表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/58

二十一話:嘆きの伯爵城再攻略編その3


「……城蜘蛛料理ですが、それが何か?」


 巨大蜘蛛がエイトの背後に迫る。


「まさか……魔物だからと言って、領主の料理を食べられないとはおっしゃいま」

「無論ですとも!」

「論なしよ!」


 巨大蜘蛛はそそくさと去っていった。

 居並ぶ蜘蛛殻入りシチュー、赤く茹だった城蜘蛛、etcetcの魔物料理。一般領民ならば恐れ慄き、吐き気を訴え、慈悲の一つも乞うただろうが、残念ながら。今夜の招待客は一味違う。

 

 エイトは嬉々として鉄串とナイフを受け取り、真っ赤に茹で上がった城蜘蛛の取り分けを始めた。

 トイレに行きたくとも起立禁止の晩餐会であるが、料理の取り分けは例外だ。

 貴族社会では、大皿料理の取り分けは位の高い男児の誉れとされた。

 動けない伯爵に次いで、席次の最も高い男児。つまり、エイトの仕事である。

 

 ここでは、戦闘経験と《解体技術》Lv3が役に立った。

 関節を外し、身から肉を削ぎ落とし、全員の皿に丁寧に取り分ける。

 

「いただきます」

「いただきまーす!」


 食前の祈りを済ませ、エイト達は料理に飛びついた。

 飛びついたと言っても、いつものようにがっついたのではなく、静かな飛びつきだ。

 食事の時最も注意すべきは、音だ。食事の音は下品とされる。咀嚼音はもとより、食器の音もご法度だ。勿論、姿勢や食べ方に最低限のルールは多々あるが、そのあたりは庶民の家庭でも躾けられているものだ。

 しかし、音ばかりは慣れていないと難しい。ナイフとフォークがぶつかれば、それだけでマナー違反になってしまう。

 エイトは慎重に城蜘蛛の身をエスコートして、ソースとからめ胃袋に連れて行った。


「うん……うん。これでもかとスパイスをふんだんに使っていて、見た目の割にジャンキーですね。効きすぎた胡椒とターメリックの風味がこう、見栄の味で、男の味です。これが貴族文化なんでしょうか」

「はぁ……」

「しかしこうもコッテリ揃いだと、レタスの一つも食みたくなりますが、野菜は全てシチューの中ですね。生野菜のサラダは庶民の食べ物という意識なんでしょうか」

「貴方、食事になると突然饒舌になりますのね」

「いえ、そんな事は。味と文化に感心しているだけです。是非とも、貴方の本体を調理する際の参考にさせて下さい」

「冗談がお上手ですのね」

「本気ですが?」

「…………。食事に夢中になるあまり、作法をお忘れなきよう」

「ええ、勿論……」

「貴方のお行儀がよくても、お料理が黙っていてくれるとは限りませんわ」

 

 その時、シチューの内から何かが飛び上がった。

 蜘蛛だ。生きた城蜘蛛の子供が紛れ込んでいたのだ。

 着地を許せば、食べ物を零したことになる。ナイフで受け止めれば音を立ててしまう。手づかみなどご法度だ。

 フリーダの瞳が妖しく光る。

 対するエイトは……。

 

> 昇華:《サイレント》Lv1

 

 ナイフの一閃で子蜘蛛の首を狩り、フォークを突き立てシチューに沈めた。

 

> 《城蜘蛛》Lv1を撃破しました


「…………」

「どうされました? 何の音もしませんでしたが」

「ええ、そうですわね」


 二十分もすれば、食卓はすっかり片付いていた。

 多少のトラブルはあったものの、パーティーは難なく舌鼓を打ち終えた。

 約一名、ラアルだけは死んだ魚の眼をしていたのだが。


「綺麗に食べて頂いて、とてもうれしいですわ。領民の方はみなここで粗相をしてしまうものですから」


 執事甲冑がぎこちない動きで光る皿を片付け、代わりに陶器の皿を運んできた。


「名残惜しいですが、もうデザートのお時間です」

(おぉ……っ!)


 TPOを忘れ、エイトは思わず感嘆の声を漏らしそうになった。


「美味しそーっ!」


 クルリは漏らした。

 しかし、誰にも彼女を責めることは出来まい。

 陶器の皿に載っていたのは、林檎をふんだんに使ったタルトだった。

 

「私が一つ仕事を成す度、お父様はいつも、林檎のタルトをこしらえて下さいましたわ。『フリーダには苦労をかけてばかりだ』なんて、言葉を添えて。ね、お父様?」

「…………」


 骨の伯爵は答えない。代わりに、ラアルが口を大きく開けてリアクションしてくれていた。エイトにこの世界の習慣は解らないが、貴族が自ら調理場に立つ事の非常識さは想像に難くない。


「ですから、これは報酬の味なのです。日頃領地の発展のため、身を粉にしてくださる皆々様に、かような甘美は当然でしょう。さあ、召し上がれ」


 一も二もなく、エイトとクルリはタルトを頂いた。

 パリっとした皮と、林檎と蜜の濃厚な甘み。これまで卓に並んできたスパイスたっぷりの魔物料理とは違う。柔らかで家庭的で素朴、馴染みがなくとも憧憬を覚える味だ。

 甘いタルトと紅茶の香りが在りし日の父娘の様子を想像させる。

 例え為政者としての実権をフリーダが握っていたとしても、このタルトを前にした時、二人は親子であったのだろう。

 

(ボタンを一つ、かけちがえただけなんだろうな)


 エイトは思った。

 もし、間男が伯爵城に姿を見せなければ。

 もし、フリーダがその男を処刑していたのなら。

 父娘は今も名君として語り継がれていたに違いないと。


> 《城蜘蛛の麻痺毒》Lv28を捕食しました


「……え?」

 

 しばし、エイトはシステムメッセージの意味を読み取ることが出来なかった。

 毒。麻痺毒。捕食? 何処に? 今、食べているものは何だ?

