08 「朝の一幕」
「──おい、起きろキョウカ」
「ん……ママ? もう学校?」
眠気眼を擦り起き上がるキョウカ。
寝惚けて俺をママと呼び、自分の家とでも勘違いしてるようだ。
まあしょうがない。キョウカの話じゃ昨日この世界に来るまでは、普通に生活してたみたいだしな。
前の世界では両親と平和に過ごしていたんだろう。
それが急に、別の世界で神の使いなんてしなくちゃいけないなんて……胸中察するよ。
「ああ……此処は異世界でしたね……てか」
おお、完全に目を覚ましたみたいだ。
こう見ると、本当に幼い顔してんだな。
キョウカは16歳。
16なんてまだアソコに毛が生えただけのひよっこ。
勇んで道に出たはいいが、道が分からず右往左往する。
16なんてそんなもん。現に俺がそうだった。
俺は道が分からずこの10年を無駄にしちまったが、キョウカにはちゃんとした道を歩いて欲しい。
せっかく縁が有って出会ったんだ。
少しでもキョウカを導ければいいんだがな……。
「──てか、フォグさん臭! 昨日から思ってたけど臭!」
「……お前な! 人がせっかく!」
「だって本当ですもん!お風呂とか入ってないんですか? それに髪もボサボサだし、髭も汚いですし」
「風呂なんて入れるかよ、金持ちじゃ有るまいし。まあ、水浴びならたまにしてるぞ? 服は10年同じだがな」
「うげぇ……えんがちょ。あっ! だったら、私に考えが有ります! フォグさんそこに座って下さい」
「あ? 別に良いけど、何すんだ?」
「良いから良いから! えっと、汚れと臭いは光で消えるかな? 髪と髭は風で切って、体と服は水で濡らして火と風で乾かせば良いか!」
キョウカの奴、何をブツブツ言ってやがんだ?
何やら独り言を呟くキョウカを見ていると、俺に両手を向け何かを唱えだした。
「──光、風、水、火。キョウカ特製"スペシャルクリーニング"!」
「うおっ! なんだなんだ!?」
キョウカが謎の言葉を叫ぶと、不思議な現象が俺の身に起こり始めた。
ボサボサで長く伸びた髪は短く切られ、無精髭も剃られている。体は水で洗われた様な感覚。と、思ったら暖かい風が体を乾かしていく。
なんでこんな事になっているか困惑していると──
突然、体全体に光が注がれた。
「終わりましたよフォグさん!」
キョウカの言葉を聞いて体を確認してみる。
すると、汚かった服は綺麗になり、体の臭いも取れた気がする。
「キョウカのスキルでやったのか?」
「そうですよ。複合スキルです! 私のスキルは特別仕様なんで!」
スキルでこんな事も出来るのか……。
神の使いってのは末恐ろしい。
「うん……ありがとう。お陰でさっぱりしたよ」
「いいえ。どういたしましてです! それにしても……フォグさんって、男前だったんですね……」
「そうか? お世辞でも嬉しいぜ。どっこらショット──じゃあ、ギルドに行くとするか」
「はい! ──ちょっとドキッとしちゃったよ……」
「あ? 何か言ったか?」
「な、なんでもないでーす!」
変な奴だな……?
──宿屋を出てギルドへと町を歩く。
町は朝から騒がしい。仕事へと向かう人。
外で洗濯や井戸端会議をする女性達。
商店街も次々と店が開き、露店では串焼きや麺類などの軽食が売られている。
俺達が泊まった宿屋はその商店街の一角に有った為、案の定……食いしん坊が露店の匂いに釣られていた。
「うわ~。これも美味しそう! あっ、あれも! ねえ~フォグさ~ん。自分で買うから買っても良いですか?」
「まったく、昨日の夜あんだけ食って良く入るな……別に買っても良いが、ほどほどにしとけよ?」
「はーい! おじさん、この串焼き10本下さい!」
「お、お嬢さん気前が良いね~。よし! 一本オマケしてあげるよ」
朝から串焼き10本も食うのかよ……。
「あ、おばちゃん! その麺なに?」
「これは焼きバソだよ! 甘辛いソースがとっても美味しいんだ! お嬢さん一個どうだい?」
「わぁ~。良い匂い……おばちゃん! 焼きバソ5個頂戴!」
「毎度! お嬢さん可愛いから一個オマケしたよ!」
……あいつ、人の話聞いてたか?
「おいキョウカ。俺はほどほどにしろって言ったよな?」
「なに言ってるんですかフォグさん。私のほどほどは、まだまだですよ!」
「…………」
「いだだだだっ! ちょっとフォグさん! 耳引っ張らないで~!」
露店から漂う誘惑に負けそうになるキョウカを引っ張り、商店街を抜け出していく。
後ろに見える露店を名残惜しそうに振り返るキョウカ。
こいつ、食いしん坊スキルでも付いてるじゃないか?
