24話 私と会った男性を追放するのはおやめください。殿下
「……そうか。それは誰だ?」
先ほどより数段低くなった声で、ボソッと尋ねられる。
何? なんだか答えてはいけないような空気だわ!
その相手を知ってどうするつもりなの?
「き……聞いてどうされるのですか?」
「この国から追放する」
「ええっ!?」
「……なんて冗談だよ」
「…………」
絶対に冗談じゃないですよね!?
不敵な笑みを浮かべたジョシュア殿下の言うことが冗談ではないことくらい、長年一緒にいる私にはわかる。
これは本気のときだ。
でも、なんで!?
なんで私が会おうとした人を追放するの!?
「それはおやめください!」
「冗談だって言ってるだろ? それに、その相手が誰かまだ教えてもらってないんだけど」
「そんなことを言われたら余計に教えられません!」
この国の由緒正しいご令嬢たちを追放させるわけにはいかないわ!
ジョシュア殿下は目を細めて私を見据える。
「そんなに大事な男なのか?」
「…………男?」
キョトンとした私を見て、ジョシュア殿下の黒く重い空気が少しだけ緩んだ。
「……男じゃないのか?」
「……違いますが」
「…………」
「…………」
え? 殿下は私が夜会で男性に会うと思っていたの?
同じくらい目を丸くしているジョシュア殿下は、改めた様子で再度同じ質問をしてきた。
先ほどとは違い、空気が軽くなっている。
「じゃあ、誰に会おうとしていたんだ?」
「追放しませんか?」
「ああ。男じゃないならね」
……なぜ男性だと追放するのよ。
そんな疑問は胸にしまい、私は正直に答えることにした。
相手は女性だから追放される心配はなさそうだ。
「候補のご令嬢たちにお会いしたかったのです」
「ご令嬢?」
「はい。殿下の妃候補になる方々の性格面も知っておきたかったので、夜会に行けば会えるかと……」
「…………」
仮面越しに見えるジョシュア殿下の瞳は、ずっと丸くなったままだ。
あのジョシュア殿下がポカンとして立ち尽くしている。
……どうしたのかしら?
そんなことで俺の命令を無視したのか? って言われると思っていたのに、呆然としているみたいだわ。
「セアラが俺に隠れてまで夜会に参加しようとしたのは、妃候補の令嬢に会いたかっただけ?」
「? はい。そうです」
そう私が答えた瞬間、ジョシュア殿下は自分の口元を手で隠しプイッと顔を横にそらした。
目元は仮面をつけているし、口元は隠されている。
今ジョシュア殿下がどんな顔をしているのかは見えないけれど、心なしか耳が少し赤くなっている気がする。
「……殿下?」
「こっち見るな」
「???」
見るなと言われたなら見るわけにはいかない。
私は首を傾げながらジョシュア殿下から視線を外した。
なんなの?
気のせいかもしれないけど、もしかして殿下……照れてる? まさかね。
照れる理由もないし、あの殿下がそんな普通の人間みたいな反応を──。
「セアラ」
「はっ、はい!?」
心の中で殿下の悪口を言っていただけに、過剰に反応してしまった。
「今夜は仮面舞踏会だけど、妃候補の令嬢がわかるのか?」
「……いえ。来るべき夜会を間違えたと思っております」
「……だろうな」
ジョシュア殿下は呆れたようにはぁーー……っと大きなため息をついた。
同時に「よりにもよって仮面舞踏会に来るとは……」と聞こえた気がしたけれど、声が小さすぎてハッキリとは聞き取れなかった。
ただ、先ほどまでの怖いオーラは感じない。
機嫌……治ったのかしら?
ジョシュア殿下の様子を見て、ずっと気になっていたことを聞いてみる。
「あの。殿下はなぜここにいらっしゃるのですか? 今夜の仮面舞踏会には参加されないはずでは?」
私の質問に、ジョシュア殿下はニヤッと口角を上げた。
なんだかいつもの殿下に戻ったような気がする。
「うちの秘書官がここに来るんじゃないかと予測していたからね。まぁ、俺がダメだと言ったから来る可能性は低いと思っていたんだが、まさか本当にいるとはね」
「…………」
嫌味たっぷりな回答に、私は何も言い返すことができない。
「夜会が初めての秘書官が心配で見守っていたら、変な男に連れ去られそうになっていたから仕方なく助けに入ったんだよ」
「……ちょ、ちょっと待ってください」
今の言い方だと、まるで──。
「見守っていたって、いったいいつから……」
「ん? いつからかな? セアラが壁の花になって、目をキラキラさせながら周りを見ていたところからかな?」
それって最初ですよね!?
え!? ここに来たときから、すでに殿下に見つかっていたということ!?
「まさか……私を見張るためだけに、わざわざここに来たんですか?」
「見張るだなんて言い方が悪いなぁ。心配で見守っていたって言ってるだろ?」
説得力なさすぎです!!
まさか、こんなところまで私の邪魔をしに来るなんて……。
もう21歳なんだし、夜会くらい自由に参加する権利はあるはずよ!
私が疑わしい目でジーーッと見つめると、ジョシュア殿下はフッと鼻で笑った。
「そんな目で見るなんてひどいな。セアラがピンチになるまで出ていかなかっただろ?」
「ピンチにならなかったら出てこなかったということですか?」
「ああ。本当は会場に入ってすぐ連れ出そうと思ったんだけどね」
「!?」
「ひとまず様子を見ることにしたんだよ。俺の寛大な心に感謝してほしいね」
強引なセリフを言っているとは思えないくらい、爽やかな表情をしているジョシュア殿下。
周りから見たら、仲良く朗らかな会話をしていると思われることだろう。
連れ出そうって……そんな自分勝手な行動を取るほうがおかしいのに、感謝してっておかしいでしょ!
「……ちなみに、なぜすぐ連れ出そうとしたんですか?」
「そのドレス」
「……ん?」
「そんな肌を出したドレスなんて着ているから、だよ」




