第八十九話 商家の娘
本日は予定通り街道で商隊待機をしている。
道中、ブレストウルフの襲撃を受けたが既にレニーの敵ではなく、また数も少なかったため間もなく素材へと変貌させられていた。
「良いおみやげができましたねー」
へへへと嬉しそうに笑うレニー、本当にたくましくなったものだ。
レニーが初めて俺に乗って戦った日の事はつい最近のことのように覚えている。…いや本当につい最近か……。
俺が目覚めたのが5月、レニーをパイロット登録したのが6月頭、そして今日は7月26日……。春に出会って現在初夏と考えればそこそこ経ったような気がするが、数字にしてしまうとまだ2ヶ月!
マシューと出会ったり、ミシェルと出会ったり色々なことがあったような気がするのにまだ2ヶ月!これは頭が大人の名探偵を笑ってられないな。もう少し生き急がないようにしないと……。
「カイザーさん、商隊が来るようですので馬車になっておいて貰えますか?あの姿は商隊受けが良いので……」
「ああ、かまわないぞ」
ミシェルに言われ馬車形態に変形する。受けがいい、というか商人にとって便利そうにしか見えないこの形態を見た商人は漏れなくその歩みを止め、こちらから声をかけるまでもなく向かってくるからな。
言ってしまえば俺は体のいい餌というわけだ。
間もなく連絡どおり商隊がやってきた。護衛付きの馬車を先頭に6台ゾロゾロと連なった馬車が視界に入る。
と、先頭の馬車に乗っていた御者が驚いた顔でこちらを見て車内に何かを伝え、馬車を停車させた。
馬車から一人男が降りると後ろの馬車に行き、何かを伝えているようだったが、やがて中から人が現れ、護衛と共にこちらへ歩いてきた。
これは餌にかかった…ということでいいのかな?
にこやかな顔でこちらに向かってきた恰幅の良いおじさん、商人であろうおじさんは俺をちらりと見て驚く顔をしていたが、俺への視線はそこで止め、ミシェルに挨拶をしている。
「これはこれはルストニア家のお嬢様ではありませんか。珍しいところでお会いしましたね」
「貴方は……ええと、リフェノール商会の会頭さんですわね、先日の件は有難うございました。お父様もお喜びでしたわ」
「ははは、いえいえ、こちらとしても良い取引をさせて頂いて……」
「ところで、リフェノール商会さんはフォレムに向かってますのね?」
「ええ、これからフォレムでは狩り用品の需要が高まりますからな。今のうちに卸そうと早めにやってきたわけですよ」
「実は、私がここに居るのはリフェノール商会さんのようにフォレムへ向かう商人から買い取りが出来ないか相談するためですの」
「ふむ……買い取りですか?確かに、商隊に声をかけ直接取引を求める者は稀に居ますが、ルストニア商会さんが直々に声をかけて下さった理由……お話し頂けますか?」
商売という物は何も売れば良いという物では無い。フォレムに持って行って商品を卸す、すなわちそれは少なからずフォレムに商家の名前を残すと言うことになる。買った商品の質がとても良かった、店にその評判が届けば店の主人は次回の入荷数を増やすことだろう。
それは積もり積もって大きな利を成すわけだ。故にこのような場所で、しかも同業者に商品を卸すというのはあまり良い選択では無い。リフェノール商会の会頭自らわざわざ出てきての取引だ、フォレムに卸す商品は重要な商品なのであろう。
彼が話を聞きたがっているのは以上の理由から二つ返事で承諾できないからだろうな。
ミシェルがあらかた事情を説明し終えたようで、会頭が顎に手を置き難しい顔をしている。
「パインウィードの街道に巣喰う魔獣の討伐ですか……。魔獣の噂は聞いていましたし、そのため遠回りをするルートを通っているわけですが、なるほどその様な魔獣が……」
「我々商人としても放ってはおけない存在ですからね。パインウィードはフォレムへの足掛かりとして重要な拠点になりますし、何より南の街道が使えないのは大きな損失になりますわ」
「恐らく国の方まで詳細が上手く伝わってないのでしょうな。イーヘイにいらっしゃるお偉い方達はフォレムまで調査に来るのを嫌がるでしょうし」
イーヘイ……たしかトリバの首都だったか。トリバの南端、海に面した都会と聞く。そこからフォレムとなると、フォレムからルナーサに行くくらいかかるらしい。
増してフォレムは王家の森、魔獣の宝庫に作られた前線基地的な都市だ。王命でも無ければ調査になど来たがる者は居ないだろうし、きっと何処かでただの土砂崩れとして処理されているのだろうな。
「それで私たちが手を貸すことにしましたの。勿論勝算があっての判断ですのよ?そこに止めている馬形の機兵、先ほどから気にしてますわね?」
「ははは、バレていましたか。流石ルストニアのお嬢様、鋭い目をお持ちだ。いやしかし、あれは商人にとっては金を積んでも欲しいと思わされる物ですが、戦闘となってはどうなのですか?」
「うふふ、その心配はありませんわよ。レニー、変形してちょうだい」
「はーい」
ま、変形くらい別に隠すようなもんでも無いしね。ご指名とあらば直ぐ変形!
「おお……おおお……なんと神々しい機兵だ……。これは、国王機と言っても差し支えが無い美しい機兵ですな……」
「素晴らしいでしょう?これを駆るパイロット、レニー・ヴァイオレット嬢の腕もなかなかの物でしてよ。彼女ともう一人、私の護衛がいますけれども、お二人は2級クラスのキランビルの討伐はおろか、登録されれば恐らくは1級クラスになるであろう大型の魔獣まで討伐してますの」
「それはそれは……。なるほど、その様に優秀なライダーがついているのであれば勝算はありますし……私共としましても悪い話ではありませんな」
「ええ、成功の暁には勿論、リフェノール商会の協力に関しましても方々に報告しますわ」
上手いな。レニー達の目立つ大きな功績をアピールしつつ、その階級はさり気なく話題に出していない。恐らく会頭はレニー達が若くして2級くらいにはなっている優秀なハンターだと思っているのだろう。
そして宣伝効果のメリットもおまけにつけた。今はうっすらとしか話題になっていない南の街道の件も事が解決すれば商人や旅人達によって方々に噂が飛び交うだろう。
その際、解決したのは旅のハンターで有り、その裏にはリフェノール商会の協力があったとなれば、フォレム周辺の人々は彼らに友好的になるはずだ。
これはルナーサから国をまたいでやってきている彼らには大いにメリットになる話だ。これで断る理由が無くなっただろう。
「ルストニアのお嬢様にそうまで言われてしまっては協力しない訳にはいきませんな。それではお嬢様、必要な商品の目録が有りましたらば見せて頂けますか?可能な限り協力させて頂きましょう」
ミシェルはにっこりと微笑むと会頭に目録を手渡し、俺に向かってウインクをしてみせた。
流石大商家の娘さんだぜ。




