Ep.3-16 明確な異変
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「さて、と。……どうにも、動かねーなぁこりゃあ」
ところかわって、演習の目的地――この林の中心部。
変わらず樹の枝の上から様子を伺っていた流斗は、思わずそう言って嘆息する。
林の目、空隙となっている草原地帯を挟み、睨み合っているらしき二つの集団。
正午を過ぎ、午後を迎えても、彼らは共に未だ大きな動きを見せていなかった。
――ガサッ、ガササッ
――グウウゥゥ
――キイイイイ……
木の上に立つ流斗の真下からは、そんな音がひっきりなしに聞こえてくる。
こちら側……つまり流斗や、演習真っ只中である夏希たちがいる側の林には、この地帯に元々住んでいたであろう猿の魔獣たちがいた。
本来であればこの林の目たる草原で生活しているはずの彼らは、しかし今はこうして林の中へと入り、唸り声をあげたりドラミングしたりと、明らかに猛っているのが分かる。
「(神託との関わりとかはまだ分かんねーけど、非常事態にゃあ間違いねぇな)」
先ほど突然に襲ってきた猿たちも、少し離れたところから流斗をじっと見ている。
流斗に敵対の意思がないことを見ると、ひとまず少し離れたところから静観することを決めたらしい。
万が一流斗が何か不審な動きをしようものなら、すぐに叩き潰してやろう、という魂胆なのだろうが……。まあ、ひとまずこれ以上の面倒にならなくてよかったと言うべきか。
一方、向かい側の林に潜んでいるらしき別の群れは、未だ派手な動きを見せることはなかった。
草原を挟んで距離が離れていることもあり、こちら側からはほとんど様子を確認することはできない。
だが、明らかに、ナニかがいる。
そのナニかは、流斗の感じていた通り、どうにも木々の生い茂るこの林に住まう獣たちとは異なった姿かたちをしているようである。
というのも、遠目であるためはっきりと視認することは能わないが、時折見えるその影は明らかに四本足で立っており、とても猿のようには見えないのだ。
――空隙の草原に住まう猿たちと、本来この林にいないはずの四本足の獣たち。
彼らが静かに睨み合っているという、そんな現状。
そんな明らかな異常事態を前にして、流斗が選んだ道は、静観であった。
……勿論のこと、彼が魔獣の群れに委縮してしまった訳ではないし、この面倒事に際し、思わず見ない振りをしたというのでもない。
足元から変わらず聞こえる、獣たちが猛っている物音を聞き流しつつ、そっと独り言つ。
「さながら、招かれざる客ってとこかー。一体全体、なーにが起こってんのかなっと」
そう。彼が静観している訳は、単純に何が起こっているかを見定めるためであった。
こちら側にいる猿たちは先住民のはずであり、それに対して向かいにいるのは本来ならばこの域にはいないはずの別の獣の群れ。
普通に考えるならば、後者の異物たちがこの林に侵略してきたと考えるのが妥当な気もする。
――王無き玉座に、鉄槌は下る
だが、先の神託のこともある。
詳細な事情を把握せぬまま、ここで無暗に、短絡的に動くことは早計だと判断したのだ。
とは言え、既に始まってしまっている演習のこともある。
中止にするかどうかはさておき、今すぐにでもこの異常を林の外で待つ教諭たちに伝えなければならないはず……なのだが、流斗にはそうできない理由があった。
「この磁力……そりゃあ、電波は届かんよなー」
一層猛り、魔力が漏れ出している獣たち。辺り一帯に満ちている磁力を感じると、そう呟く。
この地に住まう、魔力を以て磁力を操ることができる猿の魔獣。そして、それらを統べる王。
未だ動きを見せない睨み合いに際し、彼らから漏れ出している磁力が、電波に支障を起こしているのだろう。
先程から担任である橘に電話をかけようとしているが、一向につながる気配がなかった。
「(んんー、そんな簡単に干渉を起こすとは思えねえんだが、こんだけいたら周波数もばらっばらなのかねぇ)」
磁場があるとこには電場があり、電波があるところには磁場がある。その繰り返しによるクラシカルな場の伝播が、電磁波に他ならない。
本来磁場があったところで、人間の生活で使われている電磁波の伝わりをそうそう妨げるものではないはずなのだが、この地の魔獣たちそれぞれが異なる磁力を発していることで、様々な周波数の電磁波が生じているのだろう。
兎に角、この場にて電話という連絡手段は使えないようだった。
「(もし仮に、あのカメラとやらがあったところで無力だったろうなー)」
そう、心中で思う。
実は演習に向かう前、流斗は橘にとあるものを勧められていた。
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「カメラ?」
「そうです。最新鋭のドローン式超小型カメラ。使用者の周囲をランダムに飛び回って、その人物を取り巻く状況を逐一教えてくれる優れもの。もちろん、視点固定に切り替えることもできますけど、今回は前者の方が嬉しいですねー」
演習の前日。諸々の説明と、軍から派遣された精鋭たちとの顔合わせを終えた流斗に、橘が少し用がある、と言って話しかけてきた。
どうやら、彼にこのカメラを起動した上で三日間過ごして欲しい、という事らしい。
これにより、彼女たち教諭陣もリアルタイムで林の状況を把握できるという訳だ。
だが……
「うーん…………」
「……あんまり、乗り気ではないですか?」
「んあー、そうっすねぇ。自分の行動を逐一見られているのは、あんまり」
「…………分かりました。無理にとは言いません。学園長からも、キミについては全て任せて自由に行動してもらって下さい、と言われていましたから」
流斗の言に、思いの外すぐに引き下がってくれる。
まあ、他に四人いることだし、十分林の様子は把握できるだろう。
「そーしてくれると助かりますわ。……というかこれ、全グループに渡しゃあいいんじゃないっすか」
そう、至極もっともに思えることを言ってみる。
これを渡しておけば、もし生徒たちが何かしらの非常事態に直面していても、流斗たちがすぐに向かえるのではないか、と。
しかし、
「……それは、できないのです。見回りの人たちと日に何回か会うくらいならばともかく、二十四時間ずっと様子を見られている、というのは、実戦経験というこの演習の本懐に関わってきますから」
なるほど、ここでも演習の意義と安全性のトレードオフという訳らしい。
そう橘が、一連の話を締めくくった。
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そんなやり取りを思い出し、苦笑いを浮かべる。
この現況を見る限り、このカメラもあったところで効果を成さなかったことであろう。
――実のところ、である。流斗の力の入れ具合次第では、この電話がないという現状だとしても、橘に連絡を講じる手段はいくつもあった。
そもそも、だ。生徒たちが睡眠を挟んで一日掛けて向かうこの場所に流斗が今いることも、よく考えれば結構ツッコミどころ満載である。
元々、足場と見通しの悪いこの林の中を、しかも遠征に不慣れな生徒たちが時間をかけて進んだとしても間に合うだろう、という程度には余裕のある行程だ。
ここに来た時のように戻って行けば、今からでも日没の前には橘たちの待つ林の外まで辿り着けるだろう。
――更にやんごとなき非常事態であったならば、彼には虎の子もある。
だが、そうはしない。
ともすれば、大きな戦いが始まるのかも分からない。だが、仮にそうなったとしても、クラスメイトたちには危害が及ぶことはないだろう、という、ある種の信頼が流斗にはあった。
このままじゃ埒が明かねえしなァ、とやおら立ち上がる。と、監視していた魔獣たちが一斉に猛るのが見える。
だが、その程度のことに構うつもりは毛頭ない。
「さて、と。ほんじゃあまあ、取り敢えず王さんにでも会ってきますかねぇ」




