二十二話:嘆きの伯爵城再攻略編 決着
大皿料理の取り分けは、位の高い男児の誉れだ。
席順尊守がルールの晩餐会にあって、取り分け役は唯一位置取りの自由を許される。
では、その料理が抵抗を示せば? 無力化も許されて当然だ。
「僭越ながら、 最後の“料理”をお取り分けいたします」
全滅は免れたが、状況は悪い。本来ならば四人の連携で戦う予定であった巨大蜘蛛を、エイト一人で相手取る事になったのだ。
しかし、こと食卓において、新垣エイトに迷いはない。
「君を、いただきます」
蜘蛛糸が舞う。自由自在に軌道を変え、鞭のようにしなってエイトを襲う。
手や足の一箇所にでも張り付いてしまえば、身動きも取れずに圧殺される。
しかし、エイトは距離を離さない。
> 昇華:《発火眼》Lv1
糸を焼き切り、至近距離へ。
蜘蛛が毒液を吐き出す。浴びれば行動不能必至の麻痺毒。下手をすれば死もありえる。
エイトは上体を落としてそれを躱す。
足元を潜りながら、すれ違いざまに関節を斬りつける。
肉切り包丁の刃は装甲の薄い関節部に微かな傷をつけた。
蜘蛛は怯まない。爪を振りかざし、エイトの頭を貫かんとする。
> 昇華:《蜘蛛糸》Lv2
指先から蜘蛛糸を投射。シャンデリアにからませ、上に飛んで回避する。
投射される毒液を、天井を蹴って回避する。
「ハァッ……! ハァッ……!」
食堂に絶え間なく響く剣戟と、散る火花。
エイトは思う。あまりにも詰みが近すぎる。
牙が刺されば、爪を受ければ、糸に触れれば、毒を浴びれば、食器を鳴らせば、服が破れれば、その時点で死が確定する。制限時間コンマ秒のクイズを絶え間なく投げつけられている気分だ。
しかし。
「やりおるわ、小僧……!」
ラアルが感嘆する。
エイトは立ち回れていた。
危うげ無くとは言えないが、一対一で勝負の土俵に立っていた。
糸を焼き、爪を躱し、毒を避け、地道だが着実にダメージを与えていく。
(解る。体が動く。ついていける)
染み付いた解体方法が、食への意志が、巨大蜘蛛の死角を、関節駆動域を教えてくれる。
次々と浮かぶ曲芸的な回避経路を、鍛え上げた基礎ステータスが具現化していく。
巨大蜘蛛の動きの鈍さにも助けられた。蜘蛛は今状態異常だ。ガースの《操気術》により体内の魔力の流れを狂わされているのだ。
食堂の外には空洞甲冑が大挙しているはずだが、増援は現れない。
晩餐会に兵士を迎えることは禁じられているからだ。
全ての状況がエイトの有利に働き、渡り合っていた。
(やれる、微かだが、押せている! 腕の一本を落とせば、形勢は変わる! このまま、大蜘蛛を、腹に……!)
エイトが大きく踏み込んだ、その瞬間。
「――――っ!?」
膝が崩れた。突如、足が言うことを聞かなくなる。
> 状態異常:麻痺
(麻痺……!? そんな、毒は全て躱して……! まさか!)
《弱肉強食》により、新垣エイトは腹に収めた毒物を受け付けない。
だが、肺に吸い込んだものは別だ。
城蜘蛛が当たりもしない毒液を撒き散らしていたのは、単なる妨害ではない。
麻痺毒を空気中に散布させていたのだ。
「して? 蜘蛛が皿に乗るのはいつですか?」
フリーダがせせら笑う。大蜘蛛が悠々と歩いてくる。
足が動かない。肉切り包丁を落としそうになる。
(そんな、ここまで来て、あと一歩で……!)
