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神に牙むく無双の咎人 ~時代に抗う、次代の寵児たち~  作者: 銀風 朧月
第3章 因襲を破るは緑林たる獣
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Ep.3-5 迷子、あげいん

 **********



「(なーにしてんだ、ありゃあ?)」


 昼休みも残り十五分ほど。微妙な時間帯に道端でしゃがみ込んでいるクラスメイトらしき後ろ姿に、遠くから夏希が声を掛けていく。

 パッと見ただけでは、彼女たちが何をしているのかは分からない。が、端っことは言えこんな大通りで屈んでいるのだ。ぶっちゃけ結構目立っている。

 道を行く別の生徒たちも、通り過ぎつつチラチラと彼女たちを見ている。


「ん? あら? あれは……」


 そんな彼女たちは、夏希の声にこちらに気がついたようで、


「おおー、噂の編入生クン一行じゃないっスかー!」


「やっほーい! ワタシのこと覚えてるぅ~?」


 近づいていくと、振り向いて主に流斗に対して声を掛けてくる。

 そこにいたのは、お淑やかな如何にもお嬢様然とした少女と、「っス」という独特な語尾で話す小柄な少女と、語尾に小さい母音が入るような喋り方をする、少しギャルっぽい派手な見た目の少女。

 もちろん覚え……てはいる。まあ、顔と名前が正確に一致しているかと言われると少しばかり怪しいかもだが。

 流斗はまだほとんど話したことはなかったが、この三人は比較的よく一緒にいる組み合わせだった、という程度の記憶はあった。


「おーっす。こんなとこでどしたー?」


 取り敢えず、何をしているのかとさっくりと聞いてみると、彼女たちは少しばかり困ったような表情を浮かべて、


「ああ、実はっスねぇ」


「この女の子が、転んでしまいまして……」


「……?」


 そう言うので、彼女たちが取り囲んでいる場所を見てみると、


「ひっく、ぐすん……」


 まだ幼い女の子が、人形を胸に抱えて一人悲し気に泣いていた。

 見たところ、この前神域にまで探しに行った子たちの妹の方と同じ五歳ほどだろうか。


 座り込んでしまっているその小さい膝には、絆創膏が貼ってある。

 それだけではなく、人形の服が破れてかなり激しく汚れている。どうやら随分と派手に転んでしまったようだ。

 聞くところによると、このクラスメイトたちの目の前で派手に転んで、盛大に泣き出してしまったらしい。


「それで、とりあえず持ってた絆創膏を貼ってあげたんスけど、中々泣き止んでくれなくて……」


「それで、どこかまだ痛いのかなぁ~? とも思ってたんだけどねぇ~」


「どうやら、傷の方じゃないみたいでして」


 何とか泣き止ませようと苦慮していたらしい少女たちが、そう次々と続ける。

 泣き止まない原因が膝の怪我でないとするならば、他に考えられる要因と言えば……。


「……もしかして、そのお人形?」


 不意に思い至った可能性を告げた奏のそんな言葉に、幼女は両手で人形を握り締めたまま、流斗たちを見上げるようにして言葉を返してくる。


「こ、これ。ぐす。おね、おねえちゃんが、はじめてかってくれたの。おうたのおけいこで、あ、あんまりあえないから、ぐすっ、だ、だいじにしてたのに……うええーん」


 そう言うと、大きく泣き出してしまう。

 先程から一緒にいたらしい少女たちが何とか慰めようとするも、やはり中々うまくいかないようである。


「それにしても、この子の保護者はどこに行ったんだろな」


 ふと思ったことを漏らすと、先ほどからキョロキョロと辺りを見ていた夏希が、


「うーん、そう思って辺り見渡してるんだけど、この付近にはいなさそうだねー。この年代の子だし、絶対保護者とか、付き添いの人がいると思うんだけど」


「そうですね……。わ、私、守衛さん呼んできますね」


「……おけ。お願いね、桜花」


 桜花が、そう言って立ち去っていく。オドオドしている印象ばかりだったが、こういったときにすぐに動けるのは、流石この学園の生徒、とでも言うべきか。


 そんな外野の会話の構うことなく、迷子の幼女は変わらず泣き続けている。

 もし仮に本当に迷子になっていて、その上に派手に転んで、大事な人形まで壊してしまったというのなら、この子にとっては何とも災難なことである。


「(……んあー。さて、どーしたもんかねぇ)」


 そんなことを考えつつ、流斗は内心、ここでどうするべきかと激しく迷っていた。



 大切なもの。それは、本当に人それぞれだ。

 今はもういない人と何かしら所縁(ゆかり)のある物。もう戻れない昔の思い出が詰まった物。そういった、いわば昔の記憶を思い出す(よすが)となる物。

