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44話 今さらどう伝えればいいの?


「……よし」



 いつものように秘書官の制服に着替えた私は、襟元で光るブローチを見てにっこりと微笑んだ。


 初恋の男の子にもらったブローチ。

 小さい頃はよくつけていたけれど、大人になってからつけるのは初めてだ。




 うん。なんだか勇気をもらえそうな気がする!




 ジョシュア殿下が好きだと自覚した私は、この気持ちを殿下にどう伝えればいいのかと考えていた。

 今さらどんなタイミングで伝えればいいのか、まったくわからないのだ。




 いきなり好きですって言うのもおかしいわよね?

 どうすればいいのかしら……。




 頭の中でぐるぐる考えながら執務室に向かうと、すでにジョシュア殿下が仕事をしていた。

 こんなに朝早くから殿下がいるなんて非常にめずらしい。



「おはようございます。ジョシュア殿下。今朝はお早いですね」


「ああ」


「!?」



 そう言って顔を上げたジョシュア殿下の目の下には、真っ黒なクマができていた。

 爽やかさを失われたボロボロの王子は、生気のない目で私を見上げる。



「殿下!? どっ、どうされたのですか!?」


「何がだ?」


「何がって、クマがひどいですよっ! 顔色も白いですし、体調が悪いんですか!?」


「いや。ただの寝不足だ」




 寝不足!?




 私はジョシュア殿下のチェックしている書類をチラッと見た。

 何時から仕事をしていたのか、だいぶ先の仕事にまで手を出している。




 これなら今日はやらなくても大丈夫だわ!




「殿下。本日は会議もありませんし、お休みしましょう」


「平気だ」


「でも……そのままでいたら、倒れてしまいますよ」



 ジョシュア殿下の手に触れてその動きを止めようとすると、殿下がピクッと反応してペンを落とした。

 ここぞとばかりに拾い上げてペンを後ろ手に隠す。



「……返して。セアラ」


「嫌です。休んでください」


「平気だって言って……」



 そこまで言ったジョシュア殿下が、目を丸くして言葉を止めた。

 何かに気を取られたかのように、一点から目を離さない。



「ジョシュア殿下?」


「それ……」


「え?」


「そのブローチ……」



 ジョシュア殿下が見ていたのは、私の襟についているブローチだ。

 口をポカンと開けたまま、このブローチを凝視している。




 これを見ていたのね。

 すごく驚いてるみたいだったから、何かと思ったわ。




「このブローチがどうかされましたか?」


「……いや。つけているのを初めて見たから。……誰かからの贈り物か?」


「はい。私の大好きなお友達からの贈り物です」


「!」



 笑顔でそう答えると、なぜか殿下はプイッと私から顔をそらした。

 顔を見られたくないのか、頬杖をついて顔を隠しているように見える。




 ???

 何かしら?




「……そうか」


「はい」


「ところで、セアラ。昨日は…………いや。なんでもない」


「…………?」



 様子のおかしい殿下に首を傾げていると、突然殿下がガタッと立ち上がった。

 顔は私からそらしたままだ。



「……寝る」


「は、はい」



 それだけ言うと、殿下は私を見ないまま執務室を出ていった。




 ……なんだったのかしら?

 それに、いつも健康的な殿下が寝不足だなんて……。




 そのとき、実家に帰ろうとしている私に「行くな」と言ってきた昨日の殿下の姿が思い出された。




 まさか、私のことが気になって寝れなかった……とか?




 少しの自惚れと、少しの期待。

 殿下の寝不足の原因が自分だなんて、なんとも図々しい考えだ。



「でも、そうだったら嬉しいなんて思ってる私はひどい女ね」



 ポツリとそう呟くなり、私は本日のスケジュールを確認した。




 *




「セアラ! 今日ジョシュアが休んでるって本当なの?」

 


 誰もいない執務室で書類の整理をしていると、マーガレット王女が勢いよく入ってきた。

 王女は今日も元気いっぱいだ。



「はい。寝不足らしく、休んでもらっています」


「そうなの」




 ……まぁ、殿下のことだから午後には戻ってくる気がするけど。




「トユンはいないの?」


「トユン事務官は外の業務に出ています」



 キョロキョロしていた王女が、私の返答を聞くなりその黄金の瞳を輝かせた。

 誰もいないこの状況を喜んでいるみたいだ。



「そう。ところで、ジョシュアの妃候補の件はどうなったのかしら?」


「……あれからまだ何も進展しておりません」


「そうなのね。あのね、父とも話し合ったのだけど、やっぱりセアラの書類を候補の中に入れてもらおうと思って」


「え?」



 目を丸くした私に、言い訳するかのように王女が口早に説明していく。



「だってね、あの候補者を選んだのは父だから! やっぱり本人とはいえ、勝手に書類を抜くのは良くないと思うのよね!」


「…………」


「べっ、別にジョシュアのためとか、何か裏があるとかじゃないからね!?」




 私を、殿下の妃候補の中に入れる……?




 あわあわと慌てている王女を見ていると、なんだか自分の気持ちを正直に話せるような気がしてくる。

 ウソの苦手な王女に感化されたからかもしれない。



「…………いいのでしょうか?」


「え?」


「今さら私の書類を候補に入れても……」


「…………」



 小さい声で問いかけた私を、王女はめずらしいものでも見るようにジッと見つめた。

 まるで『これは本物のセアラ?』とでも思われていそうな顔だ。




 な、なんでこんなに見られているのかしら?




 なぜか恥ずかしくなり、王女から目をそらして俯いてしまう。

 一瞬時が止まったかのように動かなくなっていた王女が、ゆっくりと尋ねてくる。



「……それは、候補の中に入ってもかまわないってこと?」


「……はい」


「それって、もし選ばれたらジョシュアと結婚してもいい……ってこと?」


「は、はい」



 そんなに改めて聞かれると、カアアッと顔が赤くなってしまう。

 以前とはあきらかに違う私の反応を見て、マーガレット王女が歓喜の悲鳴を上げた。



「やったわ――――!!! あのセアラが!!!」


「!」


「私もお父様も、できることならセアラの気持ちを無視することなく結ばれてほしいと思っていたのよ!! でも、ジョシュアがあんな態度ばっかりしてるから……!」



 よほど嬉しいのか、王女は心の内をすべて曝け出すかのように口に出しながらクルクルと回り出した。

 ドレスがひらりと舞い上がってダンスを踊っているみたいだ。



「やったわ!! 10年以上の片思いがやっと実るのね!!」


「…………え?」




 10年以上の片思い?




 舞い上がっていた王女は、ハッとして動きをピタリと止めた。

 自分の口を手で押さえ、気まずそうに私を見る。



「10年以上の片思いって……どういうことでしょうか?」


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