第146話 ササミとアミノと進化
洞窟の朝は静かだった。
アルエの騒ぎがひとしきり落ち着いたあと、マットは改めて目の前の巨大な鳥を見上げた。
ササミはいつものように堂々と胸を張り、岩床の上に立っている。しかし、どこか違う。四年前に見た姿とも、一週間前に目覚めてから見慣れた姿とも、微妙に印象が異なっていた。
マットは腕を組み、少し首を傾げる。
「……なんか、ササミがキラキラしてないか?」
その言葉に、アルエは肩をすくめながらため息をついた。
「そうなのよ。この子、砂漠で見つけたオリハルコンの鉱床でドカ食いしたせいで、また進化しちゃったのよね」
マットは一瞬だけ沈黙した。
「……オリハルコン?」
「そう。オリハルコン」
アルエは呆れたようにササミを指さす。
「というか、オリハルコンまで食べ始めるってどういうつもりなのかしら。あの量のオリハルコンなんて、売ったら相当なお金になったっていうのに、こいつ全部食べちゃうんだもん」
ササミはその言葉を理解しているのかいないのか、ゆっくりと首を傾けたあと、短く鳴いた。
「クエ」
どこか得意げである。
マットは思わず笑った。
「ササミらしいじゃないか」
改めてその姿を見る。
体格は以前よりさらに一回り大きくなっていた。翼を軽く広げるだけで洞窟の空気が揺れるほどの巨体だ。
だが一番変わったのは羽だった。
かつてのミスリルイグナイトの羽は、蒼銀色の金属光沢を持つ硬質な羽毛だった。しかし今、ササミの羽にはその蒼銀に混じり、まるで水晶のように光を透過する部分がある。
朝日が差し込むたびに、羽は複雑な構造色を反射し、青とも紫ともつかない光を洞窟の壁へ散らしていた。
金属でありながら、どこか宝石のような輝き。
まさにオリハルコンと呼ばれる神金属に相応しい変化だった。
「それで、進化してササミは何になったんだ?」
マットの問いに、アルエは少し困った顔をした。
「それがあたしもよく分かんないのよね。この間進化したばっかりで詳しく調べてないし」
そう言って洞窟の奥を指さす。
「丁度いいじゃない。そこに水晶あるんだし、見てみれば?」
ジムの奥には、冒険者ギルドと同じ形式の鑑定水晶が据え付けられている。魔物の能力を確認するために、ロイドが持ち込んだものだった。
マットはうなずくと、その前に立った。
「ササミ」
呼ばれた巨鳥は素直に歩み寄り、くちばしで水晶に軽く触れる。
透明だった水晶の内部に、ゆっくりと光が満ちていく。
やがて、文字が浮かび上がった。
――――――――――
ササミ
種族:オリハルコンブレイズ レベル:48
生命力:412 魔力量:366
筋力:358 耐久:521
敏捷:284 器用:132 精神:271
特性
・鉱石選別:A+
・金属蓄積:S
・希少金属吸収:S
・魔力遮断:S
・魔力蓄積:S
・守護:A
・耐熱装甲:A+
固有技能
・金属砕き
・魔断爪
・嘴強化
・採掘加速
・飛行
・悪食
称号
・蒼銀晶の翼
・悪食
――――――――――
しばらく沈黙が落ちた。
最初に口を開いたのはアルエだった。
「……ちょっと待って」
水晶とササミを交互に見比べる。
「耐久、五百超えてない?」
マットは腕を組んだままうなずいた。
「超えてるな」
ササミは誇らしげに胸を張る。
「クエ」
ミリアが目を輝かせた。
「ササミ、すごーい!」
しかしアルエは、まだ水晶を睨みつけていた。
「……というか、ちょっとこれ見なさいよ」
指で示したのは称号の欄だった。
マットも視線を落とす。
「蒼銀晶の翼……それと、悪食か」
「悪食ってなによ悪食って」
アルエは半ば呆れた声を出す。
「まあ、オリハルコンの鉱床を丸ごと食べたやつには、わりと的確な称号だと思うが」
マットは平然と言った。
「褒めてないからねそれ」
アルエはため息をつく。
水晶の称号欄は、ただの飾りではない。強い経験や行動の積み重ねによって刻まれ、時には能力に影響を与えることもある。
「でも、蒼銀晶の翼っていうのは、今の見た目そのままだな」
マットはササミの羽を見る。
蒼銀の金属光沢に、透き通る水晶の輝きが混じる羽。
洞窟の薄い光を受けて、静かに色を変えている。
「まあ……これは分かるわね」
アルエも腕を組んでササミを見上げた。
「でも“悪食”はどうなのよ。モンスターとはいえ、もうちょっと格好いいの付かなかったの?」
ササミは首をかしげる。
「クエ?」
どうやら全く気にしていないらしい。
マットは小さく笑った。
「称号なんて、そのうちまた増えるだろ。ササミなら特に」
「それはそうだけど……」
アルエは肩をすくめる。
「でもさ、神金属食べた結果が“悪食”って、なんかこう……夢がないわよね」
洞窟の天井で、蒼銀の羽が静かにきらめいていた。
――その時だった。
アルエの後ろあたりを、ふよふよと漂っていた小さな影が、やけに存在感を主張し始める。
細長い体をくねらせ、くるりと一回転。
さらにもう一回。
そしてマットの目の前にぴたりと浮かび、まるで「自分も見ろ」と言わんばかりに水晶を指し示すように尾を振った。
「……アミノ?」
アルエが振り返る。
「そういえばあんた、最近やけに飛び回るようになったわね。見た目はそんなに変わってないけど……もしかしてあんたも進化してるの?」
アミノは小さく体を揺らし、得意げに空中をくるくる回った。
どうやらその通りらしい。
「じゃあ、ついでだ。見てみるか」
マットが言うと、アミノはするりと水晶の上に降り、舌をちろりと出して表面に触れる。
再び水晶の中に光が満ち、文字が浮かび上がった。
――――――――――
アミノ
種族:ストームリンクスヴァイパー レベル:47
生命力:208 魔力量:442
筋力:171 耐久:169
敏捷:248 器用:181 精神:306
適性
・電撃魔法:A++
・風魔法:B+
・感知:A+
・毒耐性:B+
固有技能
・電磁探知
・振動感知
・雷牙
・落雷
・電撃放出
・共生強化
・毒吸収
・魔力圧縮
・魔力吸収
称号
・共にある蛇
・繋ぐ力
――――――――――
「あ、やっぱり進化してるじゃない!」
アルエが声を上げる。
だが次の瞬間、首を傾げた。
「……でもほんとに名前以外、どこが変わったの?」
マットはしばらく水晶を眺めていたが、やがて一行を指さす。
「これじゃないか?」
そこには、新しく追加された適性があった。
――風魔法。
「……あ」
アルエが目を細める。
「だからストームなの?」
アミノは得意げに体を揺らす。
「というか、いつの間にそんなの覚えてたのよ。あたし、あんたが風魔法なんて使ってるの見たことないわよ?」
すると、横から小さな声が上がった。
「え?」
ミリアがきょとんとした顔で首を傾げる。
「アミノ、私と一緒に風魔法で遊んでくれてたから、使えるんだと思ってた」
洞窟の中に、微妙な沈黙が落ちる。
アルエがゆっくりとミリアの方を見る。
「……今度はこっちか」
ミリアはにこっと笑った。
「えへへ」




