第六章 本当。
喫茶店の前に一人背の高い青年が立っていた。
通り過ぎ様にたくさんの女性たちが振り返る。
その視線の先には青年。
短い黒髪を風になびかせ、ゆっくりと女性の方を見る。
そして目の合った女性達はそそくさと行ってしまう。
それを見て、青年は。
「はぁ…。」
青年、もとい緋鶴(女)は喫茶店の前で武坂を待っていた。
「篤宮!」
「武坂、遅いぞ。」
「わりぃ。」
そう言うと二人は喫茶店へと入っていった。
カランコロン…
「いらっしゃい。あら、智之くん。」
「こんにちわ、皐月さん。」
「?」
首を傾げる緋鶴を見て、皐月と呼ばれた女性は武坂に問う。
「誰?この男の子。可愛いわね。」
と笑顔で言う皐月に悪気は無い。
「あ、こいつは篤宮緋鶴。前に言ってただろ?バイトに来る女の子の話。」
「えっ、女の子?!あら、ごめんなさいね…私ったら。」
「気にしないで下さい、もう慣れてますから。」
そういう緋鶴の表情は苦笑していた。
「緋鶴ちゃん、大丈夫かなぁ。」
ずずーっとジュースをストローから吸い上げ、飲み干すと真央は外を見た。
「だーいじょうぶだって。緋鶴だよ?何かある方がおかしいって。」
とけらけら笑う有美は本当に心配している真央に気づく事は無い。
「緋鶴ちゃん、武坂が好きなのかな…。」
「篤宮さん、智之くんと付き合ってるの?」
「へっ?まさか!私こんな体ですよ?男と付き合った事なんてありませんよ。」
笑いながら言う緋鶴を疑うように見て、それからすぐにこっと笑うと皐月はまた手を動かし始めた。
「緋鶴ちゃん、バイトの曜日好きなの選んでおいて。」
「え?いいんですか?」
「うん、ここは大体特定の人しか来ないし。好きなときに手伝ってくれればいいのよ。」
「じゃあ、月曜と木曜でお願いしていいですか?」
「えぇ、いいわよ。」
にっこりと笑う皐月さん。
「これで他の日は真央と遊んでやれるな。」
緋鶴は苦笑した。
「じゃあ、ざっと仕事は教えたから来週からお願いね。」
「はい、よろしくお願いします!」
「皐月さん、俺も篤宮と同じ曜日に来るから。」
「わかったわ。」
カランコロン…
「皐月さんは俺の叔母なんだ。と言っても22歳だけどな。」
「優しそうだな。」
「あぁ。」
武坂が微笑む。
「お前、皐月さんが好きなのか?」
「は?!あ、あー…。いや、今は違う。初恋、だったな。」
初恋。
「へぇ〜。初恋ねぇ〜。」
「でも、今は…。」
今は…?
「ひーづーるーちゃーーーんーーーー!!!!!!!!!」
真央の声が遠くから聞こえてくる。
「真央??」
トテトテと走ってきてうるうると目を潤ませる真央。
「ど、どうした??」
「緋鶴ちゃん、武坂に何かされなかった??」
「は?」
「ばっ、バカか!何もするわけねぇだろ!!」
顔を真っ赤にして武坂は怒鳴る。
「何を心配してるんだ?」
キョトンとした顔で緋鶴は真央を見る。
「…帰ろっ!一緒に!二人で!武坂ばいばい!緋鶴ちゃんは僕と帰るんだから…!」
そう言うと真央は緋鶴の手を取り歩き出す。
「お、おい!あ、ゴメン武坂!じゃ、またな!」
「…何だよ、それ。」
「真央、どうしたんだよ。」
「どうしたって…緋鶴ちゃんが心配だったんだよ!」
そう言うと真央は緋鶴に抱きつく。
…かと思ったらわんわんと泣き出す。
「…は?」
「だって、緋鶴ちゃ…武坂が好きなのかと、思って…!そしたら…僕と遊んでくれなくなっちゃう!」
「…あー、はいはい。わかったから。」
緋鶴は真央の頭を撫でながら上を向かせる。
「大丈夫だって。真央の相手はしてやるし、武坂と何かあるわけじゃないんだから。」
「…本、当?」
「嘘ついてどうすんだよ。」
「うんっ…!」
真央の満面の笑みは、緋鶴の顔を緩ませた。