《精霊よ。我が名を以って、彼の者に癒やしを与えよ!》
> 麻痺が解除されました
見れば、ラアルの体が糸に絡め取られていた。禁を破って魔術を使ったのだ。
一度限りの捨て身の援護だ。あと十秒もすれば、エイトは再び行動不能になる。
このチャンスを無駄には出来ない。
(勝負だ)
> 昇華:《怒龍の猛進》Lv3
瞬間、エイトは心臟の破裂を錯覚した。
分不相応のスキルが、龍の魔力が、身体を内側から焦がす。
皮膚を加熱した魔力が包み、雷電が纏う。
竜骨の聖槍を捕食して得たスキル、《怒龍の猛進》。
その内容は単純明快。高濃度の魔力を用いた、突進である。
だが、エイトは知っている。その威力、その恐ろしさ。命がけで味わったのだから。
魔力が破裂する。重力がベクトルを変える。
体が加速する。視界が引き伸ばされる。内臓が圧迫される。肋骨が折れる。
喉の奥から血の塊が湧き上がる。
その時、エイトは一つの砲弾と化す。
大蜘蛛の牙とエイトの肉切り包丁が激突する。
……………………。
…………………………………………。
「ああ、なんてことですの」
伯爵令嬢が嘆く。
「粗相はいけませんと、あんなに、あんなに、注意しましたのに。……よもや、“ドレスコード”を忘れてしまうなんて」
フリーダの指摘通り、今のエイトは誰がどう見ても晩餐会に相応しい服装ではなかった。
詰め襟の表面が焼け焦げ、その上に蜘蛛の血がペンキのように塗りたくられている。
全身に青い血液を被っているが、左腕だけは赤く染まっていた。
エイト自身の血だ。前腕屈筋群が根こそぎえぐれ、白い骨が見えている。
蜘蛛の牙に千切られたのだ。
一方、城蜘蛛は頭の三分の一を失っていた。前肢二本を失っていた。
明らかに深手を負っている。負ってはいるが……倒せてはいない。
あと一歩及ばなかったのだ。
「とても、とても悲しいわ。結局、今夜もどなたも作法を守ってくださらなかった。でも仕方ありませんね。それでこそ、領主が必要なのですもの。躾が必要なのですもの。ね、お父さ……」
「僕は、美味しかったでしょうか?」
「……何ですって?」
フリーダは眉をひそめた。
《礼節呪詛》を受けた者は、肉体の自由、魔力の行使、あらゆるスキルの発動を制限される。つまり、エイトはもう喋る事は出来ないはずなのだ。
「あなたは僕の肉を食べたはずです。感想を頂きたい。そして感謝を」
「はて、覚えておりませんわ」
「そうですか……。それは、とても失礼です」
「失礼……? 私が?」
「ええ」
心底落胆しながら、エイトは口に残った最後の肉片を飲み込んだ。
「貴方の身は、柔らかに甘かった」
「……? ……――――っ!?!?」
> 昇華:《礼節呪詛》Lv1
糸が伸びていた。大蜘蛛の節足全てに。首に、胴体に、牙に、複眼に。
フリーダは気付いた。先に自由を奪われたのは、城蜘蛛たる自分の方である事に。
確かに、新垣エイトはドレスコードを破った。
だが、『しつけのためならば、失礼もまた肯定される』。そう言ったのは誰であったか。
「僕の礼儀はたった一つ。いただきますの一言です。食材への感謝だけです。それさえあれば、納得して喰われたのに」
「ぁ……ぁあ…………」
「しかし、貴方はそれを怠った。僕を無断で啄んだ。罰としての食事を行う貴方は、食材に敬意を払わなかった」
「そ……ぅ…………あな……た……も……」
「感謝の言葉なく肉を啄む。先に礼節を破ったのは貴方だ。伯爵令嬢フリーダ」
「……あい……して……く……だ……さ……」
「だから、貴方の晩餐会は終わった」
> 《伯爵令嬢フリーダ》Lv29は《礼節呪詛》Lv1に抵触しました。
> 少女は作法を破りました。呪われて当然です。
「ここは、僕の食卓だ」
取り分けはつつがなく終わり、静かに戦いは決着した。
> 《伯爵令嬢フリーダ》Lv29を撃破しました
> レベルが上がりました。:Lv17→18
> レベルが上がりました。:Lv18→19
> レベルが上がりました。:Lv19→20
> HP,MPが全回復しました
> スキルポイント6を入手しました
> 強制クエスト《嘆きの伯爵城攻略》を達成しました
> スキルポイント15を獲得しました




