第六十話 心が折れる時……
奥田たちによる一斉告白――
その結末によって、店内は水を打ったように静まり返っていた。
あまりにも異様な光景に、誰も声を出せない。
四人同時に告白し、そして――四人同時に振られる。
そうそうお目にかかれるものではない出来事を前に、
悠真たちも、他の客たちも、ただ言葉を失っていた。
そして――
それは、当の本人たちも同じだった。
だが。
このまま終われるはずがない。
四人の男たちが、その結末をあっさりと受け入れられるほど、割り切れているはずもなかった。
だからこそ――聞かずにはいられない。
なぜ、自分たちは振られたのかを。
奥田は、今にも崩れ落ちそうな表情のまま、
震える声でシェリアへと問いかける。
「シェ、シェリアさん……どうして……なんですか……?」
その問いに――
シェリアは、ほんの少しだけ目を伏せ、それから柔らかく、微笑んだ。
「……お気持ちは、とても嬉しく思います」
静かで、優しい声。
だが、その奥にある“揺るがないもの”は明確だった。
「ですが……私は、神に仕える身です」
胸元でそっと手を重ねる。
祈るようなその仕草は、あまりにも自然で――
まるで、それが彼女の在り方そのもののようだった。
「ですから……その想いに、お応えすることはできません。申し訳ありません」
穏やかに、だがはっきりと告げられる拒絶。
その言葉に、奥田は一瞬言葉を失い――
「そ、そんな……っ!な、なら……!」
すぐさま顔を上げ、縋るように叫ぶ。
「俺も……シェリアさんと同じように神に仕えます!そ、それなら……!いつか……俺の想いも、受け取ってもらえますか!?」
必死だった。
打算でも、軽い気持ちでもない。
ただ純粋に――彼女に届いてほしい一心の言葉。
その想いを受けて。
シェリアは、ゆっくりと首を横に振る。
「……いいえ」
否定は、あまりにも静かで――
だが、決して揺らがない。
「神に仕えることと、誰かに愛されることは……同じではありません」
まっすぐに奥田を見つめるその瞳は、どこまでも澄んでいた。
「愛は、“与えるもの”です。見返りを求めて手に入れるものではありません」
優しく、諭すように。
けれど、その言葉は逃げではなく、確かな信念に裏打ちされている。
「私は、神に仕える者として……その愛を受け取ることはできません」
一拍、置いて。
ほんの少しだけ、微笑みが深くなる。
「ですが――きっと、この世界のどこかに……あなたのその真っ直ぐな想いを、心から受け取ってくれる方がいます。どうか……その愛を、もっと相応しい方へ贈ってあげてください」
祈るように手を重ねたまま、そう告げるシェリア。
その姿は――
まさに“聖女”だった。
「……シェリアさん……」
奥田は、かすれた声でその名を呼ぶ。
次の瞬間。
ぽつり、と。
その瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
――拒絶されたはずなのに。
その胸に残ったのは、絶望ではなく。
どこか、救われたような感情だった。
この場合――
納得した、というよりは。
“導かれた”と言った方が、正しいのかもしれない。
――そのすぐ隣で。
峰岸もまた、震える声でリアに言葉を投げかけていた。
「リ、リアちゃん……どうして……?も、もし分からないなら……一緒に、分かるように……!あ、いや、その……まずは、友達からでも――」
必死に言葉を繋ぐ。
崩れそうな心を、なんとか保ちながら。
だが――
「あー、ごめん。それ、パスで」
あまりにもあっさりとした一言。
刃物のような鋭さすら感じさせる、無慈悲な拒絶。
「パ、パスゥゥッ!?」
峰岸の声が裏返る。
その場で、体がわなわなと震え出し――
やがてその震えは、膝へと伝わっていく。
「うん。だって、さっき言ったじゃん?」
リアは悪びれる様子もなく、首をかしげる。
「私、まだそういうの興味ないんだよねー」
あっけらかんとした口調。
だが、その言葉に一切の曇りはない。
「だからさー、その気ないのに“とりあえず友達から”っていうの、私は無理かなー」
さらりと重ねられる追撃。
純粋だからこそ、遠慮がない。
遠慮がないからこそ、深く刺さる。
「む、無理ぃぃ……!?」
峰岸の膝が大きく揺れる。
まるで――生まれたての子鹿。
立っているのが奇跡のような状態だった。
だが、リアの言葉は止まらない。
「ていうかさー、あんまり話したことないのに、いきなり“付き合って”って言われても困るし。気持ちは嬉しいけど……正直、ちょっと怖いかな」
そして、決定打。
「それにさー、一回断ったのに、そうやって食い下がってくるのも……うーん、ちょっと無理」
(やめてあげてぇぇぇぇ!!)
