Ep.4-20 帰結の更なる果て
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「(…………)」
昼休みが終わり、午後イチ、三限の授業中。
先ほどまで見ていたあの光景のせいで気も漫ろな奏は、教卓で話している教員の話を聞くことなく窓の外をボーっと見つめていた。
主席たる彼女にとっては、本来ならばありえない行動であったが、しかしそれでも、とても落ち着いて授業を受けられる心境ではなかった。
あの後……つまり、あの白い竜が立ち去ってしまったあと、すぐに王女であるアリシアから全国民に向けて会見が行われていた。
その内容は大きく分けて二つ。一つは、一先ずの脅威が去ったと判断し、午後は平生通り過ごして欲しいということ。
そして、もう一つは、万が一に備え、数日間はあの土地に派遣している兵士たちには暫くそのまま駐在してもらうということ。これからアリシアも現地へと向かい、様子を見てくるという。
そんなわけで、彼女たちは一応普段通りに授業を受けているという次第だった。
……だが、
「(……そんなこと言われても、ね……)」
グルグルと心の内を巡る不安定な気持ちをひしひしと感じながら、そう誰へ向けた訳でもない不平を零す。
ふと視線を教室内に向ければ、教員の話を聞いているのかいないのか、ボーっとしたり俯いていたり、この名門たる学園の生徒である彼らでさえ皆どことなく集中しきれていないのが分かる。
授業を進めている教員ですら、噛んだり、書き間違えたりと、どことなく浮ついてしまっているし。
だが、それも無理はなかった。
彼らがつい先ほど目撃したのは、人間という至極矮小な存在には到底抗うことのできない超常の存在。
しかもそんな存在がどういう訳か、外れとは言えこの国の王都に眠っていたというのだ。
何もせず去って行ったとは言え、正体の分からない不安に襲われて然るべきであろう。
「(……どうして、だろ……)」
疑問が、奏の心を渦巻く。
どうしてあの竜は、あんな所にいて、そしてどうして、何もしなかったのだろうか。
窓の外で雲が嵩んでいくのを横目で見ながら、答えの出ない問いに奏は一つため息をつく。
そう。彼の存在は、本当に何もしなかった。
数日前、王城に突如として現れた、白く輝く巨大な繭。その繭に対し、国を挙げて警戒していたにもかかわらず、結果、何もすることなく西方へと飛び去って行ってしまったのだ。
言い方は悪いが、拍子抜け、と言ってもいいほどだろう。
もし。
仮にあの少年――流斗の言葉を信じるならば、あの竜は口伝にのみ残る伝説の白き竜であり、建国の後眠りについたという言い伝えにも合う。否、合ってしまう。
それを結論付けるのはアリシアを始め政治の中枢であり、自分の役目ではない。
だが、かねてより神や神域について深い造詣を披露してきた彼があの城に現れたときの、真剣な言葉や態度。そして、明確な彼の失望が、ずっと奏の心に引っ掛かっていた。
「(……それに、予言のこともある……)」
それに、奏にはもう一つ、心をざわつかせている不安があった。
もしかしたらこの一連の事件は、あの予言には相当しないのではないか、と。
――王無き玉座に、鉄槌は下る
必ず当たるとまで言われている、巫女の国の神託。
その神託の対象、詳細は未だ不明だが、しかし“王無き”この国の現況に現れた未確認の物体、ということで、奏たちはあの神託がこの件に関する予言だと思っていた。
だが、蓋を空ければあの竜は何もせず去って行った。
あれを鉄槌と呼ぶには、余りにもそぐわない。古来より、歴史に残る巨大な栄枯を予言してきた神託にしては、何とも精度が低いと言わざるを得ないだろう。
「(……もしかして、ね……)」
もしかして。
もしかして、まだ、鉄槌とやらは終わっていないのではないか。
否、そもそも、始まってすらいないのではないか。
そこまで考えたところで、ふぅ、と再びため息をつく。
現状では答えの出せない不安が、まるで外の雲のように奏の心をますます覆っていくのだった。
――そして。
その不安は、最悪の形で的中することになる。
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「(……んお? ありゃあ……)」
三限終わって、休み時間。
腕を組み、淡然とクラスを眺めていた流斗の視界の端で、奏の席の元へ夏希がやってくるのが見える。
