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阿野寺2


6

犀星高校は在校生620人を要する県内でも有数の進学校の一つであったが、

その校風は存外自由で、

生徒も教師も甚だ勤勉ではあるがそれ程までに学業一辺倒という訳ではなかった。

しかし何処にも例外は存在するもので、

二年四組の担任の青木は若さゆえの熱血に加えて

学業一筋といった感があった。

そしてそれは香湖と亜弓の担任でもある。

放課後、ホームルームが終わり香湖が帰り支度をしていると、

教壇の前で亜弓は担任の青木の話を

なにやら神妙な面持ちで聞いており、香湖は何事かと思い二人の方に耳を傾けた。

「八州、今度一片でも遅刻すると俺はお前と夏休み40日間延々と補習する覚悟だ」

青木は鼻息を荒くして言った。

彼は本心から亜弓の為にそう言っているのが傍目から見て香湖には分かったが

それを聞いた亜弓は平然とした体でこう答える。

「望むところだよ!これから毎日カコに起こしてもらう私に死角は無いよ!」

と不敵な笑みを浮かべ言った。

「相馬には迷惑を掛けるな。あれはお前と違い成績優秀だ」

「先生が生徒の差別していいの!?」

「差別じゃない。真実だ。子曰く、君子は周して比せず。だ」

と青木は歯に衣着せずにハッキリと言ったが、

別にそのことについて亜弓にもそれ程反論は無いらしく納得するように言う。

「まあ、確かにカコは成績優秀、スポーツ万能、背が高く、美人、

立てば薄弱(?)座れば薬缶(?)歩く姿は藤(?)の花だけどね」

「それを言うなら立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花だ」

国語教師は抜かり無く訂正する。

「兎に角、ろくに時間も守れん奴は社会に出ても絶対苦労する。

汝、君子の儒となれ、小人の儒となるなかれ。

特にお前は1年の時から

時間にはルーズ。授業中はよく寝る。試験は赤点ぎりぎり。

連続三回遅刻ペナルティーを科したにも拘らず、

今日もギリギリのご登校と来たもんだ。

だから今後一度でも遅刻すると…」

亜弓は青木に皆まで言うなという風に掌で制すると

「夏休み返上って事だね、分かったよ!」

と言うと亜弓は逃げるように青木に背を向けると

子猫のようにタタタと香湖の元に走りより彼女の腕を掴むと、

「先生さよならー!」と言い振り向きもせず、そのまま教室を後にした。

香湖は亜弓に引かれるままに、共に教室を出て行った。

「まだ話はおわっとらんぞ!過って改めざる、是を過ちと謂うんだ!」

と言う青木の怒りの声を背に

亜弓は「明日明日」と勝手に先送りしてそそくさと逃げ去る。

そんな亜弓に手を引かれながら香湖はやれやれと思うのだった。


7

阿野寺に至る4444段の石段を上り切るのは時間が掛かるが、二人で上る時はあまり苦にはならない。

特にお喋りの亜弓が居る時は、勝手に喋っているのを聞いているだけで、お寺に着く。

亜弓は先ほどの青木の話に憤然としながら香湖に言った。

「青木先生、一年の頃から何かと私を目の敵にしてるよね?」

しかし香湖は亜弓を不機嫌そうにちらと横目で見ただけで何も答えなかった。

亜弓は構わず続ける。

「授業中よく寝る。確かにそうだよ。時間にルーズ。言えない事も無い。

でも赤点ギリギリは貶すべき所じゃないよね?赤点じゃないんだし」

しかし香湖は頷かない。

亜弓は構わず続ける。

「それに今日だってギリギリ遅刻してないのに、恰も遅刻したような口ぶりだよ?

