43話 ジョシュア視点⑤
俺のセアラへの気持ちがオリバーや父に知られていたと知ったのは、いつだったか。
父と姉との3人だけの食事の際に、突然父が言った。
「初恋の少女が秘書官になって、よかったな」
そんな言葉を言われたような気がする。
ニコニコと嬉しそうな父と、目を丸くして驚いている姉の姿が頭の隅に残っている。
「……なんのことでしょう?」
「とぼける必要はない。彼女が昔古い教会で会っていた少女だということは知っている。……というか、そのためにバークリー家へ挨拶に行かせたわけだしな」
「…………は?」
最初はなんとか冷静を保てていたが、この言葉にはさすがに動揺してしまった。
なぜ父が古い教会で会っていた少女のことを知っているのか?
なぜその少女がセアラだと知っているのか?
なぜ俺がバークリー家に行く前から、その少女がバークリー家の娘だと知っていたのか?
……オリバーめ。
あいつ、最初からあの少女がバークリー家の娘だと知っていたのか。
俺が少女と会っていたことを知っているのはオリバーだけだ。
そして、いくら身なりのいい貴族の娘だとしても、俺が正体不明の者と会っていることを認めるはずがない。
おそらく初めて会ったあと、すぐにその少女のことを調べたのだろう。
あの頃はあまり周りが見えていなかったし、何かを深く考えたりもしていなかった。
今考えれば、当然のことだな。
……だからって、それを全部父に話していたのは許せないが。
それに、もう1つ気になることがある。
先ほど父はセアラのことを『初恋の少女』と呼んでいた。
……なんで知ってる?
これに関しては、オリバーにすら言ったことはない。
オリバーすら知らないことを、なぜ父が知っているのか。
俺は頭の中でその答えに気づいていながら、それを認めたくなくて小さくため息をついた。
オリバーめ……全部お見通しだったのか。
俺が毎週欠かさず古い教会に通っていた理由も。
俺がアイリス嬢を秘書官から外したかった理由も。
全部知っていて協力をしてくれていたオリバーに、感謝の気持ちと少しの苛立ちを感じる。
まあ、この苛立ちは単なる羞恥心からきてるものだが。
「ジョシュアはあの秘書官が好きなの!? 初恋って、いつから!?」
何も知らなかった様子の姉が、興奮気味に体をテーブルの上に乗り出した。
俺の初恋の話がそんなに興味あるのか? と冷めた目を向けたが、姉の瞳はキラキラと眩しいくらいに輝いている。
面倒なヤツに知られたな……。
「……言っておくけど」
「何? 何?」
「もしセアラに何か余計なこと言ったら……どうなるかわかってる?」
ニヤけた顔をしていた姉が、ヒュッと真顔になった。
父は素知らぬ顔で食事を続けているが、どこか『しまった』と思っているような気まずそうな空気を纏っている。
「ど、どうなるか……って、どうなるっていうのよ!?」
「さあ。それは俺の口からは言えないよ」
「…………!!」
真っ青になった姉は、小さな声で「何も言わないわよ!」と言いながら姿勢を正して椅子に座り直した。
これだけ脅しておけばいいか。
遠回しに父に対しても牽制できたし。
家族に自分の恋愛事情を知られているのはなんとも居心地が悪いが、仕方ない。
特に反対されてはいないようだし、無理に他の女と婚約させられるより良かったかもしれない──そんな風に思っていた。
反対どころか、父や姉が俺のために行動してくれていたと知ったのは、セアラと姉が俺の妃候補の件で話しているのを盗み聞きしていたときだ。
あの頃の俺は、なぜ父は妃候補の中にセアラを入れなかったのかと苛立っていた。
俺の気持ちを知っているのに。
セアラなら人柄も家柄も何も問題ないはずなのに。
わざわざセアラを外した理由がわからない。
結局、父はセアラを候補者に入れていたが、セアラが勝手にその書類を抜いていただけだったというのがわかった。
セアラが勝手に書類を抜いてしまったのは予想外だったが、父もセアラを妻にと望んでくれているのはわかったし……あとは今の状況からどうやってセアラを候補者に戻そうか。
好きだと伝えても信じてもらえないし、できることならセアラの同意を得てから候補にしたい。
どうすればいいのか……そんなことを考えているときに現れたのが、フレッド殿下だった。
セアラの姉の義弟にあたる人物。
なぜか今頃になってバークリー家に挨拶に来たらしい。
しかも、その理由を本人が「セアラに一目惚れしたから」なんて言っていた。
あの無愛想王子……!
本気でセアラを狙ってきたのか!?
常に無表情のフレッド殿下は、何を考えているのかまったくわからない。
だが、そんなウソをつくような人ではないことくらい知っている。
……だからこそ、こんなにも心が乱されているのだ。
「もし、フレッド殿下がセアラに求婚したら……」
セアラは結婚相手を探すために秘書官を辞めたいと言っていた。
まさに望んでいた展開であり、断る理由なんてないだろう。
どうしたらいいんだ……!?
セアラは俺のことを『男』ではなく『殿下は殿下だ』と言っていた。
もし俺が本気でセアラを妃候補にと言ったとしても、フレッド殿下との結婚を望む可能性が高い。
立場上仕方なく俺を選ぶかもしれないが、セアラの心にフレッド殿下と結婚したかったという思いが少しでも残っていたら、正直心穏やかではいられない。
そんな自分勝手な理由で、フレッド殿下からセアラへの面会要請はすべて断った。
会わせたくない。
ただそれだけだった。
それなのに、2人は偶然王宮で出会い、仲睦まじく話していた。
まるで俺の邪魔は2人の障害にすらならないと言われているようで、2人は運命の相手なのだと見せつけられているような気がして、ひどく落ち込んだ。
フレッド殿下から『セアラに求婚する』といった内容の手紙が届いたのは、その3日後だった。
なぜわざわざ俺にそんな報告をしてきたのかはわからないが、フレッド殿下の誠実さを見せつけられたようだった。
セアラはなんて答えるんだ?
行かないでほしい。行かせたくない。
昼間からずっと抱えていたこの思いが我慢できなくなり、俺は一度出た執務室へと引き返した。
本当は命令してでも行かせたくない。
フレッド殿下に会わせたくない。
……行かないでくれ。
しかし、こんな大事なときに限っていつものように自分の意思を無理やり押しつけることができなかった。
「冗談だ」
そうセアラにウソをついた俺は、不安と後悔で眠れぬ夜を過ごすことになった。