二十一話:嘆きの伯爵城再攻略編その3
「……城蜘蛛料理ですが、それが何か?」
巨大蜘蛛がエイトの背後に迫る。
「まさか……魔物だからと言って、領主の料理を食べられないとはおっしゃいま」
「無論ですとも!」
「論なしよ!」
巨大蜘蛛はそそくさと去っていった。
居並ぶ蜘蛛殻入りシチュー、赤く茹だった城蜘蛛、etcetcの魔物料理。一般領民ならば恐れ慄き、吐き気を訴え、慈悲の一つも乞うただろうが、残念ながら。今夜の招待客は一味違う。
エイトは嬉々として鉄串とナイフを受け取り、真っ赤に茹で上がった城蜘蛛の取り分けを始めた。
トイレに行きたくとも起立禁止の晩餐会であるが、料理の取り分けは例外だ。
貴族社会では、大皿料理の取り分けは位の高い男児の誉れとされた。
動けない伯爵に次いで、席次の最も高い男児。つまり、エイトの仕事である。
ここでは、戦闘経験と《解体技術》Lv3が役に立った。
関節を外し、身から肉を削ぎ落とし、全員の皿に丁寧に取り分ける。
「いただきます」
「いただきまーす!」
食前の祈りを済ませ、エイト達は料理に飛びついた。
飛びついたと言っても、いつものようにがっついたのではなく、静かな飛びつきだ。
食事の時最も注意すべきは、音だ。食事の音は下品とされる。咀嚼音はもとより、食器の音もご法度だ。勿論、姿勢や食べ方に最低限のルールは多々あるが、そのあたりは庶民の家庭でも躾けられているものだ。
しかし、音ばかりは慣れていないと難しい。ナイフとフォークがぶつかれば、それだけでマナー違反になってしまう。
エイトは慎重に城蜘蛛の身をエスコートして、ソースとからめ胃袋に連れて行った。
「うん……うん。これでもかとスパイスをふんだんに使っていて、見た目の割にジャンキーですね。効きすぎた胡椒とターメリックの風味がこう、見栄の味で、男の味です。これが貴族文化なんでしょうか」
「はぁ……」
「しかしこうもコッテリ揃いだと、レタスの一つも食みたくなりますが、野菜は全てシチューの中ですね。生野菜のサラダは庶民の食べ物という意識なんでしょうか」
「貴方、食事になると突然饒舌になりますのね」
「いえ、そんな事は。味と文化に感心しているだけです。是非とも、貴方の本体を調理する際の参考にさせて下さい」
「冗談がお上手ですのね」
「本気ですが?」
「…………。食事に夢中になるあまり、作法をお忘れなきよう」
「ええ、勿論……」
「貴方のお行儀がよくても、お料理が黙っていてくれるとは限りませんわ」
その時、シチューの内から何かが飛び上がった。
蜘蛛だ。生きた城蜘蛛の子供が紛れ込んでいたのだ。
着地を許せば、食べ物を零したことになる。ナイフで受け止めれば音を立ててしまう。手づかみなどご法度だ。
フリーダの瞳が妖しく光る。
対するエイトは……。
> 昇華:《サイレント》Lv1
ナイフの一閃で子蜘蛛の首を狩り、フォークを突き立てシチューに沈めた。
> 《城蜘蛛》Lv1を撃破しました
「…………」
「どうされました? 何の音もしませんでしたが」
「ええ、そうですわね」
二十分もすれば、食卓はすっかり片付いていた。
多少のトラブルはあったものの、パーティーは難なく舌鼓を打ち終えた。
約一名、ラアルだけは死んだ魚の眼をしていたのだが。
「綺麗に食べて頂いて、とてもうれしいですわ。領民の方はみなここで粗相をしてしまうものですから」
執事甲冑がぎこちない動きで光る皿を片付け、代わりに陶器の皿を運んできた。
「名残惜しいですが、もうデザートのお時間です」
(おぉ……っ!)
TPOを忘れ、エイトは思わず感嘆の声を漏らしそうになった。
「美味しそーっ!」
クルリは漏らした。
しかし、誰にも彼女を責めることは出来まい。
陶器の皿に載っていたのは、林檎をふんだんに使ったタルトだった。
「私が一つ仕事を成す度、お父様はいつも、林檎のタルトをこしらえて下さいましたわ。『フリーダには苦労をかけてばかりだ』なんて、言葉を添えて。ね、お父様?」
「…………」
骨の伯爵は答えない。代わりに、ラアルが口を大きく開けてリアクションしてくれていた。エイトにこの世界の習慣は解らないが、貴族が自ら調理場に立つ事の非常識さは想像に難くない。
「ですから、これは報酬の味なのです。日頃領地の発展のため、身を粉にしてくださる皆々様に、かような甘美は当然でしょう。さあ、召し上がれ」
一も二もなく、エイトとクルリはタルトを頂いた。
パリっとした皮と、林檎と蜜の濃厚な甘み。これまで卓に並んできたスパイスたっぷりの魔物料理とは違う。柔らかで家庭的で素朴、馴染みがなくとも憧憬を覚える味だ。
甘いタルトと紅茶の香りが在りし日の父娘の様子を想像させる。
例え為政者としての実権をフリーダが握っていたとしても、このタルトを前にした時、二人は親子であったのだろう。
(ボタンを一つ、かけちがえただけなんだろうな)
エイトは思った。
もし、間男が伯爵城に姿を見せなければ。
もし、フリーダがその男を処刑していたのなら。
父娘は今も名君として語り継がれていたに違いないと。
> 《城蜘蛛の麻痺毒》Lv28を捕食しました
「……え?」
しばし、エイトはシステムメッセージの意味を読み取ることが出来なかった。
毒。麻痺毒。捕食? 何処に? 今、食べているものは何だ?