しかも今後一度でも遅刻したら私の夏休みが無くなるなんて教育委員会が黙ってないよ!」

亜弓の夏休みの在る無しで教育委員会が動くとは思えない。

と香湖は何となく思ったが口には出さなかった。

亜弓は構わず続ける。

「でもいいよ。今からはカコが又部屋まで起こしに来てくれるし、私が遅刻することは無いよね?」

香湖は大きな溜息をつき、諭すような口調で亜弓に言った。

「あまり私を頼りにするな。何時までも一緒に居られると思うのは間違いだ」

それを聞いた亜弓はしかし楽しげに目を細めて

「カコ。心配しなくても私は一生カコに付いて行くよ」と笑った。

香湖は呆れるように、前髪をかきあげると

「私はどうも亜弓に引っ張られるな…」と静かに呟いた。

それからしばらくすると石段は終わりに近づき、その先に「阿野寺」と書かれた山門が見えた。

門を潜るとやがて御堂が現われた。



8

香湖と亜弓はお堂の前にある賽銭箱に賽銭を入れると、扉を開きお堂の中に入った。

お堂の中では犀星高校の制服を来た生徒が数人ギルティギアをプレイしていたが

それを背に、半袈裟を着た叢雲が座禅を組んで瞑想していた。

それを見ると亜弓は訝るように「何かお坊さんみたいなことしてる」と香湖に小声で言った。

瞑想する叢雲の後ろにはテーブル筐体が6対12台並んでおり、

その光景は異様と言うより滑稽に近かった。

いや滑稽と言うよりもそれは既に無我の境地と言う方が適切だった。

二人に気が付くと仏陀は片目を開いて不適に笑い香湖の方を向いて言う。

「待っていたよ香湖ちゃん。昨日は来なかったから逃げ出したかと思ったよ」

仏陀は悟りを開いたにしては喋り方がやや嫌味だった。

香湖は何時もの如く静かに答えた。

「いや、逃げ出しはしない」

「さあ、席に着きたまえ。絶望の淵へ再び叩き落してやる!」

叢雲は最早仏陀よりも、魔界塔士サガのラスボスが言いそうな台詞を吐くと

すっくと立ち上がりスパ2の1P側に腰を下ろした。

香湖は黙って2P側の席に座った。

「カコ、若御院やっつけちゃえー」と亜弓は気楽に応援した。

香湖は其れには答えず、

無言でスタートボタンを押すとケンにカーソルを合わせて決定ボタンを押し

左左左右弱パンチとコマンドを入れる。

「昇竜拳」の掛け声と共にケンの胴着は赤に染まった。

1P側からは何時もよりもテンションの高い叢雲が

「よし、折角だから僕はこっちのTホークを選ぶぜ!」

と言うと、いつもの通りなんら変わることなく何の変哲も無いXホークを選んだ。

Sケン対Xホーク

この戦いは詰まるところ、ホークが如何にケンの懐に潜り込むか

逆にケンは如何にホークの接近を阻止するかにある。

オリンポスでの戦いの経験は香湖を強くしていた。

闘いは始まったが、試合は終始叢雲を圧倒して香湖が勝った。

その時丁度、お堂の扉が開き氷河と百合夏が現われたが、

氷河の冷ややかな視線は不機嫌に香湖の顔に向けられていた。


続く



9


叢雲はガックリと肩を落とし2P側に座る香湖の前に現れ、言った。

「…強くなったな…サードでは敵わず、スパ2でも最早、勝てなくなった。

僕はしかし満足しているよ。君や、亜弓ちゃん、氷河ちゃん、百合ちゃんが

このお寺で強くなってくれたことに。

最早僕の役目は終わりに近づいてるみたいだ。

香湖ちゃん、君には由緒ある、阿野寺神の称号を与えたいと思う。

そして僕は格ゲーから引退する。」

そう言った叢雲は寂しげだが、満足そうな笑みを浮かべる。

香湖の傍らに居た亜弓は「阿野寺神ってなあに?」と不思議そうに言った。

「阿野寺最強のプレイヤーに送られる称号で、僕が今作った」

と、叢雲は可也適当なことを言う。

阿野寺神の初号は適当に作られたもので由緒など微塵も無かった。

亜弓は微妙な笑みを浮かべ香湖を見たが香湖は満更でもないような顔をしていた。