──そんなこんなで、ギルドの看板が見えて来た。
ギルドが建っている広場は、丁度町の分岐点で道行く人が多い。
北に下がるとさっき居た商店街。
南に上ると住宅街と領主の邸宅。
左に曲がるとちょっとディープな歓楽街。
右は……スラム街だ。
何処の町もこんな感じの作りじゃないだろうか。
もう少しで俺もスラムの住民になる所だった。
今は何とかなりそうだが、油断してると危ない。
歓楽街を目指して頑張らないとな。
目指すはお姉さんのおっぱいだ!
「フォグさん顔がだらしないですよ! またスケベな事考えてるんですか?」
目を細めて俺を伺うキョウカ。
その口元は立派な食べカスが付いている。
「うるせえ! それより、また食べカス付いてるぞ。てか、お前全部食ったのかよ……」
「やだっ!! ──取れました?」
焼きバソの茶色いソースを付けて聞いてくるキョウカ。
それは顔洗わんと取れないな。
「まだ付いて──」
「誰かー!! 私の売上を取り返してー!!」
キョウカにソースが付いてる事を教えようとしていると、俺の声を掻き消す女の声が広場に響いた。
その声の方向を見ると、二人の姿が見える。
ボロボロの服を着た男が、大事そうに袋を抱え走っている姿。
そして、その男を追いかけるブロンドの長い髪を束ねた綺麗な女性。女性の胸は豊満で、走る度にタユンタユンと揺れている。
「フォグさん鼻の下伸び過ぎ!! スケベな顔して見てないで助けて上げて下さいよ!」
「あ? ああ……」
助けろって言ってもな……俺に出来るか?
袋を抱えた男は、もう直ぐ俺の横を通り過ぎる所だ。
「そこの人! そいつを捕まえて!」
胸を揺らした女性が必死に叫ぶ。
俺の横を男が通り過ぎるその瞬間──
「……え?」
抱えていた袋が無くなり、間抜けな声を出す男。
本人は何が起きているか良く分かってないようだ。
実は、俺も良く分かってねえ。
何で俺……袋持ってんだ?
「旦那、ありがとう! それ貰うよ! そりゃっ!!」
「うぎゃっ!!」
男に追い付いた女性は、俺に一言礼を言って袋を受け取ると、その袋で男の頭を殴った。
袋からは重そうなジャリっという硬貨がぶつかる音がする。
それで殴られた男は、一撃で地面へと伏せていた。
「改めて、ありがとう旦那! お陰で売上が返ってきたよ!」
「いいえ! お役に立てて良かったです!」
何でキョウカが答える?
取り返したのは俺だぞ……。
「私は歓楽街で『シュリーの酒場』やってる店主のシュリーよ。お礼したいんだけど、何が良い?」
お礼ね……そう言われると、男の性なのか自然とたわわな2つの果実へ目がいってしまう。
シュリーさんもそれが分かったのか、苦笑いを浮かべている。
だが、隠そうとしない堂々した所が、大人の女だと感じた。
「フォグさん! あっ、お礼なら美味しいものが食べたいです!」
「だから、なんでキョウカが答えるだよ! てか、目の前に立つな! 邪魔だ」
「うぅぅ~。フォグさんの馬鹿」
「ウフフ。面白いお二人さんね」
「すいません──改めて、俺はフォグです。こいつはキョウカ。お礼ですけど……困っている人を助けるのが自分の使命だと思っています! だからお礼は結構です!」
「決まった! これでシュリーさんへの好感度は急上昇! 忘れた頃に酒場へ行けば、シュリーさんと……ムフフッ」
「お前な~! 心の声を読むな! あっ……」
「本当に面白いお二人。フフ」
キョウカの奴! シュリーさんに笑われてしまったじゃないか! 後でとっちめてやらんと!
「でしたら……夜になったら私の酒場に来て下さい。ご馳走しますから。勿論……サービスもたっぷりしますよ?」
「は、はい……」
俺に体を近付け、耳元で呟くシュリーさん。
なんて官能的なんだ……俺の眠っている獣を呼び起こす囁きに、思わず背中がゾクゾクした。
「はーい、離れて下さい~。ほらっフォグさん! 早くギルドに行きますよ!」
「ああ……じゃあシュリーさん。また……」
「ええ、待ってますよ」
さっきとは逆に、耳を引っ張られ連れて行かれる俺。
あれ? もしかして脱童貞チャンス廻ってきた?
そう思うと、体の中から熱い活力が湧いてきていた。
それにしても、さっき男から掠め取った早業。
あれは俊敏スキルのお陰なのだろうか?
だとしたら……素早い動きの敵にも対応出来るのではないか。
例えばホーンラビットの突撃とか。
それこそ──ポイズンウルフだって倒せるかもしれん。
キョウカに出会ってから昨日の今日。
俺の中の獣、活力、闘志が煮えたぎるのを感じる。
もしかしたら、キョウカとの出会いは本当に"運命"だったのかもな──
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