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花風の香り  作者: Shinoka
7/7

金木犀、桜、彼岸花

もう大学の生活も今年で最後。今年も、桜の匂いと霧がうまく噛み合っていた。後ろから、金木犀の匂いがした。身体が勝手に、香る方へ振り返っていた。

「―――久しぶり。遠野くん」

それだけだった。それだけなのに、涙が止まらなかった。

春の霧。

夏の花火。

秋の匂い。

冬の声。

その全部が、一つに繋がった。





5年後。

今日も僕は、彼女―――妻と笑い合っていた。

図書館の帰り道。

雨上がりのアスファルト。

眩しいライト。

途切れた記憶。

全部、戻ってきたわけじゃない。今でも、思い出せないことのほうが多い。

花火の日、彼女が来ていた浴衣の色。りんご飴の大きさ。あの日、本当に来年も花火を見る約束をしたのか。記憶はまだ曖昧で、触れようとすると少し遠ざかる。

「またぼーっとしてる」

陽香が呆れたように笑う。

「してない」

「してる」

そう言って彼女は僕の袖を引っ張る。その仕草を見るたび、少し懐かしいと感じる。でもその懐かしさが、いつのものなのかはわからない。

「でもさ、あの時話しかけなくてよかった。」

「え?」

「春の日。もし陽香に話しかけてたら、きっと今と違う道を歩んでいるだろうから。」

だから今、陽香は僕の隣に居る。それだけが、僕の幸せ。


春になると、桜と金木犀の匂いがする。

僕も、陽香も、もう一人じゃない。

だから今年も僕は、金木犀と山桜の押し花を捧げよう。

「山桜の花言葉、知ってる?」

「知らない」

陽香はそう言いながら、押し花をそっと受け取った。

「―――あなたに微笑む、だってさ」

少しの沈黙のあと、陽香が呆れたみたいに「ばか」と呟く。


机の上には、金木犀と白い彼岸花。

春の風は、今年も優しい匂いがした。

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