第九十話 決戦前夜
準備期間最終日を迎えた今日まで各班の分担により滞りなく作業は進み、残すは轟雷槍の設置をして砦の仕上げをするのみとなった。
最後の仕上げということで、各班が集合して其れを見守っている。
高さ7m、延長は12m、そして厚さは4mもある。なんだか防波堤を思い出す構造物だが、これだけの規模の物で護るのが水害からではなく獣害からだというのがなんとも異世界らしいな。
街道がある場所は谷の底になっているため、こうやって砦を築くと完全に封鎖される。
向こう側へは機兵用の縄梯子を使って昇り降りするわけだが、機兵がえっちらおっちら梯子を昇り降りするさまは何かとてもコミカルである。
「よし、準備ができたぞ!カイザー、ここに轟雷槍を取り出してくれ」
「よし任せろ」
轟雷槍を取り出すとすぐにマシュー達が最後の設置作業に入る。左右に付けられたスイッチをそれぞれ押すと、ガシンと金属音が鳴り響き土台である大きな岩に金属の杭がめり込んでいく。
その後さらに金属の板で固定をし、設置完了となった。作業を終え、下に降りてきたマシューの元に人々が駆け寄り喜びの声を上げている。
「ご苦労さん。しかし凄い砦だな。実質これは砦というより発射台みたいなものだろ?随分大規模なものを作ったもんだ」
「あれは反動が馬鹿みたいにデカい武器だからな!下手したらぶっ放した瞬間土台ごと吹っ飛ぶ可能性があるな!」
恐ろしいことをサラリと言う。俺も其れは懸念していた部分であり、今でも良い解決策が浮かばない。
「やっぱそうなるか……。安全策として発射スイッチを少し遠くに離せないのか?」
「其れは難しいな。あたい達の技術だと距離を離せば遅延が生じてしまう。さらに向こう側が見えないわけだから、カイザーか誰かからの合図を待ってから押すことになるだろう?それじゃタイミングを合わせるのが難しいよね」
遅延……そういうものもあるのか。参ったな、安全に使える可能性を考えたいが、最悪の状況を想定して用意をするのが安全対策だ。このままでは安全に運用することは難しいぞ。
「あの、少しよろしいかしら?」
「ミシェルか、どうしたんだ?何かいい案がうかんだのかい?」
「私、例の護りがまた使えるようになってますの。この間使わなかったので2回。あれなら何があっても平気ですわよ」
例の護り、バリア的なあれか。どれだけの衝撃に耐えられるかわからないし、ミシェルを生贄にするようでなんだか嫌だ。別の作戦を……。
『ミシェル、君はほんと肝心な時にプレゼンが下手な子だねえ。そんな言い方だとカイザーの事だ、断るに決まっているだろう』
『全くよ。いい、カイザー。あのバリアを舐めないでちょうだい。あのバリアは弾道ミサイルの直撃だって耐える設計なんだから。例えこの砦が崩壊した所でなんてことないわよ』
弾道ミサイルにも耐えられるだあ?どんだけ硬いんだよそのバリアは!でもそれを聞くとそう、ポンポンと頻繁に使えるもんじゃないというエネルギーの食いっぷりも納得できるな。
「そうだったな、ミシェルには君達がついているんだった。あれはミシェルのタイミングではなく、君達のタイミングで使えるということでいいんだよな?」
『そうだね。ミシェルが反応しきれなくても大丈夫さ』
『ちゃんと私達が護り抜いてみせるから』
こうして最後の最後に懸念していたことが解消した。
いよいよ明日は決戦の日だ。幸い作業は早々に終わったため、夕方までの時間は士気を高める宴を催すことにした。
決戦前日なのでそれなりに酒は加減するようには言ったが、こういう場を設けでもしないと逆に今夜緊張で眠れない者も出てくるだろう。
今夜はなるべくしっかり眠ってもらい、明日に備えて欲しい。
その思いから提案したことだったが、狙い通り皆穏やかな顔をして楽しく飲んでいる。
準備が終わったことによる安心感もあるだろうが、既に明日の勝利を確信しているかのような空気である。
無論、明日は負けるつもりが無いのだが、油断は禁物。明日は気を引き締めてやらないとな。
「カイザーさ~ん、明日はがんばりましょーねー」
「むっ!?レニー、お前まさか酒を?成人年齢はいくつだ?いや、それでもお前にはまだ速いぞ!」
『レニーからのアルコール反応検出されません。これは場に酔っていると言うやつですね、カイザー』
「なんともレニーらしい……。まあいいや、レニー、明日はよろしくな」
フラフラとやってきたレニーがヘラヘラとしながら去っていった……と思ったら今度はミシェルが現れる。
「うふふ……カイザーさん、見ててくださいねえ、わたくひ……明日は奴をしとめてみせますわあ」
『ミシェルからアルコール反応検出……。ただし、ミシェルは16歳と成人済みですので問題ありません』
ミシェルは飲んじゃってるか……。まあ成人してるなら良いけど、飲みすぎないようにしてほしいな……。
「ミシェルの出番無く、当初の作戦通り討伐出来るのが一番だが、もしものときは頼りにしてるぞ!」
「まあかせてくだひゃいねえ……それじゃあまたあとでえ」
まあ、ウロボロスが見張ってるだろうから飲みすぎるってことはないだろうけど……本当に大丈夫かな……。
このパターンで行けば次はマシューか!と思ったが、マシューの姿は見えなかった。何処へ言ったのかと思えば、オルトロスに乗って砦を弄っている。
「マシュー、もう良いから休め。お前も腹減っただろう?」
「うおっ!カイザーか!びっくりさせんなよなあ。いやさ、ちょっとここの隙間が気になってな……っとよし!」
何やら砦の不具合箇所を見つけたとかで手を入れていたらしい。なんともマシューらしいというかなんというか。
「マシュー、ここまでの用意が出来たのは君の功績もとても大きいぞ。ありがとうな」
「何言ってんだよ!元はと言えばあたいがやるっていったものだぞ?あたいが頑張らなくてどうすんだ」
「それでもだ。それに…明日はレニーにマシュー、そしてミシェルに村のハンター達、皆の頑張りで狩りを成功させるんだ。一人の力じゃない、みんなの力だ。其れを忘れちゃダメだぞ」
「わかったわかった!一人でむちゃするような真似はしないってば!」
マシューはやがて砦に満足が言ったのかウンウンと頷くと『腹減ったー!あたいの分残ってるかー!』と宴の中に駆け込んでいった。
明日は朝から決戦だ。今夜は綿密にシミュレーションしておかなければいけないな。




