122_閑話_オリバー=ヒューストンの受難
3/11緑の日(水曜日)
私はリンガ上級議会議長付き主席補佐官オリバー=ヒューストン。
私は今とある任務を帯びて、ナプールに潜伏中だ。その任務とは…
「パフィさん、スフィーダさん。では行こうか。僕らの戦場に。」
「そうですね。コンヨウさんの背中はわたしに任せて下さい。」
「いや…まぁ、戦場ではあるんですけど。」
「兄ちゃん。『甘納芋』5つくれ!」
「クマの嬢ちゃん、こっちは『紅音姫』10だ!」
「スフィーダちゃん。お芋買いに来たわよ。『甘納芋』10個ね。」
あの黒髪の人族。『マードック・ザ・ワイズマン』との繋がりがあると目される少年コンヨウ。
彼の動向を監視し、『マードック・ザ・ワイズマン』をリンガに引き込む事が私の役目。
私には『望遠』と『読唇術』のスキルがあるから、遠くからの監視にはうってつけだ。
時代錯誤の王政を敷くグレプ王国にも、非道な帝政を敷くヤーゴ帝国にもかの方を渡すわけにはいかない。『マードック・ザ・ワイズマン』のいるべきは史上最も優れた民主政治を敷くこのリンガ共和国だ。
この任務を議長閣下より拝命した時、私は責任の重さと使命感、成功した時の見返りの大きさ、失敗した時の損失の大きさに体が震えたものだ。
だが、議長閣下は私がこの任を無事全うすると信じてご下命して下さったのだ。必ずやり遂げなくては。
まずは彼の行動の観察からだな。それにしても甘くいい匂いだ。
どうやら焼き芋を販売しているようだが、凄い行列だ。飛ぶように売れるとはこの事だな。
おそらくあのサツマイモは『マードック・ザ・ワイズマン』が旅先で見つけたものなのだろう。
匂いだけで間違いなく美味しいという事が分かる。私も食べてみたいが出来ればターゲットとの接触は避けたい。
こういう時は…おっ!あそこにちょうど良さそうなクマの少年が…
「すまない、そこの少年。」
「ん?僕の事?僕、今パフィお姉さんを眺めるのに忙しいんだけど。」
「いや、少し頼みがあってね。私も実はあそこの屋台の焼き芋が気になるのだけど、仕事の待ち合わせでここを離れられないんだ。
悪いが代わりにあの焼き芋を買って来てはくれないだろうか。お礼は弾むから。」
「うん、いいよ。『紅乙姫』と『甘納芋』どっちにする?」
「ん?そうだね…では両方1つずつお願いしよう。これで足りるかな。」
そう言いながら大銅貨を一枚(1000フルール)を少年に手渡す。
「うん、大丈夫だよ。」
「では頼んだよ。それから後で焼き芋の値段を教えてくれるかな。今後も機会があったら行くかも知れないから。
それから謝礼はお芋と引き換えだからね。」
「分かってるよ。じゃあ行ってくるね。」
私はクマの少年を送り出して、またコンヨウ少年の監視に専念する事にした。
……その頃コンヨウは、
「アッ、クマのガキ。なんでこんなとこにいるんだよ。」
「今日はお仕事だよ。身なりの良いコウモリのおじさんにお買い物頼まれたんだ。」
「いらっしゃい、グレイ君。お休みの日にお仕事ですか?ガンバルのはいい事ですけど、無理はダメですよ。」
「はい、パフィお姉さん。お気遣いありがとうございます。仕事をするお姉さんも素敵です。」
「お~い、こっち『甘納芋』8個頼む~。」
「はい、ただいま~!コンヨウ君、パフィちゃん。お仕事ですよ!グレイ君もあんまりお仕事中の人を引き留めちゃダメですよ。」
「はぁ~い。パフィお姉さん、『紅音姫』と『甘納芋』1つずつお願いします。」
「はい、『紅音姫』と『甘納芋』合わせて550フルールです…1000フルールでお釣りが450フルールですね。」
「ありがとうございます…あぁ、今パフィお姉さんが僕の手を握ってくれた。きっとパフィお姉さんも僕の事が好きなんだ…」
「おい、クソガキ。邪魔だから買い物済んだらさっさとはけろ。」
「コラ!コンヨウさん!今のグレイ君はお客様ですよ!」
「や~いwww怒られてやんの~www」
「あのガキ、絶対後で絞める。(身なりの良いコウモリのおじさん…か。ちょっと気になるなぁ。黒犬組のハヤテさんにでも相談してみるか。)」
こうしてコンヨウに情報が漏れるのだが、ヒューストンはそれを知る由もなかった。
……場面は戻ってヒューストンサイド。
「クマの少年、ありがとう。これがお駄賃だよ。」
「ありがとう、コウモリのおじさん。」
私が焼き芋と引き換えに大銅貨一枚を渡すと、クマの少年は嬉しそうにその場を後にした。
しかし、私はまだ28だ。もう少しだけお兄ちゃんと呼ばれたい微妙な年齢なのだが…子供とは残酷なものだな。
さて、歳を重ねるという自然の摂理に哀愁を感じている場合ではないな。
今はターゲットは焼き芋販売の真っ最中で特に目立った動きも無い。腹ごしらえも兼ねてこの焼き芋を頂くとするかな。
まずは『紅音姫』から…
モグモグ…これは!上品な甘さとしっとり食感。通常のサツマイモよりワンランク上の味わい。これは焼き芋としても上質だが料理にしても間違いなく一級品だろう。
このような凄まじいサツマイモを販売する。それは即ちこのサツマイモの栽培にも成功しているという事だ。
つまりこれはナプールの近郊に『マードック・ザ・ワイズマン』が定住している事を示唆している何よりの証?
