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マッスル・ストロンガー・ザン・マジック ~回復魔法と筋トレの相乗効果で究極の筋肉を手に入れよう~  作者: tomato.nit
第一章 少年編 

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第5話 スパーリング

 洞窟の中に、荒い呼吸が響いていた。


「はぁ……はぁ……」


「ぐるる……」


 薄暗い空間の中、俺と山狼は数歩ほどの距離を空けて向かい合っている。地面には乾いた血の跡がいくつも残り、壁には衝撃で砕けた石の破片が散らばっていた。


 ここは村外れの森の奥にある小さな洞窟。


 大人では通り抜けられないほどの隙間を抜けた先にある、俺だけが知る秘密の場所――俺専用のジムだ。


 最初にこの洞窟へ連れてきた時、この山狼は完全な敵だった。牙を剥き、少しでも隙を見せれば食い殺そうと襲いかかってきた。


 だが今は違う。


 互いに構え合うこの空気は、もはや狩りでも生存競争でもない。


 ――トレーニングだ。


 俺は拳を軽く握り直す。


「もう一本いくか」


 その言葉を理解したかのように、山狼の体が低く沈む。


 次の瞬間。


 地面を蹴った。


 灰色の影が一直線に迫る。


 ガブッ!


 牙が肩に突き刺さる。鋭い痛み。肉が裂け、血が噴き出す。


「回復」


 緑色の光が傷口を包む。裂けた肉が瞬時に再生する。筋肉が膨張し、噛みついた牙を押し返す。


 山狼は距離を取り、すぐに踏み込んでくる。


 今度は爪。


 ガリッ!


 腹が裂ける。


 熱い痛み。


 回復。


 俺はそのまま拳を振り抜いた。


 ドゴッ!


 狼の鼻に直撃する。巨体が横に吹き飛ぶ。


 だが山狼はすぐに起き上がる。


 牙を剥き、再び構える。


 俺も姿勢を低くする。


 次の瞬間。


 同時に踏み込む。


 牙。


 拳。


 爪。


 血。


 回復。


 それを何度も繰り返す。


 これが俺の新しいトレーニング。


 ――スパーリングだ。


 この方法は驚くほど効率が良かった。


 攻撃を受ける。


 回復する。


 筋肉が再生する。


 そして強くなる。


 普通の筋トレとは比較にならない速度で肉体が成長していく。


 だが、数週間続けた頃。


 異変が起きた。


「……ん?」


 山狼の牙が止まる。


 いや、違う。


 通らない。


 もう一度噛ませる。


 ガブッ。


 だが。


 傷がつかない。


「効かない……だと?」


 爪も牙も、俺の体にダメージを与えられない。それどころか、弾かれた反動で狼の方が傷ついている。


 山狼も困惑しているようだった。


「すまんな」


 俺は回復魔法を狼にかける。緑の光が体を包み、傷が消える。


 その瞬間。


 ガブッ。


 再び牙が食い込む。


「……なるほど」


 理解した。


 筋肉は負荷がなければ成長しない。


 つまり、俺だけ強くなっても意味がない。


 パートナーも強くならなければならない。


 俺は狼の頭を軽く叩く。


「お前も鍛えるか」


 それからトレーニングは変わった。


 戦う。


 回復する。


 戦う。


 回復する。


 それは俺だけではない。


 狼にも回復魔法をかける。


 傷を治し、筋肉を再生させる。


 そしてまた戦う。


 こうして俺と山狼は互いに鍛え合う存在になっていった。


 牙は鋭くなり。


 爪は強くなり。


 突進は速くなる。


 洞窟の奥で、野生では決して生まれないようなモンスターが静かに育っていった。


 その日の朝。


 俺はいつものように早起きして洞窟へ向かっていた。


 村はまだ眠っている。


 この時間は俺だけの黄金のトレーニングタイムだ。


 入口の岩をどかし、洞窟へ入る。


「おはよう」


「ぐる」


 山狼が低く唸る。今では完全に顔なじみだ。


 俺は豆を器に入れて置く。


「朝飯だ」


 狼が豆を食べている間に、軽く体をほぐす。


「それじゃあ始めるか」


 狼が構える。


 次の瞬間。


 再びスパーリングが始まった。


 何度も攻撃を交わし、何度も回復を繰り返す。


 互いに息が上がり始めた頃だった。


「……マット?」


 洞窟の入口から声がした。


 山狼の耳がぴくりと動く。


 視線が入口へ向く。


 岩の隙間から顔を覗かせていたのは、アルエだった。


 その姿を見た瞬間、山狼の目が鋭くなる。


「ぐるるるる……!」


 低い唸り声。


 体を低く沈める。


 次の瞬間。


 地面を蹴った。


 アルエへ一直線。


「ひっ!」


 アルエが悲鳴を上げる。


「待て」


 俺は短く言った。


 それだけだった。


 山狼の動きが止まる。


 着地。


 数歩進み。


 ゆっくりと腰を落とした。


 お座り。


 洞窟に沈黙が落ちる。


 アルエが口をぱくぱくさせる。


「え」


「え?」


「えええええええ!?」


「なんで!?なんで狼が言うこと聞くの!?」


 俺は首をかしげる。


「スパーリングのパートナーだからな」


「意味が分からない!!」


 アルエは頭を抱える。


 その横で山狼は静かに座っていた。


 まるで次の指示を待つ兵士のように。


 アルエはしばらく黙り込み、やがて小さく息を吐く。


「……これ、誰かに言ってる?」


「言ってない」


 アルエは少し考えた。


「言わない方がいい」


 理由は簡単だ。


 村人に知られれば、この狼は確実に討伐される。


 アルエは狼を見て、それから俺を見る。


「マットって……」


 少し考えて。


「やっぱり変」


 だが、少しだけ笑った。


 こうして。


 俺の秘密のジムには、最初の目撃者ができたのだった。

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