サクヤ
1
凍河は恐ろしく鋭い視線を零と呼ばれたジャケットの男に向けている。
まるで不倶戴天の敵を睨みつけているかのような鋭利な視線だった
氷河は普段から飄々としている兄のこのような表情を見たことは一度もなく、兄の知らない一面を
初めてみたような気がした。
「よう。知ってるよあんた。前に一度だけアースガルドで対戦したことがある」
凍河は感情を抑えた声で言った。
零はそれには何も答えなかった。氷河はその対戦の勝敗が気になったが、兄の声色から自ずと察した。
「まさかアンタほどの男が英雄狩りなんてくだらねえ事してるとは思わなかったよ。
強いやつ一箇所に集めて何考えてるんだ?まさか関東勢に対抗するためにホーム(アースガルド)
に囲ってるとかセコいことしてるんじゃないだろうね?」
零は表情一つ変えず答える「そうだと言ったら?」
「笑っちまうね」そう言った凍河の表情は言葉とは裏腹に悲しげだった。
「ねえ、そんなことより私達と遊びましょうよ?」
不意に場違いなほど明るい声で少女が言った。サクヤと呼ばれていた女の子でその容姿は幼く
フランス人形のように美しかった。
凍河はその無邪気な言葉に毒気を抜かれたかのように笑みを浮かべた。
「お嬢ちゃんもサードやるのかい?」
サクヤは無邪気に微笑んで頷くが、氷河にはその笑みが不気味な嘲笑に見え寒気がした。
「あたしもやるよ?」もうひとりの大女も声を上げた。
「自己紹介が遅れたね?あたしは泉田っていうんだ。泉田アヤコでこっちのハンサムが久遠零。
でこっちの見た目は可愛い女の子がサクヤ」そう言ってサクヤの頭をポンポンと叩く。
アヤコは見た目は粗野だが意外に礼儀正しく氷河は他の二人よりは好感が持てた。
少なくともアースガルドの英雄狩りには見えなかった。
「まあ許してくれよダッドリー使い、、、凍河さんだっけ?この男はサードバカでそれ以外のことは
無頓着なんだ。それに英雄狩りっていうけどあたし達は別に無理やり連れて行ってるわけじゃない。
ただあたし達と対戦したくて他のホームのプレイヤーがアースガルドに集まってくるだけだと思ってるよ。
英雄刈りなんてあたし達は言ったことないし、周りが勝手にそう言っているだけさ」
そう言いながら高梨に目を向けると「ああいうマナーの悪いプレイヤーはどこにでもいるってもんだよ
許してほしいね」そう言うとアヤコは笑みを浮かべる。
高梨は何か言おうとしたが、アヤコに気圧されたのか無言で俯く。
「どうだかな?お前たちを良く言うやつは居ない。でもな、俺は違うよ?
お前たちがサードを掛けに使ってるかどうかなんて俺は興味ないそれよりもぜひ対戦したいと思っていたんだ。その英雄狩りの久遠零とな?どうだい俺と対戦しようぜ?」
凍河は久遠に言った。
「お前たちはこう言うらしいな?『我々が勝ったらわれのために戦え』じゃあおれはこういうぜ。
俺が勝ったら二度とサードを汚すようなことをするなってな」
久遠は無言で聞いていた。
2
辺りは静まり返っている。その静寂の中、零は静かに口を開いた。
「今日ここに来たのは俺の意志ではない。サクヤがお前に興味を持ったらしい」
意外な言葉に凍河は唖然とした。
「どういうことだ?この子が俺のなんに興味を持ったんだ?ふざけているのか?」
「べつにふざけててなんかいないわよ?」不意にさくやが口を開く。
「前にアースガルドで零と対戦してたのを見たときからあなたに興味があったの。すごく良かったから」
微笑を浮かべサクヤは云う。
凍河は困惑したように頭を掻くと「それはどうもお嬢さん。俺の戦いに一目惚れしたってわけか。
それじゃあ今日は是非ともこの久遠さんに勝たせてもらって恋に目覚めさせないとナ」と軽口を叩いた。
サクヤはクスクスと笑う。
「零。いい?」
聞かれると零は黙って頷く。
すると慌てるように零の肩を掴んでアヤコが言った。はばかるような小声だったが氷河にはわずかに聞き取ることができた。
「…久遠!…サクヤはだめだ…!あたしがやるよ…。何も、コワスコトハナイ…」
(壊すことはない)たしかにアヤコはそういった!何を壊すことはないというのだろうか。
しかし氷河には嫌な予感があった。あのサクヤという少女に。
「あなたは黙ってて。零がいいと言ったのだから。私がやるの」
その会話を聞いていた凍河はますます呆れ果てていたがようやく理解したように笑うと
「わかったわかった。まずお嬢ちゃんが俺の相手をしてくれるんだな?よしじゃあやろう。
その後はそっちの男とやらせてもらうよ」
サクヤは頷くと相変わらず無邪気な微笑を浮かべている。
「勝負は何にするんだ?一先でいいよな?お嬢さん?申し訳ないが時間が惜しい」
サクヤは頷く。
「あなたがそれで満足ならそれでいいわ」
「ああ。十分だよ。さあ始めよう」そういった凍河の目は既に零の方に向けられていた。
氷河は凍河に声を掛けたかった。油断しないでと…いや対戦しないでと言いたかった。
止めたかった。嫌な予感がした。普通じゃない。この少女は。サクヤは。
しかし対戦は始まりもう止められはしなかった。




