二十三話:嘆きの伯爵城再攻略編 エピローグ
数多ある冒険者の仕事の中で、ダンジョン攻略は最もハイリスクハイリターンだ。
最大のリスクと言うのは当然命の危険なわけだが、他にも準備資金、調査費、旅費、パーティーメンバーの報酬等々、金銭面のリスクも非常に大きい。ダンジョン破産という言葉もあるほどだ。
ではリターンとは何か。ギルドの出すダンジョン解消報酬以上に、大きなメリット……それは、お宝だ。
解消されたダンジョンは一時間から一日程度かけて、侵食前の姿に戻っていく。その間に掘り出したアイテムは、元の土地の所有者にかかわらず、冒険者のものと決まっている。
言ってしまえば、期間限定墓荒らし特権である。古代の魔導書などを一発掘り当てれば、一生遊んで暮らせるだけの金が手に入るのだ。
宝物庫の攻略をガースに任せ、エイト達は魔術師の工房を探索することにした。
一攫千金狙いでもあるが、何より情報のためだ。召喚術の名手たるフリーダならば、異世界召喚について何か知っていてもおかしくはない。
(それに、強制クエストの『発行者』の意図を知るためでもある)
そう。『発行者』は、明らかにエイト達に伯爵城を攻略させようとしていた。
《冒険者ギルドへの登録》や、《嘆きの伯爵城攻略》もそうだが、突破口を拓いたクルリのあいさつクエストを考えれば、単なる嫌がらせとは考えにくい。そこには何らかの意図があるはずなのだ。
すぐに答えに辿り着けるとは思えないが、フリーダの工房を漁り、利害関係から糸をたぐり寄せていけば、『発行者』について手がかりが得られるかも知れない。そこには金銭以上の価値がある。
「こっちじゃこっち。ここがお嬢様の書斎じゃ」
ラアルに先導され、一階奥のフリーダの書斎に足を踏み入れる。
中央図書館を創設した人物だけあって、フリーダはかなりの本の虫だったようだ。
小さな丸テーブルと座椅子を除き、書斎は大小様々な本棚で埋まっていた。
ダンジョン内とは思えない、静謐で落ち着いた空間だ。
伯爵の嫌がらせも、ここには届いていないようだ。魔術的な防護が施されていて近寄れなかったのか。あるいは、この仕事場だけは手を出さなかったのか。
書籍は半数が法律関係のもので、二割が軍事、一割が魔物……その他も農業を中心とした学術書だった。
エイトは魔術関連の高そうな本を数冊見繕って懐にしまった。
「でも、ラアルさん。主人の書斎荒らさせるとか、忠義的にセーフなんですか?」
「ワシの知っとるお嬢様は、そこまで狭量じゃありゃせんわ。せっかく蓄えた知識なんじゃ、朽ちて消えるよりは、有効活用された方が嬉しいじゃろ」
「そういうものですか」
「それに、お嬢様はお主の事気に入っとったからのう」
「え、僕を?」
「名前呼んどったろ。あの方は領民を等しく扱うため、極力不要な名前を覚えんようにしておったのじゃ。それが魔物に堕ちてまで、お主の名を呼びなさった」
(まあ、名前は呼ばれていたけれど)
エイトとしては、どうもしっくりこない話だ。
我が事ながら、フリーダと会話のキャッチボールが成り立っていたとは思えない。投石合戦ぐらいにはなっていただろうが……。
「じーっ」
「な、なんだい、クルリさん」
「……エイトってば、あーいう子が好きなのね?」
「誤解だよ、クルリさん」
「ちっちゃくて、お淑やかで、儚げで、時々テンション高くて……死んでる子」
「誤解だよ! クルリさん!」
「ふーん……。ならいーけど! 許しちゃうわ!」
「はあ、どうも」
どういう訳か、クルリは少し上機嫌になった。
「それにしても、ここ、あんま魔法っぽいモノないのね」
「そりゃ、ごくフツーの書斎じゃからの。魔術工房はこの先じゃろ」
「先……と言うと、隠し扉でもあるんですか?」
「勘がええのう。まぁ見とれ。こーいうのはパターンっちゅーもんがあってのう」
ラアルは腕を回して肩を鳴らすと、触手を駆使して本を並び替えていく。
