第九十四話 燃ゆる拳
背後から迫る轟音、それに追いつかれぬよう、レニーは必死に俺を前に前にと走らせる。
背面カメラで様子を伺うとマシューは落ちずにしっかり背に突き立てたナイフに掴まりつつも、隙を見ては器用に片方のナイフを動かし、ザクザクと手が届く範囲を切り刻んでいた。
奴はそれを気にして時折身を大きく揺らし、それによって速度を落とす事になるため、オルトロス程速く走れない俺の脚でも奴からジワジワと距離を取れている。
この作戦は奴とのレースに辛勝する程度の距離ではリスクが大きすぎるからな。
十分逃げる余裕を持ちつつも奴の注意を引くギリギリの距離を保ちゴールする必要がある。
思った以上に速く走る奴に冷や汗が出たが、その枷となり速度を落とすマシューの存在がとてもありがたい。
幸いな事に躓くこと無く駆けた俺の視界に間もなく待望の景色が姿を見せる。
街道両脇の崖上には退避した機兵達が待機しており、俺の姿に気づいたのか手を振っていた。
なんだかパレードの先頭を歩いている気分だな……っと、ミシェルに通信だ。
「ミシェル、俺は間もなく奴さんと共に来店するぞ!準備は出来ているか!?」
「勿論ですわ、カイザーさん。"料理"はいつでもお出し出来ましてよ」
「タイミングは任せるぞ。照準に奴を捕らえたら遠慮無く御馳走してやってくれ!」
通信が終わる頃には目的地である砦に到着した。
「ふう、なんとか無事に辿り着けたな」
「ふふ、お客様をお迎えする用意をしませんとね」
『きちんとお辞儀をするんですよ、レニー』
等と冗談を言い合っていると、エスコート役の俺よりやや遅れてお客様、ヒッグ・ギッガの到着する。
砦の前に立ち、恭しくお辞儀をする俺をみるとそれが気に入らないのか急激に速度を高める。
おいおい、そんなに急がなくても俺は逃げないぞ……まだな……。
ヒッグ・ギッガが俺を逃すまいと前足に力を込める、よし今だ!
「それではお客様、当店自慢のフルコース、ごゆっくりと召し上がれ」
手を上に上げジェットガントレットを放ち砦最上部を掴む。
そのままの勢いで砦の天井に登り、直ぐさま地を蹴って左岸に移動し待機地点に身を隠す。
(さて、後は食後のデザートまで見物させて貰うとするか)
ヒッグ・ギッガは突如消えた俺に困惑し脚を止めようとするが勢いづいた身体は惰性で進む。
それを合図としてマシューもまた行動に移す。
「じゃあな、お客さん。帰りはあたいが送ってやるからな!」
背中からナイフを引き抜きマシューが飛び降りる。惰性とは言え高速移動する身体から飛び降りたのだから衝撃はかなりの物だろうが、ゴロゴロと転がり勢いを殺すとゆっくり立ち上がっていた。
(流石マシュー、レニーならこうは行くまいよ……)
そして、残されたヒッグ・ギッガはその勢いを止められず、そのまま吸い込まれるようにテーブルに着いた。
「ようこそいらっしゃいました、さあ、シェフ自慢のメインディッシュを召し上がって下さいな」
ミシェルの宣言と共に耳をつんざく轟音が鳴り響き轟雷槍が放たれる。その凄まじい反動と槍がヒッグ・ギッガに叩き込まれた衝撃は恐ろしいエネルギーを生じ砦が凄まじい音を立て爆散した。
様々な破片が辺りに飛び散り、もうもうと煙が上がる。
その中からはヒッグ・ギッガが激昂する雄叫びが聞こえ、周囲からは「まだ生きてるのかよ!」「ありえねえ!」と驚きや悲壮な声が上がった。
また、「あの嬢ちゃん……いくらなんでもあれじゃ……」「くそ!なんて役を俺達は!」と、巻き込まれたミシェルを想う言葉も方々から上がっている……。
しかし、俺達、レニーやマシューは確信していた。ミシェルは無事であると。
そうで無ければ命を投げ捨てるに等しい役割につく事を承諾することなど出来ない。
互いに信頼し、共に生きて勝利を祝おうと約束したからこそである。
そして間もなくそれは確信に変わる。
煙が薄れるにつれそれは紅い輝きに染まる。
それは大きく展開されたルストニアの紋章……バリアの輝きであった。
その中心にはミシェル、そしてそれを護るよう立っていた機兵達も無事な姿で確認できた。
「な、なんだありゃ……すげえ!」
「よくわからねえが、あれが説明に出ていたばりあ?とかいうやつか?」
「バーニー達も無事だぞ!」
大きな歓声が沸き上がるが、その声は直ぐに止むこととなる。
煙から現れたミシェル達の他に、今だ地に腹をつけること無く立っているお客様の存在に気づいたからだ。
顔を潰され、なお命の火を消さずに居る其れは、まだ力をため反撃の機会をうかがっている。うまく行けば轟雷槍で倒しきれているかもしれない、無理でも腹を見せて横たわっているだろうと思ったが、流石だな……。
「こうなったら予定通り俺達が最後の仕上げは強引に行くぞ!だが、美味しい所はとても硬い。レニー、マシューあれをやるぞ!」
「おう!いつでも来い!」
「じゃあ、行くよ!!」
俺とオルトロスは互いに駆けよりその距離を縮めていく。
このまま行けば衝突するのではないか?こいつらは何をしているのだ?周囲が焦りはじめたそのタイミングでレニーとマシューが同時に叫ぶ
「「ギィイイイガアアアナックル!!!フォオオオオムチェンジッッ!!!」」
合体キーとなる二人の声と共に俺とオルトロスが一つとなる。パワー特化型のギガナックルフォーム、奴を送るには理想の衣装だろう!