店内の客たちの心の叫びが、見事に一致する。
だが――その声は、届かない。
「だから――ありえないかなー」
軽い口調で、無慈悲な結論。
「あり……ありえ……な……」
峰岸の視界が揺れる。
そのまま――
力が抜けたように、崩れ落ちた。
――その二人とは違い。
能登は、真っ直ぐな眼差しでルシアを見つめていた。
逃げも、迷いもない。
ただ一途な想いだけを乗せた視線。
対するルシアも――
その視線を、微塵も逸らさない。
静かに、受け止めていた。
「ルシアさん。俺は……本当に、貴方を愛しています」
低く、力強い声。
「貴方にとって、俺はまだ子供かもしれない……。だが、それでも俺は――」
「――ちょっと待ったぁぁぁぁぁ!!」
突如、場を切り裂くような声。
能登の言葉を遮るように、ルシアの隣の席から一人の男が立ち上がった。
「さっきから聞いていれば……好き勝手にルシアさんを口説くなんてっ……!」
苛立ちを隠さないその男は、
茶髪を軽く流し、整ったスーツ姿。会社帰りと一目で分かる風貌。
だが――その顔は、どこか必死だった。
「それに……気安く名前で呼んで……! 僕だって……やっと呼ばせてもらえるようになったばかりなのに……!」
悔しさをにじませるその言葉に、店内の空気が微妙に揺れる。
能登は、割って入った男を鋭く睨みつけた。
「……あなたは?」
その問いに、男は胸を張る。
「僕は泉純也。警察だ!」
一拍の間。
そして――
「そして、ルシアさんの彼氏でもある!」
「なっ……彼氏だと!?」
能登の表情が大きく崩れる。
予想外の宣言。
その動揺を見て、泉はどこか勝ち誇ったように笑った――が。
「待て」
低く、冷たい声。
ルシアだった。
「いつから、お主が我の彼氏になったのじゃ?」
即座の否定。
一切の躊躇もなく、切り捨てる。
「え……? 違うんですか?」
まるで今気づいたかのような泉。
「だって……僕が店に来たら、いつも一緒に飲んでくれるじゃないですか! 話も親身に聞いてくれて――」
「それはお主が勝手に来ておるだけじゃろうが」
ぴしゃり、と。
「話にしても……お主が勝手に愚痴を垂れ流しておるのを、我が適当に聞き流しておっただけじゃ」
「ひ、ひどい!?」
「事実じゃ」
一刀両断。
「まったく……矢島もこんなに手間のかかる部下を持って大変じゃな……」
呆れた顔をしながらも、視線を能登へと戻す。
「……さっきも言ったが」
その声は、どこまでも冷静で。
「我は、子供に興味はない」
決定的な拒絶。
それだけを残して――
ルシアは、静かに席を立った。
そして向かった先は、カウンターの一角。
一人、酒を楽しんでいた老人の隣へと歩み寄る。
すっと腰を下ろし――
その腕に、自らの腕を絡めた。
「お主らが……これくらいの“余裕”を持つ大人になったら――」
ふわりと微笑む。
ほんのりと頬を染め、妖しく、艶やかに。
「相手をしてやらんでもないがの……マスター?」
その声は、甘く。
誘うようでいて、支配的だった。
隣にいたのは――喫茶さくらのマスター。
「はっはっはっ! これは嬉しいことを言ってくれるねぇ、ルシアちゃん」
いつもより少し上機嫌な声。
「悠真くん。ルシアちゃんに、この店で一番高い酒を」
「は、はい……」
(いや……この店、そんなにお酒の値段変わらないんだけど……)
内心で突っ込みつつ、悠真は注文を受ける。
「やはり、懐が広いのぉ。そういう余裕……嫌いではないぞ、マスター」
