第二話 あさひの場合—②
というわけで、熟考の末、夜のいつもの時間を迎えたあさひです。
今宵の私は普通でない。
具体的にどこがとかは別にないけど普通でないのだ。
お風呂上がりのいつもの時間。
前まではまひるちゃんが油断してる時間だったけど、ここ数日はさすがにちょっと警戒されている。私がお風呂からあがっても、それとなく、こっちに視線をちらりと向けてきている気がする。
さすがにこのままでは、愛してると言っても、動揺してはくれないでしょう。
そして迂闊に近づいてしまえば、手痛い反撃を貰うことは、この前の件で学習済み。
となると残された方法は。
「ねえ、まひるちゃん」
名前を呼ぶ。
「…………なに、あさひ」
クッションに座ったまひるちゃんは、胡坐をかきながらこっちをちらりと見るけれど、眼には少しばかりの緊張感。やはり、まだ身構えていますなこれは。
「まーひーるちゃん」
「………………なに」
あえて遠くから、にまにま笑って呼んでみる。愛してるって言ってないから、まだゲームは始まってない。私はただ名前を呼んでるだけ。
「まひーるちゃーん」
「………………もしかして遊ばれてる?」
ふふ、さてさてどうでしょうね。君は少し怪訝そうな表情だけど、さすがにちょっと気が抜けてきたのか、強張っていた肩から力がゆっくりと抜け始めて、表情もちょっといつもの顔に戻りかけてる。
「まーひーる、ちゃん、ちゃん」
「はいはい、まひるちゃんですよ」
そうして君は軽く息を吐くと、ふっと身体の力を抜いて、スマホにそっと視線を落とした。
ふふ、チャンス。
こそっとそろっと、足音を立てないように爪先からゆっくりと。
小さく距離を詰めて、スマホを覗く君の傍までそっと歩み寄る。
警戒されているのなら、警戒が解けるまで待ってしまえばいい。
君はすぐ後ろに立つ私に気づかないまま。
そして、距離を詰めて反撃されるなら。
「あーいしてる」
「ひゃん!!??」
耳元でふっと、息がかかるくらいの距離でそっと。
君に愛を告げてみる。
すると大慌てで君が振り向くから、私はぴゅーっと一目散に退散する。ステップを踏んで軽やかに、咄嗟に君の伸びかけた手をすり抜けるように。
ふふふ、これがゆうちゃんと考えたヒットアンドアウェイ大作戦だよ。
近づいて捕まるなら、その前に離れてしまえばよろしい。
警戒されて、反撃されるなら警戒がなくなるまで待てばよろしい。
キッチンまで避難して、にこにこと笑う私に向けて、君はどことなく紅くなった顔でそっと耳元を抑えてる。ふふふ、今の声はなかなかいい反応だったけど、勝負をつけるにはもうちょっと照れさせないとダメかなー。
「あーさーひー……」
待っていてはダメだと思ったのか、君はゆっくりと立ち上がると距離を詰めてくる。
あわわとちょっと慌てたけれど、するっと君の脇を抜けて、私はリビングまでほっぷすてっぷ、ジャンプはしません。ご近所迷惑になっちゃうからね。
ふふふ、高校時代体育2の機動力を見たかね。鴨川のオオサンショウウオとは私のことだよ。まあ、まひるちゃんが本気になったら、多分すぐつかまっちゃうんだけどね。サンショウウオ動くの遅いから。
まひるちゃんと入れ替わりに、リビングに戻ってクッションの陰に隠れて様子を窺う。君はまだ少し顔が紅いけど、どことなくむっとした表情でこちらを見てる。
ふふふ、この1ヶ月でわかってきましたが、あれはこれ以上照れないように表情を抑えている顔なのです。ということは、もうちょっとというわけですね。
「どしたの、まひるちゃん、そんな怖い顔してさ」
「あさひが、からかってくるからでしょうが……」
そういう君はどことなく声も感情を押し殺そうとしている感じ、残念、その程度では隠せませんよ。
「えー、私愛してるゲームしてるだけだよ? なんで追ってきちゃうのさ」
「それは……そっちが……」
ちょっと返事に困った君に、畳みかけるように笑いかける。
「だって、まひるちゃんが言ったんだよ? 近づいたら火傷しちゃうぞって。となると近づかずにやってみるしかないじゃないですか」
「そうだけどさ……」
そんな私の屁理屈に、君はどうにも何とも言えない顔。うむむ、そろそろ攻め時かな?
「じゃあ、近づいてもいいんですか?」
そう言って、すっと立ち上がってみる。
君が気圧されて、ちょっと後ずさるのを見逃さず、ゆっくりゆっくり距離を詰める。
手を伸ばしても届かない距離から、お互いが手を伸ばしたら届くくらいの距離まで。
そこからさらに、どっちかが手を伸ばしたら届く距離まで。
それからもっと、少し手をかざすだけで触れられるとこまで。
そして、その気になれば身体と身体が触れあう場所まで。
ゆっくりと、ゆっくりと。
野良猫が、差し出されたえさに恐る恐る近づくようにゆっくりと。
君から手が伸びてこないことを、確かめながら距離を詰める。
ちょっと上目づかいに君を窺えば、君は思わずちょっと後ずさる。
―――もう一押しってところかな。
「近づいたけど、火傷しなくていいの?」
「…………あさひ」
それからちょっとだけ顔を寄せて、囁くように君の耳元に唇をそっと寄せる。
「あいしてるよ」
「………………っ」
言祝ぐように。
「好きだよ、まひるちゃん」
「………………くぅ」
愛でるように。
「ほんとはね、抱き着きたいけど、我慢してる。火傷しちゃうからね、でもそれくらい好きだよ」
「………………うぐ」
願うように。
「大好き、ほんとはずっとずっと前から大好き。できるなら、一杯くっつきたいな。ぎゅっと抱きあって、できたらずっとそのままで」
「………………ぐぬぬ」
まるで、ホントの愛を告白するように。
「あいしてる」
「……………………うう」
そう告げた。
真っ赤な君はそのまま蹲って、顔をうずめているけれど。
ふふ、そんな姿も可愛いね。
「今日は私の勝ちでいい?」
「………………どーぞ。……敵うわけないってこんなの」
そうして君から、そんな漏れ出るような言葉を聞いて、私はにんまりと笑みを浮かべるのでした。
ふふふ、やっぱりこのゲームだけは、私天才かもしれない。
そのまま、しばらくまひるちゃんの復活に時間はかかったけれど。
私は大満足な、夜風も涼しい五月も末の頃でした。
あさひ『作戦勝ち!! ヒットアンドアウェイ大作戦で勝ったよ、ゆうちゃん!!』
ゆう『いや、あさひのポテンシャルあってこそだよ。私は眠れる獅子を起こしたにすぎないさ』
まひる『いや、まじでとんでもないから、一回やったらわかるから、やばいから』
よぞら『へえ……そこまで言うなら、興味出てきたかも、あさひ今度私とやってみる?』
まひる『……わたし、おまえ、しばく』
よぞら『やってみろって言ったんあんたのくせに、なんでキレてんのよ……』
※
本日のリザルト
あさひの勝ち!(破竹の四勝目!!)