このフォームはパワー特化型である反面スピードが犠牲になるが、今の奴には関係ない事だ。
先ずは調理するためその身体を地に転がしてさしあげろ!
「どりゃああああああ!!」
強烈なパンチが脇腹に突き刺さり何かのパーツを吹き飛ばす。
たまらず咆哮を上げヒッグ・ギッガが身をよじるが、まだ足らない。
足下はフラついているが、弱点を見せてはならぬと必死に耐え、それでもまだ引こうとはせずこちらの隙を伺っている。
敵ながら天晴れと言いたいところだが、引き際を知らない獣に未来は無い。
「片手でダメなら両手だああ!!!」
大きく天に飛び上がり、既に大きな的となったヒッグ・ギッガに容赦なく組んだ両手を叩きつける。
『グョヲヲヲヲヲヲヲヲヲンン!!』
背中に大きく亀裂が走る。防御力には絶対的な自信があった背部、それが破損する程の衝撃には耐えられず横倒れになり、無防備に腹をさらけ出した。
太いパイプが繋がれた魔導炉を保護する外殻が露出する。
カバー越しに魔導炉から漏れる青い光りが周囲を照らし、如何にも弱点だと告げている。
「今だ!美味しい所にブンディをお見舞いしてやれ!
マシューが装備するトンファーナイフ。
ヒッグ・ギッガのパイプを切る巨大なハサミとして活躍し、また、背中に突き立てジワジワと体力を奪ったあの武器を変形合体させ大きな一つの刃物とした姿、それがブンディ形態。
通常、オルトロスが両手で持って使うその武器は、合体により大きく姿を変えた右手に丁度収まった。
それをしっかりと握り締め、左手を柄に左手を添えて魔導炉に突き立てる。
流石に一撃とは行かず、その刃は弾かれる、だが!
「くっ!硬い、硬いけどおおおお!」
「このまま押し通すううううう!」
「「うおおおおおおおおおおおおお!!貫けえええええ!!」」
大きく振りかぶり全体重をかけ渾身の力で再度振り下ろす。
僅かに刃先が沈んだのを感じるとそのまま力を込めさらに押し込んでいく。
ガギッ……ミキ……ミキミキミキ…… キィン……ッ
馬鹿力によって強引にねじ込まれた刃により鈍い音と共に外郭が割れ、透き通った音が響き渡る。
『グャゥウヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲン……』
それは外郭を突き破り魔導炉内でエネルギーを放出していた魔石を砕いた音であった。
それと同時に外殻が割れたことにより蒸気となって外部へ体内の冷却水が噴き出し辺りを覆い尽くす。
白く染まった視界、そしてオーバーヒートにより著しく体温を上げているためセンサーでも上手く対象の反応が掴めない……が、手応えはあった、戦いは終わったのだ……!
二人もまた、そう感じているのだろう。レニーはナイフを持った手を天にかざしポーズを取り……お楽しみの時間がやってきたようだ。
「燃ゆる拳が有る限り……私達の勇気は止まらない!」
なんだか記憶に引っかかるような、何処かで聞いたようなセリフだが、空気を読んだ風で辺りを包み込んでいた蒸気が晴れる。
周囲で固唾をのんで見守っていた一同の目に、それはまるで霧の中に佇む勇者が放ったセリフのように見え勝利の喜びを余計に盛り上げることとなった。
「うおおおおおお!!!かっこいいぞお!お嬢ちゃん達!」
「なんだよそれ!俺も真似して良いか!」
「燃ゆる拳……、熱いセリフ言うじゃねえの!」
「え……あの、ちょ?カイザーさん?あれ?私の声ってお外に……?」
「作戦中は連携を取るために外部にも音声出力するって言ってただろ……」
「えええ……そ、そんなあ……あああああ……ふゆぅ……」
「あっはっはー、最後の最後で締まらないのがレニーだなあ」
燃ゆる顔を両手で覆い隠し動かなくなったレニー。だけどレニー、今は照れている暇は無いぞ!
「レニーー!!マシューー!!大丈夫ですのー?」
もう一人の功労者、ミシェルとも勝利を分かち合わねばいけないからな。




