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傍らで偲び咲く桜の花  作者: 堀口直
第六章 桜の花
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6-8 怠惰に過ごす日々(過去編)

 それからの一ヶ月はあっという間に過ぎ去った。

 本来ならば通っているはずの学校も、今は夏休みのはずである。それが、皐月の真面目な性格に与えていた「サボっている」という罪悪感をやわらげる。

 あんなくだらない連中が集うくだらない場所も、一応、皐月には通う義務がある。その義務を放棄して引きこもりを続けるのは、はじめのうちは楽しかったが、日を重ねていくごとに「こんなことでいいのだろうか」という焦りに近い感覚が芽生えてくる。なにをしても楽しくなくなり、結局はなにもしなくなる。そしてまた焦りはじめる。ときには鼓動が激しくなるときもあった。

「夏休み……」

 しかし今は夏休み。皐月を苦しめていた罪悪感も焦りも綺麗さっぱりぬぐい去られた。みんな休んでいるのだから、自分もゆっくり休める。そんな解放感に溢れていた。

「あっ、夏休みか。そういえば、皐月はなんで学校行かないの?」

「そっ、それは……まあいいじゃない。気にしなくても」

 とはいえ、引きこもり生活はなにも変わらない。

 きっと外は夏の強い日差しにさらされ、熱せられた風が人々を煽っているだろう。冷房がしっかりと効いている部屋の中ではわからないが、窓越しに聞こえるセミの大合唱がそう思わせる。例年は友達とプールや海に行く季節だ。

「よくないよ。もし僕のせいだったら悪いし……」

「違う違う。啓介のせいじゃない」

 今日も二人で、部屋に引きこもる。

 皐月は毎日、御言の鍛錬を行っているが、術を使うのは啓介の精神が不安定になる夕方に一度。つまり一日に一回である。

 啓介に宿るのは火山活動という自然現象の霊。本来ならば地球という星単位のモノに宿るはずの霊が、なぜか一人の人間に宿ってしまっている。放っておけばまた噴火による破壊と、自然による再生の循環が起こってしまう。だから日に一度、その循環を止める。そうすることで、啓介の症状が悪化することはまずない。

 はじめのうちは暗かった啓介の性格は一変して明るくなり、精神もほとんど安定している。自然発火現象も起きていない。『とまれ』という最初の言霊が効きすぎているのかもしれなかった。

「よかった。じゃあ皐月、今日はこれやろうよ」

 そう言って啓介は、大量にあるゲームソフトの中で、まだやったことのないソフトをハードにねじ込んだ。

「えー、今日はRPGやろうと思ってたのに」

「それだと二人で遊べないよ?」

「二人で進めればいいです。あたし一人だと進められないし……。啓介が教えてくれないと」

「皐月ってほんとにゲーム下手だよね。なんでそこでそうなるのって感じ。ちゃんと頭使ってやらないと」

「むっ……」

 性格が明るくなり、啓介は変わった。これが本来の彼なのだろうが、皐月は少し残念に思っている。最初の、ブルブル震えて自分にすがりついてきた可愛い彼はもういない。飼ったときは愛らしかった子犬が屈強に成長してしまって残念、みたいな感じ。そんな極端ではないが、いつの間にか「皐月ちゃん」から「皐月」と呼び捨てになっていて、彼女はなんだか寂しい思いでいる。それだけではない。

「はあ〜」

「なに? どうしたの、なんか機嫌悪いけど」

「べつに」

 このごろ皐月は、肩透かしをくらったような思いもしている。あれほど意気込んで仕事を引き受けたのに、自分はほとんど何もしていない。二人でゲームして漫画読んで、時間になれば紫と術の鍛錬。

 もう啓介は大丈夫なのではないだろうか。このまま何もしなくても、自然発火なんてもうしないのではないか。啓介に宿るのは「火山活動」という一連現象の霊。もともと火山は安定してしまえば滅多に噴火など起こさない。それと同じように、啓介の霊はうまく鎮まってしまったのではないかと思う。

「ねえ、啓介」

「なに?」

「どっか遊びにいこうか?」

 コントローラーを叩きつけていた啓介の指が、ぴたりと止まった。

「もしかして、外に?」

「あたりまえじゃない」

「いい……のかな?」

「大丈夫。そうだ、服買ってあげる。源次郎が買ってきたあなたの服、ダサいし」

「え? そうかな」

 啓介はキラキラとした英語で飾られた自分のTシャツを引っ張り、首を傾げた。

「そのTシャツ、センスのかけらも感じないわ」

「そういえば皐月って、いつも違うの着てるね」

 本当はいつも同じような部屋着でいたいのだが、啓介と暮らすようになってから服に気をつかっている。

「うん、服とかなら源次郎がお金出してくれるし、たくさんもってる」

 だから、皐月はいま部屋着ではなく外向きの服を着ている。今日は白いブラウスに紺のスカートという質素な格好だが、皐月が着るとこのうえなく優雅な装飾に思える。常人ではお目にかかれず、空想で描いた深窓の令嬢が形をなしたかのようだ。

「べつに服なんてなんでもいいと思うけど……」

「…………」

「え? なんで睨むの? ちょっと怖いよ?」

「啓介は、あたしの服でどれが好みでしたか?」

「え〜と、あんまり覚えてないや」

「…………」

「だからなんで睨むのさ、皐月怖いよ。あ、でも……」

「うんうん」

 一気に膨らむ期待。どれだろう、と皐月の頭には自分の服たちが浮びあがる。

「服脱いでパンツだけになったときが一番好み……」

 投げつけたコントローラーが啓介の目玉に突き刺さる。

「いってぇえええっ!」

「あたしが着替えるときは後ろ向いていなさいって言ったでしょっ!?」

 痛みを訴えながら地面を這いつくばる啓介に対し、皐月は十五分ほどの説教をくらわした。



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