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紙の国の鉄板工作

第二部開始です!お待たせしました!



 万年筆の時にも感じたことだが、この世界の紙の品質はあまり良くない。紙の値段自体もまだまだ高かった。

 だいたいだ、羽ペンといったら紙は羊皮紙だろ!? インクは没食子。嗜好品として羽ペンと没食子インクを愛用している人がいることは承知でいわせてもらうが、時代設定どうなってるんだ。見栄え重視なら断然羊皮紙のほうがかっこいいと思うのは俺だけ?

 ノートとインクがあるのに本は高価とか、こういうちぐはぐなところが納得できない。印刷技術もままならず、新聞はどうしてるのかと思ったらなんと手書きだった。紙の質が良くないとはともかく、ガリ版印刷ぐらい広まっていて欲しかった。日本の江戸時代のほうがまだましなんじゃないか、これ。


 百円ショップでさえ質の良いノートが買えた日本とあまりにも違う。パソコン導入で紙を使うのが減ると言われたのに逆に増えた世代の俺からすれば、そこを手抜きすんなと文句のひとつも言いたくなった。見栄え重視の被害直撃である。

 しかしそこは俺、紙の国日本で前世を生きた男だ。商会立ち上げ時からこの紙問題に取り組んできた。伊達に小学生の時に紙パックでハガキ作ったわけじゃない。


 紙があるということは製紙技術があるということだ。なのになぜ紙の品質向上が図られないかといえば、そこまで求められなかったからだろう。あるいは製紙技術は家や工房に伝わる秘伝で、変えるという発想がなかったか。いつの時代も技術革新というのは金がかかるからな。


 それでも新しいものに熱意を持って取り組もうとする人はどこの世界にもいるものだ。俺の求める紙を作ろうじゃないか、という職人を探し出し、投資を惜しまずにやって、ようやく納得の仕上がりになった。


「お手に取ってお確かめください。この薄さ、この滑らかさ! それでいてインクが滲まず、裏に透けることもない。これぞまさに理想の紙です!」


 今までの紙がわら半紙ならこれはまさにコピー用紙だ。この感動を伝えたいとやってきたのは、毎度おなじみアイーダ公爵家である。

 無事に二年生へ進級が決まったクラリッサも、学年末の休暇で家にいた。


「どこにも引っかかりがなくて滑らかですわね」

「まるで絹のようです。つるつるして、筆が滑りそうですね」


 まず食いついたのは現役学生のクラリッサと、家庭教師のいるカールだ。


「先日陛下に献上したのはこれか……」

「はい。陛下におかれましては畏れ多くも大変喜んでくださいました」


 冬に続いて春の叙勲では男爵になることが決まっている。そのテコ入れと謝礼のつもりで献上させてもらった。

 王宮ではさすがに良い紙を使っていた。それでもここまでの薄さはなく、大量注文が決定したのだ。これで職人に報いることができる。


 今まで御用達だった商会には悪いが、きちんと特許を取って公開してあるので技術供与に応じることが可能だ。というか、俺がこの紙を普及したいのでぜひとも声をかけてもらいたい。


