Ep.4-17 明確なすれ違い
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「……なん、で……」
いるはずのないこの場所に突然現れた、知り合いの少年。
肩に小さい鳥を停まらせている彼を見た奏の口から、思わずそんな声が漏れ出てしまう。
――なんで? いつから? いや、そもそも、どうやってここに?
聞きたいことは、山ほどある。
この場にいる理由はもちろんだが、それだけではない。先程からずっとこのテラスにいた自分たちが、すぐ近くにいる流斗の存在に、彼が言葉を発する今の今まで揃って気付かなかったのだ。
いつからいたのかも分からないし、そもそも警備が厳重極まりないはずのこの王城にどうやって侵入してきたのか、まるで予想もつかない。
「――っ」
そういった疑問の数々。すぐにでも、聞きたくて仕方がなかった。
だが、彼の纏っている空気が、普段とあまりにも違いすぎることに、恐らくこの場の全員が気付いていることだろう。
飄々とした、あの親しみやすい態度とは全く違う。何事かを深く考えているような重苦しい態度と、複雑な感情を孕んだ瞳。
そんな態度に、続けたかった疑問の言葉は、しかしこれ以上発せられることなく風に乗って消えていく。
「――突然、わりいな」
相変わらず重苦しい様子のまま、流斗がそう告げる。
背中に輝く翼が、光の粒子になって淡く溶けていく。
「い、いえ……。一体、どうしたのです?」
そんな少年に対し、珍しく狼狽しながら、アリシアがそう尋ねる。
彼女も、彼が放つ尋常ならざる雰囲気を感じ取っているようだ。
「単刀直入に聞こう」
アリシアのそんな対応に、しかし相変わらず態度を崩さぬまま、流斗が運命となる言葉を紡ぎ始める。
「あの城に現れたモノへの対応。あれは、この国の総意と捉えて、いいのか?」
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――総意と捉えて、いいのか?
流斗の言葉に、誰も、何も返せない。
夜風が、沈黙を引き裂いて響き渡るのが分かる。
「……そう、です」
暫しの空白の後、アリシアは静かに口を開く
恐らく自分に尋ねられていて、自分が答えるべき代物だろう、と。
「王都内に突然現れた、未確認の物体……。決して刺激することなく、しかし国民の安全を第一に考えた上での、兵の配置という選択です」
先ほど全国民に向けて発した言葉を、ほとんどそのままに繰り返す。
勿論、不安はある。
両親が不在である上、秘匿回線を以てしても彼らに相談することはしなかった。
彼らがいない間に、王権代理を務め果たすこと。それが、自分に託された使命だからだ。
その中で十全に考え、相談し、議会も含めて得た結論である。今更ここで、引くわけにはいかなかった。
「…………」
アリシアの返答に、流斗はただ無言で目を瞑る。
そして、
「――あれが、口伝にのみ残る、白く貴き竜であろうと、か?」
「「「っ!?」」」
驚愕が、辺りの場を包む。
誰もがその可能性に薄々と気づき、しかしそれでも、まさかそんなことなどありえない、と心の中で否定していたこと。
先日アリシアがミーナと二人で流斗に教えてあげた、おとぎ話。そこに出てきた、建国を助けた白き竜というその可能性を、彼はいとも容易く口にした。
「……お、おとぎ話にある、白き竜、ですか……?」
「…………」
聞き返したアリシアにしかし、流斗は一切の根拠を告げてくれない。
ただ、何かを待つように、じっとアリシアを見つめている。
「(…………それでも……)」
それでも、アリシアにはこれ以上言うべきなどない。
仮に彼の言う可能性が真実だとしても、取るべき行動は変わらない。
そもそも、王権代理として決定を成した自分が、そう簡単に意見を覆すわけにはいかなかった。
「「…………」」
気まずい沈黙が、辺りを支配する。
何かを待っている流斗と、これ以上言うことのないアリシア。
拮抗は、しばらく続いた。
そして、
「――人間の功罪、か。何ともまあ、因果なもんだな……」
ポツリ、と流斗が口を開いたことで、その均衡は崩れる。
「(――っ!?)」
その瞬間、アリシアだけが感じていた。
複雑な色を映していた彼の瞳から、一切の感情が失われたことを。
好意的な感情の反対は、否定的な感情と考えるのが自然だろう。
それは一つ、確かに間違いない。至極真っ当な考え方である。
だが。
だが同時、それとはベクトルを、あるいは次元を異にするものとしてもう一つ。無関心というのもまた正しいのだろう。
何をしようとも、どうなろうとも、何も思わない。知り合いであるのに、一切の興味がない、無関心という対極。
アリシアは、それを現在進行形でひしひしと感じていた。
「――一つだけ言っとくが……現実にゃあお姫様を助けてくれる王子サマはいねえんだぜ?」
現実。
少年が少女を守るというおとぎ話のようにはいかないという、忠告、だろうか。
普段は優しいはずの流斗の強い言葉に、思わずたじろいでしまう。
「そ、そんなことは……っ」
「ま、待って! いきなり現れたことも含めて、色々と一方通行が過ぎるよ!!」
「……説明してくれないと、分からない……」
アリシアとて、そんなことは思っていない。
それを否定しようとしたところで、彼とも親しい二年生の先輩たち――夏希と奏が、アリシアのフォローに入ってくれる。
夏希は強い口調で、奏は普段通り落ち着いた口調で、流斗を制止する。
「言い方だって、もう少し……っ!?」