 あるいはただ純粋に、大好きで大好きで仕方のない物。


 故にその大事なものの処遇は、本来ならば持ち主以外の他人の介入する余地はない。

 他人にとっての価値など、些少(さしょう)ほどの意味もないのである。


 故に、何をはき違えたのか、家族のものを勝手に捨てる、などということも、本当ならばありえないことである。

 説得して、話し合って双方の合意がそのように達したのならともかく、そうでなければ暴挙というほかない。

 家族とは、最も近しい関係性の一つだが、それでもなお、近しいだけの他人なのであるからにして。



 暫し思考が本題から逸れてしまったことに気づき、流斗はまだ泣きじゃくっている幼女に静かに目線を向ける。


 ――まだ、この(よわい)だ。これから先、数多の時を経ていくつもの出会いと別れを繰り返していくに連れて、戻らないものがあるということを身をもって知っていくことだろう。

 小さい頃に大切にしていたものを失うことも、恐らく殆ど全ての人が経験したことであり、ここで自分が何かしてやろうというのは単なるお節介かもしれない。

 そもそも大人になるにつけて、そんなことがあったということすらも忘れていくのだから。



 だが、『涙狼王』の子供、洞窟で苦しんでいた子狼を治療した時のことを思い出す。

 あのときも、自分は葛藤していた気がする。


 七年前のあの日。自分の力の使い方を決め、そしてその通りに生きてきた。

 しかし、目の前の少女の悲しみを取り払うくらいは、許されてもいいのではないか。



 ――自分には、過去の(よすが)たるものも、大切に守りたいものも、もうどこにも残されていないのだから



 目をつむり、ひとつ息を吸うと、流斗は閉じていた目を開ける。

 そして、人形を両手で大事に抱えるその女の子の手元に向けて、スッと手を(かざ)した。


「ひっく、ぐすん……? わっ!?」


 すると、青く淡い光が、幼女の持つ人形を取り囲む。

 手が光の中に入っているためか、その女の子は泣くのも忘れて食い入るようにその光を見つめている。


 それは、神域『涙さえ乾かぬ森』にて、王獣『涙狼王』の子供を治した魔術、『シュレーディンガーの猫』のように淡く、しかし立方体だったソレとは異なり球を(かたど)った光。

 色も暖色ではなく、薄く優しい青い色をしている。


 その少女にとって未知の魔術がもたらす効果は、火を見るよりも明らかだった。


「わあ~!!」


「「「――っ!?」」」


「――なっ……!?」


 まるで時間を巻き戻すかのように、激しく破損した人形が、段々と元の様に戻っていく。

 興奮した声を上げる幼き少女とは裏腹に、高校生たちは一様に驚愕を露わにする他ない。

 誰かが、息を呑んだ音がした。あるいはそれは、自分だったのかもしれないが、それすらも区別がつかない。


 数瞬の後には、幼女の持つ人形は激しい汚れも損傷もなくなっていた。

 その様子を、少女たちはただ茫然と見つめているしかなかった。



 暫しの方針の後、一度神域にて既に流斗の異端さに触れていた夏希と奏が一足早く我に返り、そっと尋ねてくる。


「……これ、なに……??」


「――テーセウスの船、っつうパラドックスに基づいた魔術だぜな」


「ぱ、パラドックス……?」


「ああ。――古代ギリシアにおいて、人の(よこしま)な所業の果てに生まれた悪しき怪物、ミノタウロス。それを迷宮で討った英雄、テーセウスが討伐を終え帰還する際に利用した船に関する論争で、ある物体の構成物質を丸ごととっ換えたときに、それは果たして元の物体たりうるか、というパラドックスだ」


 そう、告げる。

 もちろん、彼女たちが理解できないことを承知の上で。



 ――そしてこの魔術は、そのパラドックスの概念に基づき、無生物を一切の議論の余地なく元の様に修復……いや、するのがその本質だ。

 あの時使った『シュレーディンガーの猫』は、生物を対象にした空間回帰の魔術。この『テーセウスの船』は、無生物を対象にした時間回帰の魔術なのである。



「ふ、ふむ……??」


「…………???」


 流斗の答えに、案の定少女たちは盛大に首を傾げている。

 聞いたこともない神話を聞かされたのだ。それも止む無しだろう。


 ふと目をやれば、クラスメイトも、人形の持ち主たる幼女も、転ぶ前の状態にまで戻った人形を、呆けたように見つめていた。


「お、おまたせしましたー! ……あ、あれえ? どうしたんですか?」


 その何とも言えない空気の停滞は、桜花が戻ってくるまで続いたのだった。


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