「王妃様にはこちらの色紙を献上いたしました。お嬢様、こちらは進級のお祝いです」


 そしてもうひとつ、とっておきがある。


「まあ、なんて色鮮やかな……」


 桐の小箱を開けたクラリッサが目を瞠った。

 スタンプや押し花の入った便箋は見たことがあっても、裏側全面に色が乗った紙はこの世界初といっていい。

 これで手紙を書くのもいいが、クラリッサは女子高生。女子学生といえば、アレだろう。


「色むらもあるけど、それがまた綺麗でいいわねえ」

「奥様、それはそういう模様なのです。下の紙を出してみてください」


 マーブル模様や滲みは職人の遊び心である。和紙にはそういうものがあったのを思い出したのだ。綺麗に色が入った紙もちゃんと用意してある。

 クラリッサに断りを入れた奥様が箱をひっくり返した。百枚セットの色紙は模様と色別で十組入っている。全色並べるとグラデーションが綺麗だった。いいよな、こういうの。


「こうしてみると凄いわね。綺麗だわ。商会長、お見事ですわ」


 感嘆する奥様に同意しつつ、クラリッサは浮かない顔だ。

 今まで俺がアイーダ公爵家に持ってきた新商品は、アイーダ公爵家が一番に購入していた。その中にはクラリッサのためにと作られた物もあった。

 タナカ商会最大の保証人であり、後ろ盾であり、広告塔でもあるアイーダ家への礼も兼ねてのことだった。とにかく一番優先されていたのはアイーダ家であり、クラリッサだったわけだ。


 それが準男爵になって王室に取られてしまった。拗ねているらしい。


 これでも長い付き合いで、しかも今の俺はクラリッサの恋人、婚約者に内定している。クラリッサのためのとっておきを用意してあった。


「お褒めいただきありがとうございます。職人たちも喜びましょう」

「これは綺麗だが、しかし片面しか書けないのでは不便だろう」


 ノートのように綴じていないし、メモにするには不便である。手紙に使うにしては大きさも中途半端。なんといってもこの色紙の特徴は、正方形であるところだ。


「実はこの紙、このようにして使います」


 ここで俺はわざとらしく胸ポケットに手を差し入れ、恭しい手つきで赤いハート型の紙を取り出した。


「お嬢様、どうぞ」

「まあ……っ」


 二人の思い出ともいえる赤いハート型に、クラリッサが頬を染めて受け取った。まじまじと見つめている。


「これは……紙を折って作ったんですのね?」

「はい。裏側に色が付いていてインクが透ける心配はありませんし、このように折りたためば秘密の手紙に使えます」

「秘密の……」


 かっこつけて言ったけど、ようするにラブレターである。クラリッサだけではなく家族の揃った場で渡すのはどうにも照れくさいぞ。

 頬を赤くしたクラリッサがそっと折り紙を胸に抱いた。


「ハート型だけではなく、花や船、虫などもあります」


 ハートの折り紙は胸ポケットに入れたが、その他の作品はちゃんと箱に入れて鞄にしまってある。公爵の目が痛いのでそそくさと出した。


 折り紙は外国人に必ず喜ばれる、鉄板の日本文化である。今までの紙ではごわごわして折り紙に向いていなかったが、この張りのある紙ならいける。

 公爵は船、奥様はバラ、カールが蝉の折り紙を手に取ったところで鞄から赤の色紙を取り出した。


「ハートの折り紙はこうやって折ります。……王妃様には折り紙を献上していません、クラリッサ様がはじめてですよ」


 真ん中を折って折り目を付けたところで目をあげてクラリッサを見ると、しばらくもじもじして公爵と奥様を窺い、二人が笑ってうなずいたのを確認して……俺の隣に座ってきた。


「お、お嬢様?」

「教えてくださるのでしょう? 隣のほうが、わかりやすいですわ」


 クラリッサは耳まで赤くなっている。釣られて俺まで顔が熱くなってきた。やばいぞ、これ。

 いくら公認だからって正式な婚約者でもないのにこの至近距離。いいのかと思って公爵を見るも、やはり父親は複雑なのか口元が引き攣っていた。いや、あれはもしかして笑いを堪えてるな、ちくしょー。奥様なんか口元押さえてにやにやしちゃってるし。全力で見ない振りをしてくれるカールだけが俺の味方だ。


 どうしよう、臭くないかな俺。加齢臭とか。風呂には毎日入ってコロンもつけてるけど……あああ、腕にクラリッサの体温が! やばい、なんか甘い香りがっ! 負けるな、俺の理性よ!