「書斎系の隠し扉は、本の並び替えで出てくるモンと決まっとる。魔力の流れの変化を探りながら、タイトルの頭文字やら末尾を合わせて文書を作るのじゃ。大抵は聖書の一説……む、ちゃうのう。座右の銘……これもちゃうのう。生年月日……むむぅ」
しばらく辞書攻撃を続けていたラアルだったが、やがて何かに気付いたようだ。表情が険しくなっていく。
「マジでか……。このパターンは……。いや、ないでもないが、あのお嬢様が……」
「どうしたの、ラアルちゃん?」
「ちっと離れとれ」
ラアルが触手をはためかせ、三つの本棚の端に巻きつけると……。それらを一斉に崩した。
「なっ……!?」
「ラアルちゃん! 人の本棚倒しちゃだめでしょ! メッ!」
「メッするでない! これが鍵なんじゃ。ほれ」
ラアルの触手が散らばった本の山を崩し、拾い上げ、再度整頓していく。すると、本を退けたそこに、先程までは見当たらなかった床下扉が現れていた。地下へと続く隠し扉だ。
「奇術師の穴いうてな。特定の物体で死角を作ると現れる隠し扉じゃ」
「つまり、本を床に散らかすと現れる扉、ですか?」
手間はかかるし、本は傷つく。整理整頓を躾けられたフリーダとは思えない仕掛けだ。
「うむ。ワシ的にもしっくりこんのじゃが、開いたモンは開いたからのう」
一行は首を傾けながら、とりあえず隠し扉を潜った。
埃とカビ臭い地下階段を歩いていくと、八畳程度の部屋に着く。
古書で壁が覆われ、用途不明のビーカーや魔法陣を描いた紙の切れ端が散乱している。ソファーは埃だらけで、薪のない暖炉では魔術の炎が煌々と燃え続けている。
魔術の知見皆無なエイトには、そこにある呪具の数々の価値を推し量ることが出来ない。どれも高価そうだし、どれもガラクタに見える。
「んー、期待薄じゃのう……」
ラアルはざっと周囲を見回すと、撫肩をさらに落とした。
「見ただけで解るんですか?」
「魔導書に流れる力の質が珍妙じゃ。見かけだけは三百年前の工房を忠実に再現しとるんじゃろうが、ダンジョン化で余計な侵食を受けたのかも知れんのう」
「そう、ですか……」
「力の大半を失っておっても、魔術師の工房は罠の巣じゃ。くれぐれも、その辺のモンに迂闊に触れるでないぞ」
「え!!」
「その昔、ワシのパーティーメンバーがとある魔術工房で呪具を掴んで……ちと待て今『え!!』つったの誰じゃ」
「クルリさんです」
振り返ると、クルリは呪い感溢れる人形をがっちりと握っていた。
それは、マンドラゴラじみた木目人形だ。「不用意にせよ何故一発目でそれを手に取る?」と問いかけたくなるほどの露骨な呪具だ。
「パ……パーティーメンバーさんって、どうなったの?」
「あー……うむ……首から上がとっても身軽になったのじゃ」
「死んだみたいだね」
「ひゃぁぁぁっ!」
クルリは慌てて人形を放り投げた。慌ててと言っても、ソファーの上に優しく投げたのだが。
「三秒ルール! 三秒ルール!」
「十秒以上持ってたよね」
「しーっ! 内緒にしてて!」
「え、誰に?」
魔術師の工房に三秒ルールは通用しなかった。
クルリの無作法に怒ったかのように、工房全体が震えだす。
「ほらー! エイトったらもう!」
「僕のせいかな!?」
魔法が炸裂し、槍が降り、天井が落ちてくる可能性すら危惧したが、幸いそこまで鬼畜なトラップは用意されていなかった。
天井の代わりに落ちてきたのは、何かの書類を束ねたファイルだった。エイトはその正体を掴みかねたが……。
「こりゃ、真名封じの書じゃ!」
ラアルが解説してくれた。
「真名封じ?」
「人と魔物が、永き主従を誓う際に結ぶ契約書じゃの。ワシらに命令を下す際の強制力となるものじゃ」
「じゃ、ラアルちゃんの名前もあるってこと?」
「無論じゃ。しかし妙だの。普通、こういうのは秘匿文字を使うものなんじゃが、他者に干渉可能なように書き直してあるのう。……む?」
ラアルがファイルに挟まった二枚の赤茶けた紙を見つけた。一枚は手紙で、一枚はメモだ。メモを開いてみると……。
『時間がありません。引き返すことは出来ません。私は人の道を踏み外すでしょう。