「阿野寺神の称号を持つものは、賽銭無しでフリープレイし放題、

そして葬式はただ!戒名も無料で付けるよ!」

と、叢雲は愉快そうに縁起の悪いことを言った。

香湖は椅子から立ち上がると「いや、要らない」

と見もふたも無いことを言って、叢雲を絶句させたが、その後に

「多分私にはそんな大それたものは相応しくない。

今後それに見合うものに与えるべきだと思う」

と、大真面目に言った。

そんな彼女に亜弓は「そんな大した物じゃないよ。今考えたとか言ってたし。もらっちゃいなよ」

と正直すぎることを言って、叢雲を絶句させた。

香湖は叢雲に言う。

「引退すると言うのは?」

「まあ、僕も一応この寺の跡継ぎだし、

そろそろ潮時だと思ってるんだ。親父もうるさいしね」

それを聞いた亜弓は不安げに叢雲を見て言った。

「え?お寺、ゲーム無くなっちゃうの?」

「いや、でも僕はあまりここには来れなくなると思う。

一寸修行に行こうと思うんだ」

「格ゲーの?」

「お坊さんの」

「似合わないよ」

「僕もそう思う」

「ここはどうなるんだよ?」亜弓は少し悲しげな表情で言った。

「無人でも構わないと思うけど、それじゃ何かと不備もあるから

僕の妹に任せようと思う。と言っても高校生だから、

何時もさせる訳には行かないけど」

と叢雲は意外なことを言った。

亜弓も目を丸くして驚く。

「若御院に妹がいたの?まさかさらって来るとかじゃないよね!?」

と可也失敬なことを言った。

「亜弓ちゃん、僕をどんな人間と思ってるんだ」

と叢雲はやや心外そうに言ったが続けて

「もともと、東京の中学に居たけど、

今度高校がこっちになったから戻ってくるんだ。

色々あったから少し遅れて来るんだけどね。

明後日くらいに来ると思う。

君達よりも一つ後輩だね。犀星高じゃないけど」

亜弓の顔は明るくなり、傍らの香湖に「楽しみだね」と嬉しそうに言った。

香湖も「そうだな」と同意した。

そこに丁度氷河と百合夏が来た。

叢雲は氷河と百合夏に「今日は香湖ちゃん来てるよ」と言うと、

四人を見回して、僕の妹苛めないでくれよ。と冗談交じりで言った。

そして「少し用事があるから僕は本堂に行くけど

帰るときはそのままにして行っていいからね」

と言う四人を後に御堂を出て行った。

亜弓は後から来た氷河と百合夏に「若御院に妹が居るんだって」と言うと

百合夏は「うん、聞いてたよ。楽しみだね。ね、氷河?」

と氷河に同意を求めたが氷河は不機嫌に「そうね」と答えただけだった。

そんな氷河とは裏腹に亜弓はなにやら想像しながら

「若御院に似てないといいね」と失敬な事を言ったが

香湖はそれには同意しなかった。





10

御堂の奥には大きめのテーブルと座布団が置いてあり休憩する場所が設けてあった。

テーブルには茶菓子や緑茶の葉などが用意されており自由に淹れて好いようになっている。

亜弓と百合夏が、そこでお茶を啜りながら叢雲の妹の事について楽しげに話している側らで、

香湖はサードをプレイしている氷河の小さな背中をぼんやりと見ていたが、

その後姿からは、なんとなく不機嫌そうな雰囲気が感じられた。

しkし氷河の不機嫌な理由が香湖には皆目見当が付きかねたので、

側らで亜弓と話している百合夏に、

「最近、氷河は何かあったのか?何時も不機嫌そうだ」と聞いた。

それを聞いた百合夏は笑いながら「多分、やきもち」と愉快そうに答えた。

この答えに香湖はますます混乱したが、それを察した百合夏は言葉を継ぎ足す。

「コーコ最近、何かと言えばスパ2をしてたでしょう?」

香湖は首を傾げ「それが何か関係あるのか?」と心底不思議に思い聞き返す。

その香湖の戸惑うような表情をみて、百合夏はクスクスと笑うと

「ほら、コーコと亜弓がその佐賀のデパートで逢った、桜って子いるでしょ?

