気を纏いながら司教様達を殺すコンヨウさん。
その後、食べ物を受け付けなくなって『餓死』するコンヨウさん。
なんでわたしはこんな酷い夢を見てしまったのだろう?
わたしはコンヨウさんを裏切る事を恐れているのだろうか?
わたしはコンヨウさんが人を殺すのを恐れているのだろうか?
わたしはコンヨウさんに先立たれるのを恐れているのだろうか?
確かにそれら全てを恐れているのは事実ですけど、それは一番じゃありません。
一番怖いのはコンヨウさんが苦しむ姿を見る事。
美味しいモノをたくさん知っていて、それをみんなと食べる為に一生懸命なコンヨウさんがご飯を食べられずに餓死する。
コンヨウさんは以前単独行動を取った時、食べ物を受け付けない状態になったと言っていました。
今後何か危ない目にあった時、コンヨウさんは同じ状態になる可能性があるという事です。
プラム村の人達の中に悪い人が混じっていたら、悪い権力者が村を襲ってきたら、先日の司教様が村に危害を加えてきたら。
コンヨウさんは迷わず迎撃するでしょう。でもその過程でコンヨウさんが人殺しをするようなことがあったら?
「とうとうこの日がやって来ちゃったね。」
「…そうですね。」
少し不安そうに呟くコンヨウさんに素っ気ない返事しか出来ません。
「プラム村にはボインのお姉さんがいたりするのかなぁ~。」
「…そうですね。」
コンヨウさんのクズ発言にツッコむ気力も出ません。
我ながら重症ですね。巨乳好きに対する憎しみが湧かないだなんて。
「よし、朝ごはんにしよう。」
そう言えば朝ごはんを食べてませんでした。全然お腹が空かないから気づかなかったです。
エレフさんの元にご飯を取りに行こうとするコンヨウさん。立ち上がろうとする彼の右手をわたしは無意識に掴んでいました。
「今日は…コンヨウさんの焼き芋が食べたいです…」
わたしはコンヨウさんを引き留める為、咄嗟にこう口にしました。本当は何も食べたくない。心配で不安で食事どころじゃありません。でも何も食べないとコンヨウさんに心配を掛けてしまう。
わたしはかなり無理をしていると思います。でもそんな不安な気持ちなんてコンヨウさんはお見通しだったみたいで、優しく微笑みながら『極上甘納芋』を生成し、私に手渡してくれました。
「コンヨウさんは食べないんですか?」
不安で胸がいっぱいでお芋が喉を通らないわたしは時間が欲しくて、コンヨウさんに食事を勧めてしまいました。
でもこの瞬間、わたしの不安は更に大きなものになってしまいました。もしここで拒絶されたら、もしコンヨウさんが食事を吐き出したら。きっとわたしはコンヨウさんを失うかもしれない恐怖に耐えられない。
自分で自分の首を絞める様な発言をした事を後悔するわたしに、
「えっと…そうだね。一緒に食べようか。」
控えめで優しい口調で焼き芋を生成して齧るコンヨウさん。どうか…お願い…
「コンヨウさん、美味しいですか?」
「うん、美味しいよ。パフィさんも食べたら。」
「はい…」
あぁ、よかった。ちゃんと食べてくれた。
この瞬間、わたしは胸につっかえていたモノから解放された気持ちで『極上甘納芋』を一口。
「…美味しいですね。とっても。」
「そうだね…」
『極上甘納芋』はとても甘くて、とても美味しいはずなのに、何故かいつもよりしょっぱい気がします。
泣かない様に必死で歯を食いしばっているのに、泣いたらコンヨウさんに心配を掛けるのに、でも肩の震えを止める事が出来ませんでした。
コンヨウさん、今まであなたが当たり前の様に与えてくれた幸せは当たり前じゃなかったんですね。
わたしはあなたがいなくなるのが……とても怖いです。




