Ep.3-17 初目の終わり:平穏
読んで頂きありがとうございます!
**********
太陽が傾き、林の中が一気に暗くなってきた頃。
小さな湖のほとりに着いたところで、奏たちは演習一日目の行程を終えることを決めた。
「つ、疲れたぁ……」
背負っていた荷物を下ろし、そう言って思わず桜花が座り込んでしまう。
人見知りでおとなしい普段の彼女からは、余り想像できないほど俊敏な動きだった。それくらい、疲れているのだろう。
だが、それも至極当然のことであった。
当たり前だが、林の中は舗装された道があったりするわけではない。
野生の獣によって拵えられた、いわゆる獣道のようなものもなかったため、でこぼこな場所を注意して歩かねばならなかったのだ。
ここまで、ただ歩いてくるだけでも神経をすり減らしたに違いない。
「いやー、ほんとだね……」
「…………ふぅ」
同意を示しながら、お姫さまこと六花も、ストンと座り込む。
次いでこの班唯一の男手、勇者くんこと悠史も、無言で木にもたれかかる。
彼らの様子を見るに、まだ日は沈んでいないものの、このタイミングで進むのを止めたのは正解だったかなー、と思う。
前述の彼らはみな、征伐者としての依頼を受けたことがなかったとのことで、こういった舗装されてない場所をひたすら歩くという経験などなかったのだ。むしろここまで、よく頑張ったものだろう。
「お疲れ様っス~。奏さんはさすが、あんま疲れてないみたいっスね」
そんなことを考えていた奏に、この班の最後の一人である唯依が、そう軽やかに話しかけてくる。
彼女だけは他の三人と違い、思いの外元気そうであった。荷物を下ろし、ほいほいとストレッチをしているし。
「(……意外、だなぁ)」
彼女も、依頼というものを受けたことはないと言っていたのだが、それにしては元気すぎる。体力の有無以前に、慣れというものが必要なはずだからだ。
何か別の、こういった自然の中を進むような経験でもあったのだろうか。
「……まあ、ね。この前も、行ったばっかりだし」
唯の言葉に、奏はそう返す。
ただ、同じく舗装されていない大自然の中とは言え、あの神域は隔絶に精神を疲弊させられるものであったが。
地面の様子そのものは大差ないかもしれないが、あの神域の象徴でもあった暴力的で圧倒的な湿気に比べれば、今回の林はまだ随分と楽なものであった。
最も、この林も神域だというのなら、進むに連れ『涙さえ乾かぬ森』のような環境が待ち受けているのかもしれないが。
彼も、神域は時に環境そのものが人間の侵入を拒む、というようなことを言っていたし。
「ん? ……ああ! 流斗さんと依頼に行ったって言うアレっスね」
「……ん。あれに比べれば、まだまだ」
この林へ向かうまでも含めて、優に半日ほどは歩いただろうが、それにも関わらず何事もなかったかのように話を続ける奏と唯依に、
「す、すごい、ですね……」
「ああ。男の僕だって結構疲れたのに」
「無堂さんはともかく、宮本さんもすごいんだね」
「ほ、ホントですよ」
と、お疲れの三人から感嘆の声が漏れる。
やはり彼らも、唯依の元気さには驚いているようである。
「あはは、唯依でいいっスよ、みなさん。……そうっスねぇ、まあ、ちょいと鍛えられてきましたから」
一同の視線に、頭を掻きつつ唯依はそんなことを言う。。
何となく含みを持ったその言葉に奏は気になるも、まだ知り合って二週間の彼女との距離感的に聞くのは憚られてしまう。
……それにしても、この話をもったいぶる感じはやはりあの少年に似ていると思う。
飄々とした雰囲気や、あるいは近そうで遠いままの距離感とも併せて、もしかしたら彼の生き別れの兄妹とか何かじゃないのかな、と突拍子のないとこまで考えてしまい、奏は思わず苦笑する。
「(そんな創作みたいなこと……あるわけないね)」
そう一つ首を振り、彼女もまた休息のためにシートを引いて、静かに腰掛けたのだった。
――時に現実は、人の想像すら容易く凌駕しうるものだということを、考えぬままに。
「じゃあ、最初はわたしたちで見張るんで、御三方は休んでて下せぇな~」
昼と同じく簡素な食事を終えた奏たちは、早々に就寝することで意見が合致した。
もちろん、明日以降のことを考えてのことである。残り二日、今日と同じ行程が続く上に、魔獣たちとの戦闘もあるだろう。できるだけ、休んでおきたかった。
まあ最も、今は演習中で見知らぬ林の中。やることもないのでそれも当たり前ではあったが。
戯れ……じゃなくて、学園との合意の元で襲ってくる猿の魔獣を除き、この林には危険な生物はいない、とのことだった。
が、紛うことなくここは野外。その魔獣たちが夜に襲ってくるかも、と、交代で見張りをすることになった。
疲れの色を見せていた桜花と幼馴染コンビを休ませようと、最初は奏と唯依が担当する。
奏個人の感情としては、まだ知り合って日の浅い唯依よりも、ある程度慣れている桜花とペアになりたかったのだが、当の彼女が今にも寝そうなほど疲れているようだったので、こういう組み合わせになったという訳である。
「すみません……。お、お先に失礼します」
「ごめんね。後半は僕らに任せてよ」
「よろしくね、無堂さん。宮……唯依さん」
「はいはーい。お休みっスー」
簡易テントに入っていく三人を横目に、奏と唯依は焚火を取り囲んで向かい合わせに座る。
「「…………」」
パチパチ、と焚火のはねる音だけが響く。
二人の間に、会話はない。
「(……き、気まずいなぁ……)」
心中、そう思わず零してしまう。
普段から夏希と桜花(と、強いて言うならあの編入生も含むだろうか、)ぐらいしかまともに会話してこなかった奏にとって、二人きりというシチュエーションは何ともまあ荷が重いものだった。
桜花のように人見知り……という訳ではないのだが、経験が少ないが故の不慣れさが露骨に表れていた。
「そういや、異変どころか襲ってこなかったっスね~、何も」
パチッ! と、少し大きく焚火がはねる音をBGMに、唯依がふとそう話しかけてくる。
少し距離感に困っていた奏には、まさに僥倖であった。ので、少し食い気味に、
「そだねぇ……。模擬戦ってことだったけど、魔獣の一匹も見かけなかったし」
と相槌を打つ。
彼女たちが林に入って、もう半日ほど。
襲ってくると散々脅されていた猿の魔獣たちは、襲ってくるどころかその姿さえも見ることはなかった。
「林のボスが学園長に会ってくれなかったって言ってましたけど、平和そのものっスもんねぇ」
唯依がそう言いながら、一つグーッと伸びをする。
異変もない。戦闘もない。大規模演習と銘打たれたこのイベントも、今のところは、ただすこぶる道が悪いだけのピクニックであった。
だが、
「……でも、だからこそ不気味。むしろ、あるはずの魔獣との戦闘が一回もなかったってのが、何となく……」
「何となく、嵐の前の静けさみたい、っスか?」
後を継ぐように発せられた唯依の言葉に無言でうなずく。
奏の胸中には、得体の知れない不安がくすぶっていた。
なるほど確かに、目に見える異変はなかったし、それどころか戦闘もない。
だからこそ、その魔獣たちがこちらに係れないほどの、何か大きな異変が林の奥で起こっているのではないか、と。
「……そうっスねぇ。兎にも角にも判断材料が少なすぎるんで、明日になってみないと、って感じっスねー」
このまま、何事もなければいいっスけど……、という唯依の呟きは、先の全く見えない林の暗中へと静かに溶けていった。




