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第16話 視界の中にいる限り

 部屋は静まり返っていた。


 暗い空間の中で、唯一光を放っているのは壁一面に並ぶモニターだけ。


 その中央には、玲花の姿が映っていた。


 規則正しい呼吸。


 穏やかな寝顔。


 乱れのない表情。


 それを見つめながら、シオンは小さく息を吐く。


「……ちゃんと寝てる」


 誰に聞かせるでもない独り言。


 自然と、画面へ手が伸びる。


 もちろん触れられない。


 ただ映像越しに見ているだけ。


 それなのに、ほんの少しだけ距離が遠く感じた。


 昼間の記録が頭をよぎる。


 食堂。


 向かい合って座る玲花と親友。


 そのときの玲花は、少しだけ柔らかく笑っていた。


「……あんな顔もするんだ」


 知らなかったわけじゃない。


 それでも、実際に見ると胸の奥が妙にざわつく。


「……別にいいけど」


 小さく呟き、視線を落とす。


 玲花が誰に笑いかけようと、本当はどうでもいい。


 ――ちゃんと、ここへ戻ってくるなら。


 そのとき、モニターの中で玲花が小さく動いた。


 寝返り。


 ずれた布団から、肩が少し覗く。


「……」


 シオンは静かに立ち上がった。


 迷いはなかった。


 廊下を歩く足音はほとんど響かない。


 玲花の部屋の前で立ち止まり、そっと扉を開ける。


 起こさないように。


 気づかれないように。


 月明かりが薄く差し込む部屋の中、ベッドの上には玲花が眠っている。


 画面越しではなく、ちゃんとここにいる。


「……玲花」


 小さく名前を呼ぶ。


 返事はない。


 眠っている。


 当たり前のことなのに、それだけで妙に安心した。


 シオンはゆっくり手を伸ばす。


 指先が髪に触れる。


 柔らかい感触。


「……大丈夫」


 自分に言い聞かせるように呟く。


「ここにいるから」


 そっと頭を撫でる。


 玲花は逃げない。


 拒まない。


 それだけで十分だった。


 ふと、昼間の会話を思い出す。


『ちゃんと見てる?』


 親友の声。


「……余計なこと言うなよ」


 静かな呟き。


 怒っているわけじゃない。


 けれど、その目だけが少し冷えていた。


「大丈夫だよ、玲花」


 眠る彼女へ向けて、優しく語りかける。


「変なこと考えなくていい」


 指先が、そっと頬に触れる。


「外なんて、どうでもいい」


 静かな声。


 そのまま身をかがめ、額へ軽くキスを落とした。


 触れるだけの、短い口づけ。


「……ずっとここにいればいい」


 いつもの言葉を落とし、ゆっくりと離れる。


 最後にもう一度だけ、玲花を見る。


 穏やかな寝顔。


 何も知らない表情。


「……うん、それでいい」


 満足したように、小さく笑った。


 そして音を立てず部屋を出る。


 再びモニターの前へ戻り、椅子に腰を下ろした。


 画面の中には、変わらず眠る玲花。


 シオンは静かに目を細める。


 ――視界の中にいる限り、


 何も問題はない。


――第16話 終――


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