Ep.2-9 魔術と科学
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色々あった一限とは打って変わり、二限の座学は何とも落ち着いたものだった。
内容は数学。魔術と並んで現代の中核をなす、科学に関する授業だった。
これが、流斗にとっては思いの外退屈ではないものだった。
決して授業と関係ないことを考えていた、という訳ではない。単純に、この学校で求められる水準の高さに驚かされていたのだ。
昼食を取るために奏と夏希を伴い食堂へ向かいながら、流斗は心中思いを巡らす。
「(なるほど、こりゃ確かに、最高クラスの高等学校なだけはあんなー。流石だよ全く)」
科学という長い年月を掛けて人間が積み上げてきた知識体系と、魔術という特定の生物が持ちうることになった力。
これらは今、この現代社会の根幹を成していると言っても過言ではない。
魔力という魔術の行使に際して必要なエネルギーの正体は、未だ多くの研究者たちによって研究中であるが、その実態が分からずとも、技術として利用することは可能だった。
先に『涙さえ乾かぬ森』にて、王獣『涙狼王』の魔力に反応して洞窟内を照らしていた石のように、特定の魔術を行使する人の魔力に応じ特定の現象を起こす物体は数多く発見されている。
例えば、電気系統の魔術を使用することができる人物の魔力に応じて電圧を生じさせ電気を流すものだったり、火にまつわる魔術を使える人物の魔力に応じ火を発するものだったり、というような具合である。
そして、それらは各家庭にインフラとして導入されており、もし入居人にそれらの魔術を使える人がいれば利用することができるようになっているのだ。
また、魔術に基づくインフラとは別に科学に基づくインフラも同時に組み込まれており、入居人の魔術系統に応じて使い分けられる仕組みになっている。
――Any sufficiently advanced technology is indistinguishable from magic.(十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない)
この言の生まれた環境とは異なり、原義とは外れているが、この世界では紛うことなく、それらは混然としたまま社会の奥底にまで根付いていた。
そして、これらの双方についての教育を十全にこなさんとするその授業内容は、まさに名門を謳うに足るものであった。
「(こらー俺も得るもんがあるかもだな。余裕ぶっこいてないで、真面目にやらんとなァ)」
「どう? 勉強の方は?」
隣を歩く夏希がそう声を掛けてくる。
「んあー。まあ、大丈夫そうかな」
「……おー、流石、だね」
奏が、感服したような声を漏らす。
依頼の中でその圧倒的な知識の一端に触れていたためか、出てきたのは“流石”という称賛の言葉であった。
「それにしても、あの轟……だっけ? とかは大丈夫なのか、この学校の授業」
少々気になるところである。
あれだけの水準を要求する授業だ。あの話をあんまり聞いていない暴走列車のような彼が、果たしてついていけているのだろうか、と。
「あー……。まあ、何とか、ね」
対して返ってきた返事は、ギリギリ肯定というほどの弱いものであった。
少し苦笑いしながら、夏希が続ける。
「この学校の入試はね、筆記が二百五十点満点、実技が二百五十点満点なんだけどね」
「ああ」
「その採点がね、かなり厳しいらしいのよね。極端な話、どっちかが突き抜けてれば何とかなるようになってるんだヨー」
「ふむん。そーすっとあれか、仮にどっちかが著しく不得手でも、それを補って余りあるほどのもう片方の実力があれば、ちゃんと通る仕組みになってんのね」
「そゆことさ!」
なるほど、尖った人材も零すことなく拾えるような仕組みとはようできているもんだ、と、素直に感心する。
「……そして、彼は典型的な脳筋型、なの。……この学年、約二十人のクラスが四つで大体八十人くらいいるけど、多分、そういう意味で一番おバカなのは彼、かな」
「お、おう……」
とは奏の言。
大人しい性格の一方で結構ずいずいモノ言うのなー、とも思ったが、表情を見るに、決して彼のことを下に見ているという訳ではなさそうだ。
夏希も、
