6-7 凶器と救いの手(過去編)
「鬼喰いの術……だろう?」
ニヤニヤと楽しそうに口を挟んできたのは松島だった。
「鬼喰い、人喰い……そして吸血鬼。桜花一族の伝承を調べれば出てくる呼び名だ。化物を喰う化物……なるほど、たしかにこれは人間離れした力。小娘であってもぞっとするなぁ。人の魂を喰らって術の栄養としたのだろう?」
「……えっ……人……喰い……?」
周りを見渡す。
幹部の老人たちは畏れの眼差しを皐月に見せている。危うく殺されかけたという恐怖が身体に染み付いているに違いない。
「あたし……みんなを殺すところだったの?」
「くくく、殺すところだったって? こうして我々が生きているほうがおかしいと思わないか? 我々の霊は一度あなたの中で噛み砕かれた。どうやって霊を再構成したのか教えて欲しいくらいだ」
「それも、主さまの才覚でしょう。恐ろしいほどに、素晴らしい才覚です」
「そんな……」
理解した途端、底知れない痛みが皐月の胸に突き刺さる。自分の力の大きさ、怖さが、自分が化け物である証。
源次郎は悲しげな顔をしている。
「姫……この道に進むということは、そういう危険な術を使うということ。化物と言われ続けるかもしれないということ。それを承知で、まだ気持ちは変わりませんか?」
「かっ……変わりません」
それは皐月の意地だった。ただの意地……それを源次郎はわかっているのだろう。
「この仕事を通して、じっくり考えなさい」
そう言って、腰を上げる。
「では、とりあえずは解決だな。今日は解散だ。みんな、ご苦労であった」
言われて、老人たちは部屋を出て行く。まだ放心状態の老人がいたが、松島が背負って行った。残されたのは皐月、源次郎、紫、そして啓介の四人。
「いいですか姫。今後は鬼喰いの術は使ってはなりません」
「……はい」
皐月は素直に頷く。
「主さま、申し訳ございません。術をしっかり教えていなかった私の責任です。明日からはしっかり言霊の鍛錬を行いましょう」
紫のせいなんかではない。鍛錬を怠っていたくせに、急に術を使わせろと言った皐月の責任だ。
「…………」
みんなを殺しかけた恐怖感が、皐月の手を震わせていた。自分のせいで誰かが死ぬことがあれば、きっと何かが壊れてしまう。本物の化物になってしまう。そう皐月は思い、手の震えが止まらない。
――やっぱり断ろうか……
そう考え始めたとき、震えていた手が暖かい感触に包まれた。
啓介が皐月の手を握っている。
「なっ……何をっ!」
「ありがとう!」
その手を振り払おうとした皐月は、啓介の言葉でピタリと動きをとめる。
「……は?」
「助けてくれて、ありがとう」
「別に、あたしは……」
「治った。もう熱くない! こんなに身体が楽なのは初めてだ!」
「そんな、あなたはまだ治ったわけじゃない。これは今だけで……」
そう言った途端、啓介は顔をこわばらせ、しだいに泣き出しそうな表情となった。
「じ、じゃあ、どうやったら治るの? お母さん、暴力振るわなくなるの?」
「それは……」
いつの間にか皐月の震えはとまり、啓介の手が震えている。さっきとは逆だ。
捨てられ、路頭に迷った子犬のように啓介は震えている。
きっと、啓介は多くの人に頼ってきたのだろう。それは医者であり、霊能力者や祈祷師だったかもしれない。しかし彼らは、啓介を救えなかった。啓介は彼らに裏切られたと思っているかもしれない。そして今日、やっと自分を救ってくれる人に会った。一時的にではあるが、たしかに皐月は啓介を救った。
「助けて……」
絞り出すような、弱々しい男の子の声。
「うっ……」
妙な庇護欲がわいてくる。
もともと皐月は、面倒見がいい女の子である。頼ってくるクラスメイトを突き放したことなどない。お節介にも口を挟み、鬱陶しがられることもあった。先月までは……。
しゅん、と項垂れる啓介。