いや、まだ結論を急ぐべきではないな。もしかすると代理人のコンヨウ少年は定住しているが『マードック・ザ・ワイズマン』は定住していない可能性も捨てきれない。
だが少なくともコンヨウ少年が税金を納めていなければ脱税の容疑で裁判所に訴える事が出来る。
そうなれば『マードック・ザ・ワイズマン』も動かざるを得なくなるだろう。まずはコンヨウ少年と『マードック・ザ・ワイズマン』の繋がりを突き止める所からだな。
さて、お待ちかね。『甘納芋』の番だ。これを買い求める客達の会話を『読唇術』で読み取っていたから楽しみで仕方がない。いざ……
モグモグ、ハフハフ…甘い!!サツマイモを噛みしめる度に蜜が溢れ出してくる!上品でありながら力強い甘味。この甘さは砂糖を使ったスイーツにも匹敵する。サツマイモ史上最強の甘さと言っても過言ではない。
なるほど、甘いモノ好きのリンガのニーズにがっちりと答えた見事な焼き芋。一度に1500個も売っているという事はこれも栽培に成功したのだろう。
そうなると広大なサツマイモ畑がどこかに存在するはず。地税だけでも相当な額になるだろう。下手をするとリンガ史上もっとも高額な脱税の可能性だってある。
この税金を納めさせるか、摘発するかすれば、私の更なるキャリアに繫がるだろう。ふふっ…身震いが止まらない。この件が成功した暁には私も上級議会の然るべきポストに就き、ゆくゆくは議長。
フフッ、いけない。今は監視中だ。気を引き締めなくては。
だが私はこの時気づいていなかった。背後から忍び寄る黒い影に。
「おい、そこのコウモリの旦那。ちょっと話があるんだがいいか。」
「なんだね、君は……もしかして、あなたは…」
振り返るとそこには眼光の鋭いドーベルマンの獣人。私はこの男を知っている。
黒犬組ナプール支部若頭ハヤテ=ブラック。別名狂犬疾風。このナプールにおけるもっとも危険な人物の一人だ。
「おう、俺の事を知っているなら話は早い。俺らは見ての通り市場の平和のためのパトロールをしていたんだが、善良な市民から怪しい奴がいると通報があったんだ。悪いが同行してくれるかな。」
「嫌ですねぇ~。私は決して怪しいものでは。」
「おい、テメェーら。客人を事務所までご案内して差し上げろ!」
「へい!若頭!」
「いや、それは…助けてぇえぇええええええええええええええええええええええええええええ~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!」
私は厳つい黒犬獣人どもに連行された後、議長の命令や今回の事情について根掘り葉掘り喋らされる事となった。幸い、最初から(『マードック・ザ・ワイズマン』の件以外は)正直に喋ったので、手荒な真似はされる事なく開放されたが、精神的に参ってしまった私の尾行はそこで終了。
結局、コンヨウ少年と『マードック・ザ・ワイズマン』の繋がりは掴めずじまい。今回、黒犬組に話した内容が今後の調査に影響しなければいいが。
……その日の深夜。街の広場のベンチに少年とドーベルマン獣人の姿があった。
「どうしたんですか?ハヤテさん。こんな時間に呼び出しだなんて。」
「悪いな。お前は俺らとの繋がりを孤児院の連中に知られたくなさそうだったから。」
焼き芋販売を終えた僕の元に黒犬組のお兄さんの一人が接触してきて手紙を貰ったんだけど、それには時間と場所だけが書いてあった。
まぁ、その通りにノコノコとやって来たら案の定ハヤテさんがいたってわけだ。
こっちから会おうと思っていたから好都合ではあるけど。
「ハヤテさん。ご用件は何ですか?」
「あぁ、お前の周りを怪しい奴が嗅ぎまわっていたからちょっとふん捕まえて色々吐かせたんだが…」
「…リンガ上級議会議長付き主席補佐官、ですって。」
マジかよ…コウモリのおじさんが僕を嗅ぎまわっていて、理由は脱税調査。確かに焼き芋を売っていればその出所として畑を持っていると思われてもおかしな話じゃないよね。
その補佐官はかなり離れた所から尾行していたみたいだし、そのままつけられていたら集落を発見された可能性もあったと。
今後はもっとナプールにいる時の行動に気を付けないとね。まったく、僕は平穏無事に過ごしたいだけなのにどうしてこう、トラブルが向こうからやって来るのかねぇ。
これって、僕が完全に目をつけられたって事だよね。焼き芋販売を暫く自重するか…いや、そんな事したら暴動が起こりかねない。ナプールの人達の甘いモノへの執念って結構すごいから。
う~ん、どうしたものかな。
「おい、コンヨウ。別にこの街でなら普通に過ごして貰って構わないぞ。何かあれば今回みたいに黒犬組が動いてやる。」
「あの~、バックルさんと何かあったみたいですけど、なんでそんなに僕の肩を持つんですか?」
この瞬間、ハヤテさんの顔に苦いモノが混じる。
「以前、俺はあの角牛獣人の化け物に完膚なきまでに負けた上に情けを掛けられたんだ。それで借りを返さないなんて、そんなかっこ悪い事、ヤクザとしての矜持が許さねぇ。ただそれだけだ。」
この言葉に僕の顔から珍しく掛け値なしの笑みが零れる。
「ハヤテさん達は本物の漢なんですね。そういうの嫌いじゃないです。」
「…そうかよ。」
吐き捨てるように呟くハヤテさんの言葉がどこか嬉しそうだと感じたのはきっと僕の気のせいじゃないと思う。
ベンチに座りながら見上げる十日余りの月は煌煌と輝く黄色だった。




