嬰姫
——時は数日ほど遡る。
「書き物をするゆえ下がるように」
主人の言を受けた侍女たちは、一分の隙もない洗練された動きで下がっていく。
侍女たちを下がらせると、少女は鏡台の前に座り、からくり仕掛けになっている引き出しの奥から簪をそっと取り出し、細く長い息をついた。
黒漆が丁寧に塗られ、光の当たり具合で虹色にも見える螺鈿細工が施されたその簪は非常に美しい。
だが、簪を見つめる少女の表情はというと、とてもではないがそのような美しい物を愛でるようなものではなく、どこまでも陰鬱に沈んでいた。
そうして俯いていると、小柄な体がいっそう小さく見えるようだ。
白くまっさらな傷ひとつない肌に、まっすぐ伸びた艶のある美しい射干玉の髪。切れ長の目も涼やかに、すっきり通った鼻筋。ぽってりとした唇には桜色の紅がさしてある。匂い立つように仄かに漂う色気。
巷でも大層美しいと評判の嬰姫であった。
少女とは言っても、十六ともなれば結婚していても可笑しくは無い。高貴な姫ならば尚の事。
来年十六になるこの少女も多分に漏れず、春頃に結納も済ませ許嫁となった男とは1年後に結婚式を控えている。
家同士で決められた政略結婚であったが特にこれと言って不服も無く、結婚とはこういうものであると粛々と準備を進めていた。
準備は滞り無く進められていき、このまま何事もなく式の日を迎えると思われた。
そんな矢先にことは起こった。
許嫁の男が遊女に入れあげている事が発覚したのだ。