「僕……どうすればいいかな……これから、どうすればいいかな……お母さん……」
「くっ……」
皐月は啓介の震える手を、ギュッと握り締めた。
――久しぶりだな。頼られる感覚。
「あたしに任せて。あなたは、あたしが絶対なんとかしてあげます。だから大丈夫……だから泣かないで?」
とうとう啓介は泣き出していた。正常な精神を取り戻し、母親のことを思い出したのかもしれない。自分が焼いた母親を……。
「うっ……ううっ……」
泣き止まない啓介の頭を、皐月は優しく撫でた。身長は啓介の方が五センチほど小さい。
啓介は違う。学校のくだらない連中とは、どこか違う。純真に助けを求めるところが、そう思わせたのかもしれない。暗いくせに、邪気のない瞳がそう思わせたのかもしれない。
――とりあえず、引き受けた仕事は全うしよう。
皐月は啓介が泣き止むまで、頭を撫でた。
「源次郎。啓介はあたしの部屋で寝泊りしてもらいます」
優しく微笑みながら二人を見守っていた源次郎は、一瞬にして凍りつく。
まるで外人のたどたどしい日本語のように問いただした。
「……いま、なんとおっしゃいましたかな?」
「ですから、啓介は今日から、あたしの部屋で暮らしてもらいます」
「紫殿、かたじけないが、爺は耳が遠くなったようです。姫がなんとおっしゃったか、教えていただけますかな?」
「源次郎殿、気をたしかに。男女が同衾するとはいえ、まだまだ幼年。まぐわうようなことはないでしょう」
まぐわうとは、セックスするという意味である。
「いけません! いけませんぞ姫! 男女七歳にして同衾せず、です。なんと不埒な。言語道断であります」
「落ち着きなさい、源次郎。啓介がいつ症状を悪化させるかわからないんです。あたしが傍にいるしかないでしょう?」
「うぐっ……しかし危険です。就寝している間に……」
「大丈夫です。寝る前にはしっかり言霊をかけて、症状が出ないように……」
「啓介が姫に性的な悪戯をするかもしれませんぞ!」
まったく話が噛み合っていない。
「源次郎殿、どのみち主さまに男の貰い手など現れません。桜花家の子孫を絶やさないためにも、この時期で一人、婿候補を確保してみては?」
「ならん! ならんぞ!」
大人たちの意味不明な心配ごとを無視し、皐月は改めて啓介に語りかける。
泣き止んだ啓介は、真っ直ぐに皐月を見つめる。
「じゃあ、これからよろしく、啓介」
啓介は無言で頷く。
弟ができたみたいで皐月はなにやら嬉しい気持ちとなった。
「啓介、おすすめのバトル漫画があるの。一緒に読みましょう」
「ありがとう……」
暗かった啓介の顔が少しだけ明るくなったように思えた。
「ゲームもあります。全部古いけど」
「ありがとう……皐月……お姉さん」
「言っておくけど、あたしの方が年下なんだからね? 皐月でいいです」
「え? そうなの?」
「そうなの……」
啓介はショックを受けた顔をしている。子犬のように情けない顔。その顔が皐月の琴線に触れる。可愛いと思ってしまう。
「ねえ、啓介。さっき見たでしょう? あたし、人なんてすぐ殺せちゃう化物なんだよ。それでも一緒にいられる?」
「うん」
「ほんと?」
「うん。だって、皐月ちゃんは化物なんかじゃないし」
「そ、そっか……」
本当にわかっているか心配になる。
しかし、「化物なんかじゃない」という言葉が、いまの皐月にとっては一番嬉しいものだった。そう言ってくれる人のためなら、怖いけど、術を使ってもいいと思える。
「よしっ」
皐月は啓介の手を力いっぱい握り締め、約束する。
「改めてよろしく。あたしは桜花皐月。絶対にあなたを救ってみせます」
そんな約束をしてしまった。
いくら大人っぽいとは言え、皐月はまだ子供である。
九歳の女子にとって辛すぎる結末は――
全てをぶち壊した現実は――
すぐそこまで来ていることに、その時点では誰も気づけない