 

「タルトに、毒が?」

「ぁ……う、……あぁ……!」

 

 呻いたのはクルリだ。胸を押さえ、肩を震わせ、青ざめた顔で毒に必死に耐えている。

 ガースとラアルは警戒を怠らなかったのか無事だったが、クルリの顔は見る見る間に青ざめていく。


「……毒を盛ったのですか、フリーダさん」

「はい」

「これもしつけの一貫、とでも?」

「タルトに限りません。フィンガーボールも、魔物料理も、お父様の下さった最後の味ですわ」

「論外です。悪意を込めた料理は、料理に値しません」


 自然と声のトーンが下がる。スプーンを握る手が微かに震える。


「食事が出ないのならば、これは晩餐会ではない。儀礼を守る必要がありますか?」

「ありますとも。晩餐会の皿にのったものは、何であれ料理であり、何であれ口をつけねばなりません。愛の有無に比べれば、毒の有無など瑣末なこと! いえ、毒こそが愛を肯定するのです!」

「……貴方は、本気でそう思っているのですか?」

「ええ、ええ! そも、悪意など一辺たりとも篭っておりません!」


 自信と信仰に満ちた瞳で、朗々とフリーダが謳い上げる。


「全ては、愛ゆえなのです! 無作法だった私が悪い! 生まれてしまった私が悪い! あの日! あの晩餐会で! 最後まで粗相をしなければ、お父様はきっと私を赦して下さった! だって……! だって、そうでなくては! 

 ……お父様が、私を、愛していない事に、なってしまうでしょう?」


 エイトは理解した。

 晩餐会こそが、この少女を壊したのだ。


「ぁ……う……あ……!」


 クルリが青ざめ、震える。

 しかし、解毒は出来ない。武器と違い、晩餐会での呪文の詠唱や魔法の使用は硬く禁じられている。薬の持ち込みもだ。晩餐会の場で貴族に術をかける事件が後を絶たなかったからだ。

 クルリは限界まで堪えて……そして、椅子を転げ落ちた。


「あら。“席を立って”しまいましたわね」


 フリーダが薄い笑みを浮かべる。


「それは、とても、無作法ですわ」

 

 クルリの体が力を失い、ふわりと浮き上がり、逆さ吊りにされる。

 彼女の関節に絡んでいるのは、糸だ。《礼節呪詛》が発動したのだ。

 

「女性の衣服を乱す行為は、礼節違反ではないのですか!」

「先に礼を失したのは彼女です。『しつけ』のためならば、失礼もまた肯定されましょう」

 

 エイトの指摘を、フリーダは軽く受け流す。

 クルリの顔が引き攣る。

 巨大城蜘蛛が醜悪な口を開け、クルリを頭から飲み込もうと……。

 

(殺される。クルリさんが、目の前で)

 

 怖気がする。鳥肌が立つ。体温が下がる。血液が逆流する。

 エイトは腰の獲物に手をかけ……。


「座ってろ、エイトォッ!」


 動いたのは、ガースだった。

 《操気法》による自己強化。《歩法》による加速。

 体術スキルを活かした渾身の蹴りが、城蜘蛛の頭を蹴り飛ばす。

 蜘蛛が大きく体を揺らし、食卓上に倒れ込む。

 金属製の円卓がきしみ、歪む。


「あら、戦士の殿方までもが“席を立って”しまわれるなんて!」


 ガースの体が糸に吊られる。城蜘蛛がのっそりと体を起こす。蹴られた頭部に外傷はなく、殆どダメージは見られない。


「なんてことでしょう! なんて悲劇でしょう! 愛してあげねばなりませんわ! 正してあげねばなりませんわ! お二人の無作法を! ……でも、その前に」


 フリーダがエイトに向き直る。


「エイト様、でしたか? これから私、無礼者を躾けねばなりません。腹を裂きましょう。首を括りましょう。肉を食みましょう。けれど、それは愛ゆえなのです」


 生気のない瞳がエイトをじっと見つめる。冷えた指先が頬を撫でる。

 フリーダは赤子に言い含めるように、続けた。


「ですから、エイト様……少し驚いても、決して、粗相をしてはなりませんよ? 貴方はじっと、じぃっと、ご見学下さいませ」

「………………。皿に、のりましたね」

「……はい?」


 エイトは説明を重ねる。


「貴方は先程こう仰ったはずです。主人の皿にのったものは、何であれ料理であり、何であれ口をつけねばならないと」

「ええ、たしか、に……」


 フリーダは口を噤んだ。彼女の視線の先には、割れた陶器の皿があった。城蜘蛛が踏んだ皿が。


「それでは、フリーダお嬢様」


 肉切り包丁を抜き放ち、エイトは立ち上がった。


「僭越ながら、 最後の“料理”をお取り分けいたします」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