22話 いざ、仮面舞踏会へ
「あら。セアラ、どうしたの?」
突然帰ってきた娘を見て、母が驚きながらもどこか嬉しそうに迎え入れてくれる。
「ただいま、お母様。急なのだけど、今夜の夜会に参加したいの。準備を手伝ってもらえるかしら?」
「それはもちろんいいけど……本当に急ね。もっと早く言ってくれたら、新作のドレスを用意しておいたのに」
「そんな派手なドレスはいらないわ。あまり目立ちたくはないし」
「でもせっかくの夜会なのに。……まぁいいわ。先に侍女たちに伝えておくわね」
「ありがとう」
それにしても、まさかあの3日後に仮面舞踏会が予定されていたなんて……。
殿下に夜会への参加を却下されたあと、夜会の日程を調べて驚いた。
自分で身支度ができるようになったとはいえ、さすがに1人でドレスを着るのは無理だ。
私はこの3日間で鬼のように仕事を進め、今日は早めに切り上げて実家に戻ってきたのである。
王宮のメイドたちにお願いしたら、殿下の耳に入ってしまうかもしれないもの。
内緒で行くんだから、絶対に知られてはいけないわ!
運が良く、今夜の仮面舞踏会にジョシュア殿下は参加しないことになっている。
「セアラ。準備ができたわ」
「はい。今行きます」
殿下の生誕パーティーなどでドレスを着ることは何度かあったけれど、プライベートで着るのは本当に久しぶりだ。
少しワクワクする気持ちを押さえ、私は母のもとに向かった。
「……よし! できたわ」
侍女が結んでくれた髪に、母が髪飾りを差し込んでくれる。
ブルーの宝石がキラキラと輝いていて、着ているドレスと合わせるとその存在感がさらに際立っている。
……と、いうか……このドレスは何!?
鏡に映った姿を見て、私の顔は真っ赤になった。
「お母様! このドレスはちょっと派手すぎでは!?」
胸元が半分ほど出ていて、露出部分が多い。
今まで着たことのないドレスに驚いていると、母はニコッと微笑みながらキッパリと答えた。
「これくらいでいいのよ」
「でも……胸元が開きすぎている気が……」
「これくらいでいいのよ」
本当に!?
これまで参加した王宮のパーティーでは、こんなドレス見たことがないわ。
焦っている私と違い、母も侍女たちもニコニコと微笑んでいる。
「仮面舞踏会は顔を全部出さないでしょう? だからみんな解放的になるのか、派手なドレスを着ている方が多いのよ」
「それでも、これは派手すぎるような……」
「これくらいでいいのよ」
「…………」
さっきからそればっかり!
こんなドレスで行って浮いたりしないかしら……。
鏡に映った自分に不審な目を向けていると、侍女が黒いレースのついた仮面を差し出してきた。
顔の上半分だけを隠してくれる形だ。
この仮面をつけるのね。
……たしかに、これをつけるのであれば恥ずかしさが半減するかも。
「さあ。馬車を用意してあるわ。もう行くのでしょう?」
「ええ。ありがとう、お母様」
もう焦っても仕方ないわ。
今日はセアラ・バークリーという名を忘れて、ただの1人の令嬢として仮面舞踏会に臨みましょう!
今回の目的は、例のご令嬢たちに会ってお話しすることなんだから……って。
「ああっ!?」
「どうしたの?」
「い、いえ。なんでもないです」
笑顔でごまかしながら馬車に乗り込む。
母は不思議そうな顔をしながらも、手を振って見送ってくれている。
そんな母に手を振り返した後、出発した馬車の中で私は頭を抱えた。
どうしよう!!!
みんな仮面をつけているなら、そのご令嬢たちを見つけられないわ!
よく考えたら、仮面舞踏会では本名を名乗るのは禁止されている。
身分も何もかも忘れ、ただ楽しい夜を過ごす──これがこの国の仮面舞踏会の過ごし方だ。
殿下に内緒で夜会に参加しなきゃってことばかり考えていて、そこまで頭が回っていなかったわ。
私ってばなんて愚かなミスを……!
でも、ここまで準備してもらって帰るわけにはいかないし。
何かの拍子に偶然そのご令嬢がわかるかもしれないし、もし見つけたら何も知らないフリをして話しかければいいのよね?
一応行ってみるだけ行ってみましょう……はぁ。
「わぁ……! これが仮面舞踏会……!!」
到着するなり、私は口を丸く開けてその会場を見渡した。
王宮でのパーティーと同じくらいに、キラキラと眩しく明るい世界。
会場全体が派手に飾られているだけでなく、参加している人たちのドレスも、その眩しさを増長させているのだろう。
胸元の開いたドレスは当たり前。
スリットが入ったドレスからは、足が見えている令嬢もいる。
どれもが普段は人前に着ていけないような斬新なデザインのドレスだ。
お母様の言う通りだったわ。
ここにいたら、私のドレスなんて全然派手に見えないもの。
普段通りのドレスで来ていたら、逆に目立ってしまったかもしれないわね。
まだ少し落ち着かないけど、このドレスで良かったわ。
……で、どうしようかしら?
会場に入ってはみたものの、あまりにもすごい迫力に押されてつい端っこの壁際に立っている私。
これ以上、中央位置に進む気にはなれない。
あんなに明るいライトを浴びながらみんなの前で踊るなんて、私には無理ね。
動きの速いダンスにはあまり自信がないし、何より恥ずかしいわ。
みんなすごい……初対面の相手とも笑顔で話してる!
あっ、あの方は声をかけられてすぐに踊り出した!
そういうものなのね……。
「あなたは行かないの?」
「えっ」
初めて見る夜会の華々しさに一歩引いていると、真っ赤な唇をした若い女性が話しかけてきた。
「こんな所にいたら、誰にも誘ってもらえないわよ?」
「あ、あの、私は……」
「私と一緒に行く?」
「……いいえ。大丈夫……です」
「そう? しっかり楽しんだほうがいいわよ。じゃあね」
女性は艶かしい笑みを浮かべると、颯爽と会場の真ん中に歩いていった。
一瞬にして男性に囲まれたのが見えて、思わず声が漏れる。
「まぁ……すごいわ」
あんなに堂々とこの会場の中央に進んでいけるなんて、余程自分に自信がある方なのね。
王妃となる方にもあのくらいの度胸が必要なのかも。
……でも、あまりこういう場に慣れた方はちょっと……と思ってしまうのは、私が夜会慣れしていないからかしら。
偏見は良くないけど、王妃様──ジョシュア殿下の妻となる方は、できるだけ清純清楚な方がいいと思ってしまう。
「でも、そうなるとこの仮面舞踏会に参加されている時点でダメなのでは?」
うーーん……と一人唸っていると、少し離れたところからこちらに向かって歩いてくる人物が見えた。