「タルトに、毒が?」
「ぁ……う、……あぁ……!」
呻いたのはクルリだ。胸を押さえ、肩を震わせ、青ざめた顔で毒に必死に耐えている。
ガースとラアルは警戒を怠らなかったのか無事だったが、クルリの顔は見る見る間に青ざめていく。
「……毒を盛ったのですか、フリーダさん」
「はい」
「これもしつけの一貫、とでも?」
「タルトに限りません。フィンガーボールも、魔物料理も、お父様の下さった最後の味ですわ」
「論外です。悪意を込めた料理は、料理に値しません」
自然と声のトーンが下がる。スプーンを握る手が微かに震える。
「食事が出ないのならば、これは晩餐会ではない。儀礼を守る必要がありますか?」
「ありますとも。晩餐会の皿にのったものは、何であれ料理であり、何であれ口をつけねばなりません。愛の有無に比べれば、毒の有無など瑣末なこと! いえ、毒こそが愛を肯定するのです!」
「……貴方は、本気でそう思っているのですか?」
「ええ、ええ! そも、悪意など一辺たりとも篭っておりません!」
自信と信仰に満ちた瞳で、朗々とフリーダが謳い上げる。
「全ては、愛ゆえなのです! 無作法だった私が悪い! 生まれてしまった私が悪い! あの日! あの晩餐会で! 最後まで粗相をしなければ、お父様はきっと私を赦して下さった! だって……! だって、そうでなくては!
……お父様が、私を、愛していない事に、なってしまうでしょう?」
エイトは理解した。
晩餐会こそが、この少女を壊したのだ。
「ぁ……う……あ……!」
クルリが青ざめ、震える。
しかし、解毒は出来ない。武器と違い、晩餐会での呪文の詠唱や魔法の使用は硬く禁じられている。薬の持ち込みもだ。晩餐会の場で貴族に術をかける事件が後を絶たなかったからだ。
クルリは限界まで堪えて……そして、椅子を転げ落ちた。
「あら。“席を立って”しまいましたわね」
フリーダが薄い笑みを浮かべる。
「それは、とても、無作法ですわ」
クルリの体が力を失い、ふわりと浮き上がり、逆さ吊りにされる。
彼女の関節に絡んでいるのは、糸だ。《礼節呪詛》が発動したのだ。
「女性の衣服を乱す行為は、礼節違反ではないのですか!」
「先に礼を失したのは彼女です。『しつけ』のためならば、失礼もまた肯定されましょう」
エイトの指摘を、フリーダは軽く受け流す。
クルリの顔が引き攣る。
巨大城蜘蛛が醜悪な口を開け、クルリを頭から飲み込もうと……。
(殺される。クルリさんが、目の前で)
怖気がする。鳥肌が立つ。体温が下がる。血液が逆流する。
エイトは腰の獲物に手をかけ……。
「座ってろ、エイトォッ!」
動いたのは、ガースだった。
《操気法》による自己強化。《歩法》による加速。
体術スキルを活かした渾身の蹴りが、城蜘蛛の頭を蹴り飛ばす。
蜘蛛が大きく体を揺らし、食卓上に倒れ込む。
金属製の円卓がきしみ、歪む。
「あら、戦士の殿方までもが“席を立って”しまわれるなんて!」
ガースの体が糸に吊られる。城蜘蛛がのっそりと体を起こす。蹴られた頭部に外傷はなく、殆どダメージは見られない。
「なんてことでしょう! なんて悲劇でしょう! 愛してあげねばなりませんわ! 正してあげねばなりませんわ! お二人の無作法を! ……でも、その前に」
フリーダがエイトに向き直る。
「エイト様、でしたか? これから私、無礼者を躾けねばなりません。腹を裂きましょう。首を括りましょう。肉を食みましょう。けれど、それは愛ゆえなのです」
生気のない瞳がエイトをじっと見つめる。冷えた指先が頬を撫でる。
フリーダは赤子に言い含めるように、続けた。
「ですから、エイト様……少し驚いても、決して、粗相をしてはなりませんよ? 貴方はじっと、じぃっと、ご見学下さいませ」
「………………。皿に、のりましたね」
「……はい?」
エイトは説明を重ねる。
「貴方は先程こう仰ったはずです。主人の皿にのったものは、何であれ料理であり、何であれ口をつけねばならないと」
「ええ、たしか、に……」
フリーダは口を噤んだ。彼女の視線の先には、割れた陶器の皿があった。城蜘蛛が踏んだ皿が。
「それでは、フリーダお嬢様」
肉切り包丁を抜き放ち、エイトは立ち上がった。
「僭越ながら、 最後の“料理”をお取り分けいたします」