「で、では、よく見ていてくださいね。紙を折るだけですが、端と端を揃えないと仕上がりが綺麗になりません」


 クラリッサにも紙を渡して仲良く折っていく。

 折り紙というのは慣れれば簡単なもの代表で、慣れていないと案外うまくいかないものだ。特に角をいいかげんにしてしまうと完成の出来が段違いに差が出る。初心者のクラリッサと経験者の俺では、同じハート型でも俺のほうがピシッと決まっていた。


「本当に、ずいぶん違うな」


 俺のとクラリッサのを見比べた公爵が唸るように感想を言った。


「慣れれば簡単ですが、手を抜くと結果にきちんと現れます。集中力を養うのに役立ちますよ。紙さえあればできますし、結果が目に見えるので満足感も得られます」


 奥様がなるほど、とうなずいた。

 礼儀作法や基礎教育における評価はどうしても客観的なものになる。自分ではできていると思っても、大人からすればまだまだ未熟に見えることも多く、果てがない。子供が褒められる機会が意外と少ないのだ。しかもクラリッサとカールは公爵家の子、どうしても厳しい目で見られがちになる。もっと厳しい家なら親子でもろくに顔を合わせることもなく、会話すらない貴族もいるらしい。


「ご覧いただいておわかりになったと思いますが、これらは図形です。魔法陣の勉強に使えるでしょう」


 親と子のコミュニケーションツールだけではなく、貴族にとって大切な魔法の勉強にもなる。公爵と奥様の顔が引き締まった。


 この世界にはモンスターや魔王などは存在していない。では、魔力量の多い貴族が何に魔法を使うかというと、ズバリ『戦争』である。化学兵器がない代わりに魔法が軍事力になっている。

 もっともそれは大昔の、大陸に次々国が誕生していた建国時代の話だ。パワーバランスのとれた現在は国家間の戦争が起きることはなく、あくまで抑止力。きな臭くなってもまずは話し合いで解決を図ることになっている。


 なにしろ強力な魔法は被害がでかい。大魔術師一人で千の兵士が消え、大地は焼け野原と化すのだ。敵国ならともかく自国内でそんなことされたら復興が大変なのはいうまでもない。敗戦にでもなれば国を保っていられなくなる。勝った側だってそんな復興に金のかかる土地なんか欲しくない。戦争に酔って国土拡大を狙っても、その後にやってくる戦後処理と復興費用のほうが高くつく、と各国が気づいたわけだ。


 そんなわけで現在の魔法は抑止力の他に、地上に住むすべての生命が避けようのない災害の対策に活用されている。大雨による河川の氾濫、森林火災、地震などなど。異世界であろうと大自然というのは容赦がなかった。


「ターニャさん……」


 そして魔法陣とは魔法の応用であり、補助でもある。魔道具や護身具に組み込まれ、様々なことに使われていた。腕時計も魔道具の一種だ。


「クラリッサ様、私の知っている折り方をあなたに伝授します。ぜひ、役立ててください」

「よろしいんですの?」


 普通、魔法陣というのは他人に渡したりしないものだ。自分で発明したものならなおさら。魔法を使う者にとって、魔法陣は自分の技術の集大成なのである。


「クラリッサ様だから、覚えていただきたいのです。どうか」


 折り紙は前世の思い出でもある。まさかこんなところで役に立つとは思わなかった。王妃には献上しなかったというよりできなかったのだ。こんなのばれたら一生王室で飼い殺し決定になる。


「はい。……大切にしますわ」


 クラリッサなら折り紙もきちんと理解して陣形を組み立ててくれるだろう。きっと魔法カード研究の役に立つはずだ。

 クラリッサだから。

 その意味するところを正確に理解したクラリッサが、感激に涙ぐんだ。




授業中に回してた手紙、なぜか張り合って折り方がどんどん凝っていきました。

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― 新着の感想 ―
[一言] どんどん凝ってきた手紙折り紙、数年数十年たって出てくるともう全然折り方もほどき方もわからなくなったりしますよね~! シャツの簡単なものくらいはなんとか出来ますが、襟を複雑に折り込んだやつなん…
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