コーコったらその桜を矢鱈に強い強いって褒めてたじゃない。

それで氷河は不機嫌なのよ」

香湖は納得しかねると言う風に腕を組み、

「別に私が誰を褒めようが氷河には関係ない事だろう?」と憮然と言った。

二人の話を珍しく黙って聞いていた亜弓は香湖のその言葉を聞くと

「カコって滅多に人のこと褒めないから、

ヤッパリ他人を褒めるのを聞くと嫉妬しちゃうよ。

カコは女心がわかってない!」と言い出した。

「少なくともお前の心はさっぱり分からん」と香湖は益々憮然とした。

百合夏は笑いながらまあまあと、香湖を宥めながら言った。

「最近、氷河、私に何時も言ってたよ。

香湖がスパ2ばっかりしてちっとも私と闘ってくれないって」

「言えばいいんだ。言えば幾らでも闘ってやる」

そう不機嫌に言って香湖は立ち上がると

氷河とは逆側の2Pの筐体の方に憤然とした体で歩いていき、スターとボタンを押した。

そうして豪鬼を選択すると、

「これでは、まるで私が無神経見たいじゃないか」と誰にも聞こえないように静かに呟いた。

氷河の氷のような表情には、嬉しげな微笑が浮かんだ。





11

香湖と氷河は闘った。豪鬼とケンは戦った。

香湖が勝利することもあれば、氷河が勝利する

こともあった。二人の実力は伯仲していた。互

いが互いの手を知り尽くしていた。

しかしその戦いは一つとして同じものは無い。

過去より今に至るまで全てが真新しかった。

似たような局面はある。しかしその時の心の

あり方は常に同じではない。

しかし氷河の表情は、いつも変わらず、

どんなに劣勢でも眉一つ動かなかった。

氷河の操るケンは、青い胴着を着ていた。

冷然たる青。それが氷河を表す全てだった。

純然たる理論の追求。それが氷河の純然たる

勝利の哲理であった。

リスクを最小限に抑える闘いは、冷徹なほど

実践され逸脱することは無かった。

その立ち回りは、派手さは無く、堅実で、

面白みが無かったが、純然たる美しさがあった。

それは数学的な美しさとさえいえた。

やがて幾十もの試合が終わり、二人は闘いをやめた。


闘い終えた二人は、同時に席を立ち上がる。

氷河は無言で香湖の元に来ると目の前で立ち止まり、

香湖を見上げるように顔を上げた。

長身の香湖と小さい氷河が二人が並ぶと、

親と子ほどの差があった。

氷河は美しくよく通る声で

「まあ、下手にはなってないわ。スパ2ばかりしてた割には」

と、多少皮肉を込めて言った。

それに対して香湖は

「氷河、私とサードがしたいのならしたいと

ハッキリ言ってくれ。

何も言わなかったら私には分からん」

とやや戸惑い気味に言った。

それを聞くと氷河は多少驚いたように目を丸くしその後

「別にそんな事思ってないわ!」と微かに眉を吊り上げたが、

「しかし」と言いながら後ろに座る百合夏の方を

振り向こうとする香湖を見ると

氷河は全てを察し顔を怒りの為か仄かに赤くして、

百合夏を睨みつけた。

百合夏は両手を合わせて謝るように頭を下げたが、

その顔には微笑が現れていた。

氷河は両手を腰に当て、ふんぞり返るような格好をすると

小さな肩を怒らせて香湖の方に向き直り

「大体、斗激の予選まであと2ヶ月もないと言うのに

貴方ときたら!