昼休みに初対面だったミーナを連れ、流斗の元へ尋問に行っていた桜花もつれて。
「そう言えばさ、アリシアちゃん、も一つ異変、というか問題があるとか言ってなかった?」
「も、問題、ですか?」
「あ、そっか。桜花ちゃんはいなかったんだっけ」
そんな取るに足らない会話が、聞こえてくる。
わざわざ耳を立てて聞くつもりはなかったが、教室中が普段より暗いのもあって、少し離れたところにいる流斗のもとへもバッチリ聞こえていた。
「……えと、この国に龍の子が持ち込まれたんだって」
「!? えっと、それは、もしかして……」
「いや、あの竜とは別件だと思う。他の国でたまたま見つけたのを、この国の征伐者が無理やり連れ返ってきたんだってさ。勿論その人たちはもう捕まって、その子どもは治療中だって」
「(……………………。なーるほど、鉄槌、なァ)」
聞こえてきた会話は、取るに足らないもの、などでは全くなかった。
全てが繋がった流斗は、激しく降り出した外を見つつ、そう感慨にふける。
――この国にこれから起こるであろう、鉄槌。
今、この国の最高戦力であるところの総隊長、ジエスはこの国にはいない。
夏希、奏たちを始めとするこの学園の学生の実力は、流斗にとっても注目に値するものであったが、しかしまだまだ若い現状では、これから起こることに対処するのは非常に苦しいだろう。
次代を背負うであろう雛が育ち切る前で残念極まりないが、しかしこの鉄槌の規模、程度に拠っちゃあ、無事に生き残って、いい経験だったと笑える日が来るのかもしれないが。
「(…………んあ? 残念、だと?)」
そこまで考えたところで流斗は、自分の心にふとよぎった言葉に疑問を覚える。
この国の人間たちの功罪の果てに、自分が手を出すつもりなど毛頭ない。故に同情など、覚える余地はなかったはずだが。
……それに、だ。
今思えば、どうして自分はわざわざ城に出向いてまで警告しに行ったのだろうか。
既に手を出さないと決まっているのだから、あの会見を聞き、決定を知ったところで、別に忠告をする理由などないはずなのに。
「――っ!? くはっ。そーかよ」
少しばかりその原因を考えていた流斗は、思わずそう零して一人笑ってしまう。
『八咫烏』――ヒノメに、壊れているとまで言われた自らの本当の感情に、気付いたからだ。
――確かに、この事件の帰結は人間の功罪だ。そこに、自分が手を下す道理などない。
現実の不条理に際した周りの人間には手を差し伸べる。自らの責に拠る苦境には手を出さない。
それが、流斗自身が決めたこの力の使い道だ。
だが、なるほど、自分は存外、ココでの生活を気に入っていたらしい。
確かに今は奏たちとは少々気まずい関係になっているが、元々この国に来て初めて知り合ったのが彼女たちだ。一緒に依頼に行ったのを皮切りに、思えば結構な時間を共にしたものだ。
クラスメイトや後輩達も、心配になるくらいいい奴らばかりだ。居心地が良くなかったか? と聞かれれば、全くそんなことはなかった。
「(……クレアとラルナさんは、世話になっただけに結界くらいは張っておこうか。どうやら他国から来たみたいだし、そもそもおとぎ話のこたァ知らんかったからな)」
「(……そして、あいつら、か……)」
これから起こることは、流斗にすら予測はつかない。
だが、間違いなく起こる。この気付いてしまった情など、些少ほどの影響も与えぬ圧倒的な鉄槌が。
だからこそ、願うくらいは許されてもいいものだろう。
人間たちが自ら招いた結末の中で、最小限の被害で済むことを。
――ビュオオオオオオオッ!!
「――っ!?!?」
「うわあっ!?」
「キャッ!」
不意に、風が吹く。
教科書やノートを吹き飛ばすだけではない。小物程度なら容易くもっていってしまうほど強い風が、室内を吹き荒れる。
窓も締められた室内であるというのに、東の方からから西の方へと、まるで壁など存在しないかのように。
「――っ」
この異常な出来事に、誰かが据え置かれたテレビをつける。
先ほどまで見ていた通り、まだ『白帝竜』がいたあの古城があった場所を映していた。
そこには、
「…………来たな」
先ほどまでいた『白帝竜』ではない。
長い躰を携えた青き龍が、ただ一匹、静かに宙へと浮かんでいた。
先日言った通りですが、暫くはいつもより間が空きます
気長にお待ちくだされば幸甚です<(_ _)>




