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虹色のマーブルと運命の本 第一部  作者: 本堂モユク
第一部 空ろなる道連れ
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第四十八話 無臭

 口内がじりじりと焼け付くような痛みがする。

 これは電熱によるものだ。体内で電気のエネルギーを練っている証だ。あとはそれを体外に放出すればいいだけだ。簡単だ。雷獣ならみんな当たり前にできることだ。おれだってできる。雷獣なんだから。

 めいっぱい口を開け、口の中でパチパチ弾ける電気エネルギーを吐き出そうとする。吐き出せれば、目の前の岩石くらい簡単に粉々にできるはずだ。これは簡単なことなんだ。

 それなのに――出ない。

 くそっ、なんでだ!

 その後も何度も試すが、一度も成功しなかった。前は、五回に一回は成功したのに。今は何十回試しても、一回もできない。

 雷爪もまともにできやしない。身にまとう電流が弱すぎる。

 最初は体力が回復していないせいだと思った。根っこの化け物の一件で、ただでさえ少ないエネルギーを枯渇してしまったせいだと。時間が経てば、万全の体調になればできるはずだと思っていた。今まで練習してきた時よりも大きな力を出せると思い込んでいた。

 列車の時だっておれはなにもしてない。ただあいつらについていって、ただ喚き散らかしただけだ。これじゃ本当にペットと変わらない。

 なんとかしなきゃ。

 このままじゃおれはあいつらの役に立てない。

 ……いや、待てよ。なんでおれがあいつらの役に立たなきゃいけないんだ。違うだろ。オサから言われたことは、あいつらについていけってことだけだ。

 オサの命令は守っている。なにも問題はない。

「デンー?どこに行ったんだ?」

 背後からおれを呼ぶ声が聞こえた。イッチの声だ。

「なんだよ」

「おお、ここにいたのか。そろそろ出発しよう。村長が俺たちの旅支度をしてくれたんだ。水や食料をたっぷり分けてもらった上に馬車も無料で貸してくれるってよ。いやあ、本当に親切な人で助かるよな」

「馬車か。乗るのは初めてだな」

「まあ確かに雷獣を乗せる馬車はないだろうな。雷獣界史上初の乗馬か」

「なんだよそれ」

 のんきに笑っているイッチの顔を見ているうちに、なんだか肩の力が抜けるのを感じた。

「この先しばらく馬で移動することになりそうだ。頼むから馬を痺れさせないでくれよ」

「チッチッ、んなことするかよ。雷獣はむやみやたらに動物を襲わないんだ」

「え……今の笑い声か?かわいい!」

「や、やめろ!急に抱きつくな!――ん?お前、その髪どうしたんだ?」

 イッチを見上げている時は気付かなかったけど、こうして頭を間近に見るとはっきりわかる。この人間の髪型は初めて会った時からそうだ。頭頂部から見て両サイド、側頭部の髪の毛が少し盛り上がっている。その小さな犬耳に見える部分が、変色している。血のような赤い色に。

「ああ、マーブルにもさんざ言われたよ」

 イッチの変化に最初に気付いたのはマーブルだった。変色した犬耳部分をマーブルは一心不乱に描いた後、興味深そうに犬耳を引っ張っていたという。犬耳と言っても、そういう形に見えるだけで実際には耳ではない。髪だ。引っ張ったら、当然痛い。

 並々ならぬ関心を示すマーブルから逃げるように、イッチはデンを探しに来たのだという。

「もともとなんだ。子どもの頃から髪の毛の一部が変色しているみたいでさ、悪目立ちするからって親が黒く塗っていたんだけど、色が剥がれてきたみたいだな」

「お前……」

 一体何者なんだ?

 その言葉をなんとか飲み込んだ。こいつの心を傷つけるかもしれないとか、別にそんな思いやりがあったわけじゃない。こいつには魔力がない。ただの人間の匂い。でも、なにか。

 うっすら感じた得体の知れなさを、おれは無視した。

 なに?とイッチが無邪気に尋ねる。

 なんでもない、とおれは会話を切った。

 わざわざ伝えて混乱を招くこともないか。その赤は魔犬の色だ、なんて。

 

 おれとイッチは、村の入り口で待機していた馬車に乗り込んだ。

「でかすぎて感覚バグるな。この中で十人以上寝れるんだってよ」

 そう言うイッチは軽く興奮状態だった。なんでも、イッチが知っている馬は人間一人が背に乗るくらいのサイズだという。小さすぎる。そんな馬、見たことがない。

 さらに驚いたことに、いつもちょろちょろしているマーブルが、先に乗っていて大人しく眠っていた。お前そんなキャラじゃないだろと言いたくなった。

 イッチはマーブルの丸まった背中に毛布をかけて言った。

「よっぽど疲れていたんだな。そっとしておこう」

 おれは別に気遣うつもりなんてないけど、そっとしておくことには賛成だ。どうせこいつのことだ、目を覚ましたら馬車から見える様々な景色に興奮して、あれはなんだ、これはなんだとおれを質問攻めにするに違いない。

 馬車が動き出してから間もなくして急激な眠気に襲われて瞼を閉じた。

 それからどのくらい経ったのか。

 デンさん、デンさんとおれを呼ぶ声が聞こえて目を覚ました。

「デンさん、起きてください」

「なんだ、どうした」

「イッチさまはどこに行ったのでしょうか」

「ん……?」

 質問の意図がわからず、おれは室内を見回した。

「どこって、その辺で寝てるんじゃないのか。あいつとは同時に馬車に乗ったんだぞ」

 マーブルは毛布を丸めて持ち上げるが、そこにはなにもない。

「どこにもいません」

「そんなはずないだろ……」

 と言いながらも、おれの嗅覚は異常を感じ取っていた。

「どこにもいません」と、先ほどより強い語気でマーブルが言う。

「マジかよ。ふざけるな、お前ら。代わりばんこに消えやがって」

 イッチの匂いがない。完全に、消えている。

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