「裏を返せば、実技の成績は目を見張るものがあってねー。多分、単位の大部分を実技系の授業で取ってるんだと思うよん」
まあ、必修になってる座学の方は補修三昧で大分苦労しているみたいだけどネー、と続ける。
「なんにせよ、ホントにおもしれぇなァ、この場所は」
俺の見出した意義も叶うだろうなー、と、そう思う。
すると、奏が、
「……んえ? 意義って?」
と尋ねてくる。
どうやら、気付かぬうちに声に出ていたようだ。
「あー、それはだなー……、っと、着いたな。続きは食いながらにでもしようぜ」
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お昼時と言うこともあって、食堂はそこそこ混み合っていた。
学校の敷地内にいくつも食事処があるにも関わらず、やはり食堂の他の追随を許さない安さを求める学生は数多いらしい。
先に保留していた話も含めて雑談をしつつも、そこは男の子。流石にと言うべきか、デザートを残し、二人よりも先に食べ終えてしまった流斗は、頬杖をついてボーっと辺りを見渡していた。
「にしても、いろんな人がいるんだなァ」
そう、思ったことをそのまま口にする。
ぱっと見ただけでも、如何にも貴族然とした少年少女もいれば、まだ中学生の気分が抜けていないような垢抜けていない新入生らしき子供たちもいる。
騒がしくおしゃべりに興じる女子生徒の集団がいるその一方で、落ち着いた雰囲気で何事かを真剣に語らい合う上級生らしき姿も見える。
「そーだねぇ。この学園、ちょうど王都の中心にあるし、他所の国の人も併せて多様な人が集まってきてるねー」
本当にクセの強い人ばっかだよー、と続ける。
先に話題に上がったように、実技と座学どちらかに尖っている人でも入学できるので、座学だけが得意な所謂優等生然とした生徒だけ、逆に実技だけが得意な体育会系の生徒だけが集まるということは無い。
それはつまり、項目ごとに細かく見れば様々なレベルの人材がいるということであり、それが生徒の多様性を生み出す主たる要因であった。
加えて、この学園の立地がアクセスのよい都会にあることから、様々なバックグラウンドを持つ生徒が集まりやすいというのも一因であろう。
「貴族らしいのもちらほらいんなー。まあ、貴族っつってもこの国じゃ流石に傍若無人なバカはいなさそうだが」
ここイッシュヴァルトにおいて、貴族とはこの国の中枢運営に携わってきた一族を指す。
王国でありながら、さりとて民主主義を掲げるこの国で、国民の総意として、国を動かす代表としての存在。それが、貴族である。
詰まるところ貴族は、決して民の上に立つ存在ではない。
貴き者には相応の責が伴う、という言を忘れれば、即座にその席から落とされることも在り得るのである。
「偉そうな人もいないこともないけどねぇ、流石に、きっちりしている人が多いよー」
「……そう、だから夏希は最初結構残念がってたね」
「残念?」
いまいち、ピンとこない。
権力にものを言わせる輩がいないことを残念に思うという心情がいまいち読めなかった。
そんな流斗の心中を察したのか、少し苦笑いしながら、
「あはは、んーとね、実は私、そういうテンプレートみたいな展開が好きで、よく読んでるんだヨー。――そういう訳で、例えば編入生のキミが傍若無人な貴族様に絡まれるような展開は、残念ながらほとんど有り得ないってことですよ」
なるほど。そりゃ確かに、ありがちな展開である。
「――キミも、少し残念だった?」
「?? そりゃまた、どうして?」
「もしそういうのに絡まれただけだったら、模擬戦の相手に苦慮することもなかったろうかなーって」
その言葉に、一瞬ドキッとする。
少々お転婆なこの子は、しかし見ているところはしっかりと見ているようだ。
「……あー、流石に気づいてたかー」
「そりゃもう、こんだけ見てれば気づきますよ」
時折心の声が漏れ出してたしねー、と。
なるほど、そういうことですかい。
「あーーっ!! 今朝振りなのですー!!」
そんな感じで、食後の雑談に興じていた頃。
そろそろ残しといたプリンでも食うかなーと思っていた流斗の耳に急に響いた、姦しい声。
発した主の顔を見ずとも、その特徴的な語尾を聞いて誰なのかは容易に察せられた。
頬杖をついていた顔を上げて、流斗はその騒がしい後輩へと声を掛ける。
「よっ、朝以来だな。ちみっ子ー」




