Ep.4-15 人間の選択:知る者
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「粗茶ですが、どうぞ」
「あ、どうもっス」
夕刻。
この異常事態に際し、アリシアから国民に向けて行われるという緊急の説明を待つ流斗は、何故かこれまであまり話したことがなかったはずのクラスメイトの少女――唯依と共に、自らの泊まる宿屋の食堂にいた。
驚いたことに……と言うほどでもないのだが、ここからほど近い場所で一人暮らしをしているというこの少女。
昨今は携帯一つで済むということもあり自室にテレビを置いていないようで、小さい画面で見るのも味気ないっスよー、と、あの場の流れで流斗の宿までついてきたという次第だった。
流斗としては別に断る理由はなかったのでいいのだが、しかし仮にも年頃の女のコ。もう少し警戒の一つや二つはした方が良いと思うんですけれどねぇ……
「いやぁー、にしても、依頼を受けたって人が奏さんたちだったってのが、わたしはまだビックリっスよ」
そんな流斗の心配などいざ知らず、宿屋の看板娘――クレアから出されたお茶を呑気にすすりながら、流斗の向かいで唯依がそうしみじみと零す。
先ほど教室でこの異常事態に関するニュースについて話していた後、「何で呼び捨てにしてるんスか!?」などとアリシアとの関係性を追求された流斗は、誤魔化す必要もないかー、と夏希たちが国からの依頼を受けた可能性を示唆していた。
状況的にほぼ確信していたとはいえ、その段階ではまだ可能性だったが。
すると、気になって仕方がなかったらしい唯依はその場ですぐさま彼女らに連絡。流斗が示した可能性が、真実であったことを直接確かめたようだ。
彼女が聞いたところによれば、すっかり当事者となった夏希たちは、この後予定されているアリシアの説明に際し、王城にてその会見を見守るらしい。
「まーな。あいつらは随分と仲良くしてるみたいだぜ。無堂と湊宮と、それからアリシアを含めた後輩四人組と、一緒に依頼に行ったりしてるって言うてたしなー」
流斗自身は六人と同時に場を共にしたことはないが、しかし彼女たちが非常に仲良くしているということは何回も聞いていた。
流れ者の流斗にとっては、この国に来て一番絡んだ同年代の子どもたちということになるだろうか。優秀な者同士惹かれ合うものがあるのか、いい関係を築けているようで何よりである。
まあ、そのうち二人は未だご尊顔を拝見してないのだけれど。
「と、ところで、流斗さん……」
「んお? どうした、クレア」
そんなことを考えていると、ふと躊躇いがちに声を掛けられる。
声の主は、この宿の看板娘。
「えーっと、その……その方は、一体……」
少し言いづらそうに口を開いたクレアの言葉に一瞬訝しむも、彼女の視線が自分のすぐ横に向いているのを見てその意図を察する。
「あーっと……まあ、気にすんなー」
「いやいや、気にすんなと言われましても……」
「その通りです。どうか、お気になさらず」
更に困惑するクレアに対し、流斗に追随するように、そんな声が掛けられる。
そう。未だとまどいの表情を見せる少女の視線の先、流斗の横の席には、緋色の目をした小さき少女がちんまりと座っていたのだ。
「この子、気が付いたらついてきてたっスけど……流斗さんの知り合いっスか?」
「ま、まあなー」
唯依の言葉に、そうお茶を濁す。知り合い、まあ、間違っちゃいないっちゃいないか……
しれっと人間たちの中に紛れ込んでいるこの少女。
しかしその正体は、神格を持つ正真正銘の神なる獣、『八咫烏』。名を、ヒノメ。
何で自分のところに来たのかは定かではないが、どうやら一緒にこの会見を見るつもりのようだ。
「幼女の知り合い、っスか……いや、うん、えーっと……」
「りゅ、流斗さん……ま、まさかロリコn」
「おっーと待て待て、今とんでもねーこと言おうとしたな」
流斗が犯罪に手を染めたのではないか、とガチで心配する少女たち。流石に少々悲しくなってしまう。
いやまあ、流斗が誤魔化している以上、彼女たちは神格を感じることはできないし、当然と言やぁ当然なのかもしれないけどさ。
