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第二話 あさひの場合—①

 「由々しき事態だよ……ゆうちゃん」


 時は、講義の合間の隙間時間、いつもの学食のテラスで、私はそう重々しく呟いた。


 対面のゆうちゃんは、いつもの豆乳オレをすすりながら、不思議そうに首をきょとんと傾げてた。


 「……どうした? 推しの限定版CDでも失くしてしまったのかい? それか秘密の段ボールがまひるに見つかったりしたのかい?」


 「……そんなことがあったら、私はもっとちゃんと発狂してるから、大丈夫。……そこまで深刻な事態ではないけれど、まあでも由々しき事態なんだよ、ゆうちゃん」


 私の言葉にゆうちゃんはふむと頷いて、どことなくぼーっとした表情のまま改めて私の方に向き直る。


 対する私は精一杯まじめな顔をして、手を目の前で組んで、深刻なポーズをこころみる。なんならサングラスでも掛けたい気分だ。


 「で、深刻な事態とは?」


 そう小さく声を潜めて尋ねてきた彼女の声に、私は神妙な面持ちでゆっくりと頷いた。





 「最近、…………まひるちゃんが反撃してくる」





 「………………詳しく話を聞こうか」


 てなわけで、私とゆうちゃんの愛してるゲーム作戦会議が始まった、そんな午後の頃でした。ちなみに、まひるちゃんもよぞらちゃんもまだ講義が入ってる時間だから、しばらく顔を出すことはないはずだ。


 とりあえず、私は少し前におこったまひるちゃんとのやり取りを、あらましで喋ってみる。喋ることでちょっと自分の暴走具合が可視化されて、恥ずかしくもなるけれど背に腹は代えられない。


 「―――というわけで、ちょっと手痛い反撃を貰ってしまいまして」


 「そっか、まひるも随分と成長したものだね。ネコがタチに回る展開は個人的には好物だけれど、あさひとしてはそれが納得いかないと」


 「う、うん、まあ、ちょっとねー、このままではいかんと思ってるんじゃよ」


 というか、普通に攻め側に回ったまひるちゃんが強すぎるといいますか。私より高めの背丈と、細身で綺麗な私好みのお顔と、脳に響くような低音のハスキーボイスがあまりにも私に対して攻撃力が高すぎる。このままでは、3連勝も束の間、私がストレートで10連敗してお願い達成なんてこともあり得てしまう。


 「ふむ……方法もなくはないけど、やっぱりあさひとしては先に10勝して何かお願いしたいのかい?」


 ゆうちゃんはそう言って、豆乳オレのストローだけ抜き取って、探偵が持つ煙管みたいにぷひゅーぷひゅーと吹いていた。私はうむむと考えながら、必死に答えを探す。


 10勝したら―――なんでも一つお願いできる。


 それはこのゲームを始めるときに、ゆうちゃんと二人で決めたこと。


 ただゲームをやるだけじゃつまらない、何か目標があった方が張り合いがある。


 そう想って、適当につけた条件ではあるけれど。


 「…………」


 ちょっとだけ考える。


 今、3勝してるからあと7回勝てば、まひるちゃんに何かお願いができる。


 何でも、一つ。


 もちろん、良識の範囲に収まる範囲でのことではあるけれど。


 もし、何でも叶うなら、私は何を彼女にお願いするんだろうか。



 もう一度、『   』を。



 しばらく考えて、ふっと湧いて出た一つの言葉は、突拍子もなくて現実味もないお願い。


 実現するのは難しくて、何より、きっと、この願いを口にすれば、まひるちゃんが大事にしているものを傷つけてしまう、そんなお願い。


 ………………それはやっぱりだめだよね。


 ふうと軽く息を吐いて、組んでいた腕を解いた。


 ちょっと自分の中に漂った、よこしまで自己中心的なお願いを、そっと頭を振って追い出していく。


 「…………うーん、そんなにないかな。でもまあ、できるなら勝ちたい……くらいの気持ちかな」


 そう言った私を、ゆうちゃんはじっと見つめたまま、やがてゆっくりと頷いた。


 「そうか、あさひがそう言うなら、……そういうことにしておこう」


 もしかすると、彼女には私の本当のお願いを察せられてしまっているかもしれないけれど。


 そこをあえて触れないでいてくれているようにも見えた。いやあ、我ながら友達には恵まれていますな。


 ゆうちゃんはぷひゅーっとストローからゆっくりと息を吐いて、そっと豆乳オレにストローを帰還させる。


 「ありがと、ゆうちゃん」


 そんな私の言葉に、ゆうちゃんは静かにうなずいて、うーんと改めて考えるようなポーズをとる。


 そこからは私とゆうちゃんの、対まひるちゃん作戦会議。


 「それで、あれだね、まひるに対するカウンター作戦だったね」


 「そうだよ、攻め攻めのまひるちゃんをぼかーんと一発いわしちゃうのだ。なんかないかな、ゆうちゃん監督」


 「なるほど…………そうだね、一肌脱ぐかい? 物理的に」


 「そっか、……いや、脱がないよ?!」


 「下着姿にでもなって誘惑すれば、まひるなんて一撃だと思うんだけどね」


 「私なんか脱いでもまひるちゃんが動揺してくれるわけないじゃん。一緒に暮らしてるから見慣れてるよ……それより、もっとこうテクニック的な、駆け引き的な作戦はないですか、監督」


 「駆け引きねえ……、見えそうで見えない感じ? チラリズム?」


 「一回、脱ぐところから離れよっか、監督……」


 「こう、偶然手が大事なところにあたるとか、ふとした事故でキスしてしまうとか、着替えてる時にばったりとか」


 「……監督それもう、監督の新刊の話になってるよね?」


 「駆け引き……駆け引きって何だ? 普通の駆け引きって……? ダメだ、媚薬飲ませるとか、実は遺伝子的に求め合わないといけないとか、しないと出られない部屋に閉じ込めるとかしか出てこない……」


 「……えっちなのばっか描いてるからだよ、監督」


 なんてやり取りをしたのちに、悶々とする監督と共に、どうにか物理的に脱ぐ以外の作戦を考えたのでした。


 作戦を思いつくのに、その休み時間丸々使ったりしましたが……。


 ふふふ、待ってろよまひるちゃん、やられっぱなしのあさひではないのだぜ。




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