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23話 この声は……


 その人物は手にグラスを2つ持っていて、ニコニコしながらこちらに近づいてきた。

 私より少し年上くらいの若い男性だ。


 

「やあ。楽しんでいますか?」

 

「えっ。あ、はい」

 

「こんなに端っこにいるということは、もしかして初めて?」


 

 男性は片方のグラスを私に差し出すと、にっこりと優しく尋ねてきた。

 落ち着いた様子から、20代後半くらいかと思われる。


 

「ええ。今夜が初めてで……」

 

「そうか。なら、わからないこととかあったらなんでも聞いて。1人では不安だったでしょう?」

 

「ありがとうございます」



 

 親切な方なのね。

 ……でも、さっきからやけに肩や背中に手が触れている気がするわ。

 私の気のせいではないわよね?



 

「ねぇ。せっかくだから、バルコニーに行かない? ずっと端っこにいたらもったいないだろう?」

 

「い、いえ。私はここで大丈夫です」



 

 今日の目的は、候補の令嬢たちと話すことだもの。

 まぁ、私の出会いも少しは期待していたけど、こんなに簡単に女性の身体に触る方はちょっと……って、ええ!?



 

 ハッキリ断ったというのに、なぜか今は男性に背中を押されて歩かされていた。

 横に並んで歩いているように見せて、実際には左の腕で私の背中をグイグイと強引に押している。


 

「ちょ……っと、あの! 私は行かないって言って……」

 

「まぁまぁ。そんなこと言わずに」


 

 ゾクッ

 

 断っているのに、笑顔で流されてしまう。

 行きたくもないのに、その力強さで無理やり連れて行かれてしまう。

 

 自分の意見を完全に無視されている今の状況が怖くて、背筋がブルッと震えた。



 

 なんなの、この人。

 こんな自分勝手な人がいるなんて!

 あのジョシュア殿下だって、初対面の女性にこんなことはしないわ!



 

「いい加減に──」

 

「失礼」

 

「!」


 

 もう少しでバルコニーに出てしまう……というところで、誰かに呼び止められた。

 私たちの目の前に突然現れたため、さすがの男性も驚いて足を止める。


 

「なんですか?」

 

「その女性、嫌がっていませんか? 無理やりはよくないので、離してあげてください」

 

「嫌がってなどいませんよ」

 

「そうでしょうか? ではご本人に聞いてみましょう。嫌がっていませんか?」

 

「…………」


 

 その突如現れた男性は、世で言うところのヒーローだろう。

 困った女性を助けるために現れた、正義のヒーロー。

 

 実際に私は嫌がっていたし、こうして救いの手を伸ばしてもらえているのはとても嬉しくありがたいことだ。

 でも、私はその質問にすぐに答えることはできなかった。



 

 この声は……もしかして……。



 

 そう。そのヒーローの声に、すっっっごく聞き覚えがあったからである。


 

「どうされたのですか? 嫌ではないのですか?」


 

 私が何も答えないので、ヒーローに再度質問されてしまった。

 

 そのヒーローのつけている仮面には、目の部分に特殊な薄い布が付いている。瞳の色を見せないようにするための布だ。

 私はこの特殊な布の付いた仮面を見たことがあった。



 

 この仮面……それに、この声に銀色の髪……間違いないわ。

 絶対にジョシュア殿下!!!


 どうして!? なんでここにジョシュア殿下がいるの!?

 この顔を見るに、絶対に私だって気づいてる!



 

「嫌ではないですよね?」


 

 ジョシュア殿下を見て固まっている私に、隣に立つ男性が質問を投げかけてくる。

 私がすぐに答えなかったことで、嫌がってはいないと判断されたのかもしれない。



 

 嫌に決まってるじゃない!

 でも、今ここでこの男性が私から離れたら……!



 

 私はジョシュア殿下の言うことを無視して夜会に来たのだ。

 今ここで2人きりになったなら、それを責められるに決まっている。



 

 ヒーローに見えるこの銀髪の青年が、実は最悪な腹黒悪魔だなんて……きっと周りの人は誰も気づいていないでしょうね。



 

 本当はジョシュア殿下と2人きりになることなくこの場を離れたい。



 

 でも、ここで殿下の言葉を否定してこの男性の言葉に頷いたら、あとでどんな目に遭わされるか……!

 ダメよ。

 怖いけど、ここは絶対に殿下を優先させないと!



 

「あの、嫌……です」

 

「えっ?」

 

「そうでしょう。嫌そうに見えていましたよ。さあ、彼女もこう言っていることですし、早くその手を離してもらえますか?」


 

 ジョシュア殿下が低く威圧のある声でそう囁くと、男性はビクッと体を震わせて去って行った。



 

 ああ……行かないで……!



 

 そんなことを思いながらその男性の後ろ姿を目で追っていると、突然手を引かれてバルコニーに出てしまった。

 涼しい夜風が頬に当たっているけど、涼しいと感じるのは外の気温のせいだけではない。


 

「さあ、セアラ。なぜ君がここにいるのか、説明してもらおうか?」

 

「…………はい」


 

 綺麗な夜空を背景に、ジョシュア殿下は不気味に微笑んでいる。


 

 

「ジョシュア殿下こそ、どうしてこちらに? この仮面舞踏会には参加しない予定だったのでは?」

 

「質問をしているのは俺だよ?」

 

「……っ!」


 

 ニコッと笑うジョシュア殿下の目が、まったくと言っていいほど笑っていない。

 これは殿下の中でも結構機嫌が悪い状態だ。



 

 殿下、すごく怒っていらっしゃるわ!



 

「俺は夜会には行くなと言ったはずだけど、なんでいるの?」

 

「も……申し訳ございません」

 

「俺の言うことを無視してまで、会いたい人でもいた?」

 

「……はい」

 

「!」


 

 正直に答えたあと、ジョシュア殿下を纏うオーラが一瞬でピリピリッと凍りついた。

 ここに小動物でもいたなら、身の危険を感じてみんな一目散に逃げ出していたことだろう。


 

 

 ああ……私も今すぐここから逃げたいわ。

 

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