もし仮に、だが。流斗が策を弄していなければ、眼前の少女たちは驚きの余り腰を抜かしていたことだろう。
見た目の姿が小さくとも、彼女は紛れもない神の一柱。存在としての格の差をひしひしと感じたはずである。
「お? そろそろ始まるみたいっスよー」
若干流斗の人権が侵害されかけたところで、どうやらここに集まった本題が始まるようだ。
唯依の言葉に従って画面を見ると、見知った顔の少女が落ち着いた表情で座っている。
その静謐な表情は、とても十五の学生には見えない。まさに純然たる、王たる姿そのものだった。
「(……なるほど。本当に優秀みたいだなァ)」
『――本日は、急な伝達にもかかわらず見ていただきありがとうございます。既に報じられた通りですが、まずは状況について説明いたします』
一礼し、挨拶もそこそこにアリシアは事情の説明に入る。
説明の概ねは、既に各報道機関から報道されたとおりだった。
つい昨日の朝方。国王夫妻が外遊へと出立したあと、仲介所の方へと不審な轟音がしたという依頼が舞い込んできたとのこと。
以前も似たような依頼があったことから、仲介所が軍へとこの依頼を報告し、王女であるアリシアの元へと情報が伝わったらしい。
そして、彼女から直々に依頼を受けた学生――名前は公表されなかったが、それが奏と夏希と、彼女の後輩たちであることを流斗たちは知っていた――が翌日、つまり今日の朝その古城に赴き、まるで巨大な白き繭か卵のような、未確認物体の出現に遭遇したという。
「(ま、ここまでは……)」
「ここまでは、大体もう知ってる事っスねー」
流斗の心の声を代弁するかのように、唯依が呟く。
ここまで、ほとんど目新しい情報はない。
『――この事態に際し、国民の安全が第一です。その為に、国としての対応を決定しました』
既に議会の承認は得ています、と続いた言葉に、少し場の空気が緊張する。
いや、この場だけではない。画面越しの少女の表情にも、わずかに緊張が走ったのが分かる。
アリシアが、一つ息をつく。
そして、
『――その具体的な対応、ですが――』
そして、分岐点が、告げられた。
「(………………)」
続けられたアリシアのその言葉に、流斗は思わず目を見開いてしまう。
形容しがたい複雑な感情が、心の内を駆け巡る。
人間の選択に、そして、それ以上に、自分の中にさも複雑な感情があったことに、ただ驚く。
枯れきっていたと思っていたが、どうやらそんなことはなかったらしい、と、心中自虐する。
『――以上になります。国民の皆様には、どうか慌てることなく、平静に過ごしていただければと思います』
「……なるほど。一件落着、なのでしょうか……?」
「まあ、妥当なとこっスよね~…………あれ、流斗さーん?」
おーい、という呼びかけの声にも反応することなく、流斗はじっと目をつむる。
なるほど確かに、この対応は妥当なものかもしれない。
正体不明の異物を不必要に刺激することなく、さりとて万が一のために備えようとする。
それは、熟慮の上に為されたこの国の中枢の総意なのだろう。
――だが。
「……ちょっと出てくる。今夜は戻らねえから、お袋さんによろしくな。あ、宮本も、気ぃ付けて帰れよなー」
静かに立ち上がると、そう言い残すだけ言い残して、表へと出る。
その後ろを、人外の少女、ヒノメがペタペタと慌ててついてくる。
「……りゅ、流斗さん…………っわわっ!?」
「歩くのもめんどくせぇからなー……飛ぶぞ」
何事か声を掛けようとしたヒノメを、ガバっと横抱きにして抱える。
彼女の驚愕した様子など、意にも介さない。
イメージするのは、山吹色に染まった二翼一対の燦々(さんさん)たる翼。
今のテンションで、タラタラ歩くつもりなど毛頭なかった。
力の使用に制限を掛けてはいるが、誰にも影響を与えないのだからその制限には引っかからない。
ましてこの少女には、一切を隠す必要はないのだから。
「……竜王の神速」
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