もはや伯爵家の名を遺そうなどと望みません。しかし、誰でもいい、誰か。彼らを助けて下さい。彼らを罪に問わないで下さい。種族こそ違えど、彼らは人と共に歩むことを選んだ者達です。身を委ねる相手を間違えただけなのです。私を討ち、この書を以って彼らに新たなる主人をお与え下さい。ただ、それだけを望みます』
「…………」
ラアルは言葉を失っていた。
どうして、真名封じの書を一般文字に書き換えたのか。その理由がこれだ。
狂気に囚われる己を自覚しながら、残された時間で召喚獣達を救うため、自分を討つであろう冒険者にこのファイルに託したのだ。
フリーダらしからぬ本棚の仕掛けは、礼節に囚われきった自分から、この工房を守るためにあったのだ。
結局、その願いは届かず、僅かに残った召喚獣達は未だ旧い主を偲び続けているわけだが……。
「あたし、わかった気がするわ。フリーダさんが、最後に言ってたこと」
クルリがぽつりと呟いた。
(最後って……)
『そう…………あな……た……も……』
『……あい……して……く……だ……さ……』
「きっと、『あなたも愛してくださらなかったのね』って、言ってたのよ」
クルリの声には確信めいたものが篭っていて、その言葉の理由をエイトは問いただせなかった。
「もう、この方の汚名はそそげやせん。この方の罪を否定する気もありゃせん。しかし、お主らだけでも、フリーダ様の御心を語り継いではくれんかのう……」
「うん、お任せよ」
ラアルの肩を抱くクルリ。
エイトは、そんな二人から一歩離れて、ファイルに挟まっていたもう一枚の紙、手紙を手に取った。住所らしき記述はなく、宛名は簡潔にこう書かれている。
『英雄へ』
恐らくは、フリーダを討った王都の冒険者に向けての手紙だろう。
この様子では受け取られはしなかったようだが。
エイトはそれを開こうとして……。
> 強制クエストが発行されました。
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◆強制クエスト《手紙を焼け》
達成条件:手紙の完全焼却
失敗条件:内容の視認
達成期限:あと八秒
報酬:スキルポイント0
推奨Lv:Lv0以上
推奨パーティー:1名
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「―――――ッ!?」
心臟をわしづかみにされた気分だった。
ある。
間違いなく、ここには『発行者』にとって不利益な何かが記述されている。
フリーダは『発行者』にまつわる情報を得て、ここに書き残していたのだ。
恥も外聞もない直接的な妨害がその証左だ。
全てをつまびらかにしたい衝動に駆られる。
が、同時に肩を恐怖と忌避感が掴む。
表紙を開いてしまえば、何処かが狂う。致命的な何かが訪れる。
しかし、ここには真実が……。
「ダメーッ!」
クルリが割り込んだ。エイトから手紙を取り上げ、暖炉の中に放り込む。
古紙は魔術の火を浴びて、またたく間に灰になった。
> 強制クエスト《手紙を焼け》を達成しました
> スキルポイント0を獲得しました
「……………………」
「……ごめんね、エイト。クエストだったの」
「いや、いいよ。リスクがあり過ぎた。クルリさんが正解だ」
「くえ? よー解らんが、どーせ見てもしゃーなかったと思うがのう」
「ラアルさん、中を見たんですか?」
「投げ込まれた瞬間、ちらっとな。知らん文字じゃったのう。秘匿文字の類であろうな」
「そう……ですか」
『発行者』が解読を恐れ、秘匿文字で綴られたフリーダの手紙。
そこに一体何が書かれていたのか、『発行者』はこの城を攻略させて何がしたかったのか、今となっては解らない。
結局、エイト達はそれ以降大きな収穫なく工房を後にした。
夜が更ける頃には、禍々しい怖気を放つダンジョンは、すっかりただの城跡に戻ってしまった。
こうして、ダンジョン《嘆きの伯爵城》は解消された。その腹に大きな謎を抱えたまま。