更に流斗の口ぶりを諫めようと彼に近づこうとしていた夏希だが、彼の余りに冷たい眼に気づいたのか、思わず歩みを止めてしまう。
奏も、そして静観していたミーナも、ハッと息を呑んだのが分かる。
「――――」
少女たちの反応に、これ以上、少年が何も言葉を発することはない。
最後に彼女たちを一瞥だけすると、そっと振り向き、一瞬のうちに夜の帳の内へと消えていったのだった。
「な、なんだったんだろ……」
「……分かんない、よ……」
少年がいなくなった後。テラスの上で呆然としていた少女たちは、そう言葉を交わす。
夏希と、それに答えた奏の言葉にも、明確な困惑が残っていた。
「(……一体、どういうことなのでしょう……?)」
流斗のあの言葉だけでは、何のことだかてんで分からない。
いや、恐らく自分たちが為した王国の決定を非難しているのだけは分かった。
だがしかしその根拠も教えてくれず、今はただの戯言と切り捨てるのは容易いのかもしれない。
だが、二つの神域『涙さえ乾かぬ森』と『静謐極まる緑林』で見せたという、底知れない能力と知識の一端を思い出す。
あれだけの力を持つ少年が、わざわざ足を運んできたのだ。
何の根拠もなく、あんなことを言ってくるとは到底思えなかった。
「「「「………………」」」」
考えても、答えは出ない。出るはずもない。
居心地の悪い沈黙が、辺りを支配するのだった。
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「りゅ、流斗さん……」
「――なあ、ヒノメ。これが、人間の選択だってな」
宿へと向かう、帰り道。
躊躇いがちな少女の言葉を遮るように、静かに口を開く。
あの時、この『八咫烏』ことヒノメと共に会いに行った、白き竜。
長き眠りから目覚めたばかりで、身体はまだ復活していない状態であったが、会話は交わすことができたあの竜の心中に、静かに思いを馳せる。
情、というほどのものではない。だが、確かに自分は期待していたのだ、と思う。
そうだ。この期待は、流斗が勝手に抱いたものだ。
勝手に期待して、勝手に裏切られたと思っている。
そんなことなど、知っている。
だが。
「……本当に、よかったのですか?」
一応首を左右に振り、辺りに誰もいないのを確認した上で、ヒノメがそう話を振ってくる。
今は再び少女の姿に戻っており、流斗の横をペタペタと歩いている。
「何がだ?」
「この国にやって来て、まだ一月ほどだと存じています。が、ある程度普通に生活していれば、それなりに情というものが湧くものではないのですか?」
「………………」
「それに、血のつながった――」
「そこまでだ、『八咫烏』」
正面に強い視線を向けたまま、彼女の勢いを制する。
名付けてあげた名を敢えて呼ばなかったことに気づき、彼女がビクッとするのが分かる。
「例えお前さんが神格を持っていようとも、そして俺の過去の何を知っていようとも、それ以上はご法度だ」
それは、流斗の深奥。
飄々とした態度で、何やかんやでそれなりに周囲に溶け込みつつあってもしかし、決して披瀝されることのない彼の業。そして、全てのルーツ。
「どんな状況だろうと、どんなに情が湧こうと、俺が絶対に破らねえと決めてるもんが二つある」
隣の少女に聞かせるというよりはむしろ、単なる独り言のように流斗が呟く。
「一つは、この過ぎた力は不必要に使わないこと」
「…………」
「そして、もう一つ。それが彼ら自身の責だというのならば、決して介入しないこと。……そこに、俺が手を出す余地はない。例え大切な存在が、危険に陥っていたとしても、だ」
余りにも強大で、イレギュラー極まる力。
自分一人ならいざ知らず、むやみに使って他人に影響を与えるようなことは絶対に避けなければならなかった。
最も、理不尽極まる現実に直面している存在に対しては、その限りではない。
『涙さえ乾かぬ森』で狼の子を治したように。迷子になって人形を壊してしまった幼女を助けたように。そして、『静謐極まる緑林』にてクラスメイトを『鬣犬王』の攻撃から守ったように。
彼らの責でない苦境に関しては、手を出すことも吝かではなかった。
それでも、そうではない場合。つまり、彼ら自身の責任で陥った状況であるならば、わざわざこの力を使ってまで助けるつもりなど毛頭なかった。
それは、自然の摂理、あるいは秩序を守るための当然の選択。
例え、対象が親しい存在や血のつながった存在であろうともだ。
「――そんなの……」
流斗の言葉を聞いたヒノメが、言葉を絞り出す。
彼女のことではないというのに、苦しげな表情をしているのが分かる。
「そんなの……ただの、奴隷ではないですか……。自らの、力の………」
「――そうかも、知れねぇなァ……」
返答しながら、少女の髪を、手慣れた様子で静かに撫でる。
長い時間が経っても、どうやら力加減を忘れることはないらしい。
「だが、それでいい。そう、決めたんだ」
「で、でも!」
悲鳴のような、金切り声が上がる。
「でも、それじゃあ……まるで……」
――まるで、壊れているじゃないですか……
絞り出したようなその声に、しかし何も答えることなく、二人は静かに歩を進めるのであった。
暫く少し間隔が空くかと思います(言うても一週間以上なんてことにはならないでしょうが)
なので、どうか気長にお待ちいただければ幸甚でございます<(_ _)>
……よければブックマーク、評価などいただければ、嬉しさの余り小躍りします