「どうだい、ルシアちゃん? この後、もう一軒――」
「それはいいのぉ。どこへ連れて行ってくれるのか、楽しみじゃ」
親密に交わされるやり取り。
その光景を――
呆然と見つめる二人の男。
「そ、そんな……バカな……!」
「ぼ、僕は大人なのに……!大人の魅力が、ないのか……!?」
その言葉は、虚しく宙に消える。
ルシアの示した“格”は――
あまりにも、圧倒的だった。
そして二人は。
同時に、心をへし折られたのだった。
――そして、最後の一人。
瀬尾は、他の三人とは違い。
崩れかけた心を必死に支えながらも、まっすぐ美沙を見つめていた。
「……どうして、ダメなのか……聞いても、いいですか……?」
その声に、取り乱した様子はない。
ただ――受け入れる覚悟と、それでも理由を知りたいという、誠実な想いだけがあった。
「あ……えーと……」
美沙は、思わず言葉に詰まる。
その真剣さに、気圧されたように。
だが――
瀬尾は、そのわずかな反応を見逃さなかった。
そして、気づく。
「……好きな人、いるんですね」
「えっ……あ……」
一瞬で、核心を突かれる。
美沙の視線が、ふっと逸れる。
動揺。
それが何よりの答えだった。
(……やっぱり)
瀬尾は、静かに確信する。
そして美沙も、この真っ直ぐな目の前で、誤魔化すのは違うと感じていた。
「……う、うん……」
小さく、だが確かに頷く。
その一言に、瀬尾は息を呑んだ。
――だが。
その言葉に反応したのは、彼だけではなかった。
カウンターの奥で、食器を洗っていたグレイの手が、ほんの一瞬、止まる。
それは、無意識の反応だった。
すぐに何事もなかったかのように動き出すが、そのわずかな“間”は、確かに存在していた。
「……その人って……どんな人、なんですか?」
瀬尾は、さらに踏み込む。
もう後戻りはしない。
最後まで知る覚悟を決めた声だった。
「ど、どんな人って……うーん……」
美沙は少し困ったように笑う。
全部を話すわけにはいかない。
でも、嘘もつきたくない。
だから――
思い浮かんだままを、少しずつ言葉にする。
「その人ね……いつも、私を助けてくれるんだよね。ちょっと不器用なところもあるんだけど……そこが、なんか放っておけなくて……」
ぽつり、ぽつりと。
けれどその言葉は、次第に柔らかく、温かくなっていく。
「あ、あと……すごく背が高くて、かっこよくて……」
「体もすごく鍛えてて……この前なんて、武器持った人たちを一瞬で――」
そこまで言って。
はっとしたように口を押さえる。
――言いすぎた。
だが、その時にはもう遅い。
その顔は、ほんのりと赤く染まり。
恥ずかしそうで――
けれど、どうしようもなく幸せそうに微笑んでいた。
その表情を見た瀬尾は、すべてを悟る。
「……高身長で……イケメンで……強くて……」
ぽつり、と呟く。
「……勝てるわけ、ないじゃないですか……」
乾いた笑いが漏れる。
あまりにも、違いすぎる。
「そんな……ドラマの中とかにいるみたいな人に……僕が……どうやって……」
膝から、力が抜けた。
そのまま――
どさり、と床に崩れ落ちる。
「完敗だよぉぉぉ……!! こんなの……勝ち目、ないじゃないかぁぁぁ!!」
悲痛な叫びが、店内に響いた。
「あ、ちょっ……!?」
美沙が慌てて声をかける。
だが――
その声も、今の瀬尾には届かない。
こうして。
四人の男たちの告白は――
それぞれの形で、完全なる敗北を迎えたのだった。