貴方が弱くなったら同じチームの私が迷惑するから、

心配してただけ。

別に貴方とサードがしたかった訳じゃないんだから!」

と怒りの矛先を香湖に向けた。

香湖は最早何がなにやら分からずただ

「すまない」と言っただけだった。



続く




12

4人はお堂のテーブルを囲み話していた。

亜弓と香湖は隣同士、差し向かいに氷河と百合夏が座っている。

百合夏と亜弓が楽しげにお喋りしており、その横で氷河は片肘を突き顎を押さえ、不機嫌に二人の会話を聞いていた。

そんな氷河の気を取り戻そうと百合夏は「そういえば氷河、あの二人組みの事、亜弓とコーコに言った?」

と話題を振るが、氷河は無言で首を振っただけだった。

しかしそれに亜弓が反応して「え?何の話?」と百合夏に尋ねる。

百合夏は微苦笑を浮かべ、確認するように氷河の顔を見ると氷河は話しても良いという意味だろうか、軽く頷いた。

それで百合夏は話し出す。

「最近、福岡の市内の有名なゲーセンに出没してるらしいの、サードの強い2人組の男が」

亜弓がふうんと相槌をうつ。

「一人は背の低い美少年のユン使い、そしてもう一人は二十歳位の春麗使いなんだって」

「その二人組み(一人で現れる時もあるらしいけど)何処のゲーセンでも連戦連勝だって

オセロットってゲームセンターしってるよね?」

「この前の上代って人たちのホームだよね?カコ?」

香湖は無言で頷く。

「噂ではオセガミとか言うそこの一番強い人もやられたんだって、そのユン使いに」

「オセガミ?変な名前」と亜弓は言った。

「オセロットの神の略なんだって」と百合夏は説明した。

「安易だよ。これは阿野寺神に匹敵する安易さだよ!」と亜弓は言った。

百合夏は阿野寺神?と目をしばたたかせた。

亜弓は簡単に阿野寺神について説明すると、

「その人たち何の為にそんな事するの?俺強いしたいって事?」

黙って聞いていた氷河は、亜弓のその気楽な意見に溜息をつくと

「噂では、九州の実力を試しにきた関東勢らしいわ。斗激の予選の為にね」

「自分の地元で出れば良いじゃない?なんでわざわざ?」と亜弓は疑問を口にする。

氷河は自嘲気味な笑みを浮かべると

「ここの予選区、関東ではなんて呼ばれていたか知ってる?」と尋ねた。

亜弓も百合夏も首を横に振る。

「フリーパス」

「フリーパス?」亜弓と百合夏は鸚鵡返しに言った。

「つまり関東のレベルの高いプレイヤーにとっては九州の予選なんて通過したも同然という訳よ」

と氷河は冷ややかに言ったが、それは自分を戒めるような苦い響きを伴っていた。

亜弓の表情からは笑みが消えた。

氷河は香湖に向かって言った。

「相馬、私の不安も分かるでしょう?私たちはアースガルドを倒し、久遠零を倒し、

何としても斗激に出るとあの時誓った筈」

香湖は無言で氷河を見つめると静かに頷く。

「だったら最近の貴方はなに?その佐賀のデパートで何にあったというの?」

氷河は嘲るような冷たい声で言った。

「我々に無いものを持つ者だ」

「それがその桜だというの?」

香湖は頷く。

「見損なったわ。相馬。そんなものを当てにする貴方を!」

そう言うと氷河は静かに立ち上がった。

「私は帰る。相馬…私は…」

何かを言いかけた氷河はしかし言葉を飲み込み、踝を返し香湖たち三人を後にした。

百合夏は慌てて氷河を追うように立ち上がると香湖と亜弓を振り返り

「私ももう行くね。明日になったらいつもの氷河に戻ってるよ」

と笑みを浮かべながら言うと、忙しなげに氷河を追いかけていった。

亜弓は不安げに香湖に言う。

「カコ、百合夏の言うとおりだよね、氷河大丈夫だよね?」

しかし香湖は其れには何も答えず、

立ち去った氷河と百合夏が出て行った扉を見つめたままだった。

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