陰謀
「ガ――フ、ッ……!」
ほとんど光の届かない空間で、更に昏さを上塗る凄惨な光景が広がっていた。
胴体に風穴を開けられたマッカムが再度多量の血液を吐き散らしていた。
ビチャビチャと、口と腹から生暖かい命が零れ落ち、比例して彼の精気が失われていく。
「マッカムッ!?」
我知らず叫んだ曹玲が即座に目を引き絞って犯人を射抜く。
「――貴様ッ! どういうつもりだ――ロゼネリアッ!!」
「私を糾弾する前にマッカムにお礼を言ったらどうですか、曹玲」
だがしかし、対するロゼネリアは柳に風だ。
子供の癇癪同然だと言わんばかりに曹玲の恫喝を受け流している。
「き……さまぁ……ッ!」
そのような態度を取るロゼネリアに、曹玲の臓腑が沸騰してゆく。
激情のまま、闘気を迸らせて生大刀を構える彼女にしかし、マッカムが割り込んだ。
「ロゼ……、ア、アタシに、謀反の気があると思った、の……?」
腹を押さえた手の隙間から止め処ない鮮血を溢れさせ、喘鳴しつつ問うマッカム。
「……確かに、アタシは最近のあなたに対して……疑念を、い、抱いていなかったといえば、嘘になるわ……。で、でもアタシだって何を優先し、尽力しなければならないかの分別くらいは……つ、付いていたわ……」
「そうでしたか」
けれど、ロゼネリアは浮かべる微笑を少しも崩さず返答した。
「あなたの心情は理解できました。ええ、痛いほどに。けどねマッカム、申し訳ないのですが、どちらでも良いのですよそんなもの。」
「……、」
「……ッ!」
些事に過ぎません、と続けた彼女にマッカムと曹玲がそれぞれの反応を示したとき、「ああそういえば」と思い出したかのようにロゼネリアが発した。
「妙に辺りが暗いと思っていたのですが、どういうわけか月が見当たりませんね」
「――――」
瞬間、マッカムの呼吸が、時間が停止する。
天空を陣取っていた銀の三日月の消失。それすなわち術者の身に重大な出来事が起こったということだ。欠片も感じることができないウォルフの神力をよそに、マッカムが流れ散る鮮血すら放置して思索した。
今や、生命樹は多大な被害を被っている。
大アルカナのほとんどは全滅し、径が機能を果たしていないために第一の神力が樹に循環することがなくなってしまった。そしてシェイクやウォルフの死により、セフィラの空きが増えている現状。あまつさえ、自分もロゼネリアに粛清されかけている。
「…………、」
……粛清? 本当にそうなのだろうか。
そもそも、なぜ大アルカナは死滅したのか。いや、原因は分かっているのだ、ほとんどはウォルフに殺されたということが。では、それを扇動したのは? そしてシェイクを単身黄泉に向かわせたのは? なぜ、わざわざウォルフの力が弱体化する三日月の夜を計画の実行日としたのか。
「……まさか」
大アルカナで唯一残っている個体がある。それは第一と第六を……。
遂にマッカムは思い至った。バラバラだったパズルのピースが彼の中で繋がれて形となり、
「――ロゼネリアッ!!」
激昂した。噴火山も斯くやあらんという赫怒の炎が全身に横溢され、間違いなく彼の人生で一番の神威と激情であった。赤黒かった体躯は焦熱されて溶岩の如く燃え上がり、右腕に収斂される神気は可視レベルで陽炎と帯電を迸らせる。
マッカムの人生において最凶最大の念を固めて放たれた一撃は――
「無駄だと分かっておいででしょうに、情とは罪深いものですね」
「ク…………ッ!?」
文字通り、届きもしなかった。
微笑むロゼネリアの柳眉すら動かすことなく、マッカム・ハルディートは沈黙する。
「感謝しますよマッカム。あなたには大変よく働いて頂きました」
「ま、待てロゼネリア!」
我知らず叫んだ曹玲の制止は虚しく響き――マッカムの心臓に大穴が穿たれる。
「――!?」
目を皿にした曹玲がその光景を戦慄いて見つめ、伸ばされた手は無情にも空気を引っ掻くだけだった。
「結局……アタ、シは……こうなる、まで……気付けなかっ…………」
胸を虚空に喰われたマッカムが血に溺れながらそう漏らし、カランとサングラスを落としてその奥にあった双眸を晒し、そして震わせて呟いた。
「ごめんねぇ……シェイク…………」
そのまま、彼はグラリと重力のままに斃れ込み、そして絶命する。
もう彼は物言わない。吹き込み、舞い散る砂埃がマッカムの体躯に降り積もり、それはまるで死んだ大地か砂漠のよう。
「クフフフ……。最期の最期までお優しいことで。個人的には、あなたのそんなところが好きでしたし、羨ましくもありましたよ」
「ロゼネリア!」
「おや、どうしました曹玲。そんなに気色ばんでしまって」
口の端を噛み切るほどに歯を食い縛った曹玲が、仲間を殺してなお落ち着いた態度を見せるロゼネリアに対し、辛うじて感情を抑えて問い掛ける。
「…………か」
「え?」
「私が、生き残ったからか? マッカムが私を始末せずに見逃したから、粛清したというのか!?」
「いいえ、違いますよ」
「なん、だと……!」
曹玲の詰問も何のその。相も変わらず、涼しげに言ってのけるロゼネリア。
はためくブロンドを耳にかけ、ロゼネリアは曹玲の眼を覗き込むようにして告げた。
「マッカムがあなたを見逃すことは織り込み済みでしたから。というよりも、そうして貰わねば困るのです」
「戯言を……貴様……!」
「今に分かりますよ。それと、動かない方がよろしいかと」
「黙れェ!!」
咆哮した曹玲が遂にタガを外して攻めかかる。
逆手に構えた生大刀を殺意と暴力で研ぎ澄ませ、戯れた言葉を吐く舌を斬り落とすため。
だが、
「――クッ!?」
突如、ガクンと曹玲の膝が抜け落ちた。
どころか、それを皮切りに彼女の全身から力が抜け、自由が奪われてゆく。
「だから動かない方がいいと申しましたのに。あなた、マッカムの拳を嫌というほど浴びたのでしょう? そうして意識があるだけでも大したものですよ」
「……く、そ……ッ!」
艶然と言い放たれたことは業腹だが事実である。マッカムの攻撃は確実に曹玲の神気を削っており、おまけに息吹で向上させた肉体の反動までが彼女を蝕んでいるのだ。
そんな曹玲を見下ろしながら、悠々とロゼネリアが歩み寄る。
視線だけでも抵抗する曹玲に対し、薄く笑みながら淑女は言った。
「一緒に来てもらいますよ曹玲。あなたには私の願いの礎となって頂きますので」
「ガ――……」
同時に、ロゼネリアが迸発させた神力により、曹玲の意識は闇へと沈み込んだ。
曹玲
17歳 172cm
帛迎――生大刀
地上を治めた大国主が持つ至高の宝剣。
根の国に落ち着いていた素戔嗚の宝でもあったため、地上のみならず黄泉においても絶大な威力を発揮する。
そのため瘴気を纏って攻撃することも可能であるが、持ち主の曹玲はそれを好まない。
攻撃 7.5
防御 6
速度 6.5
神力 6
精神 10
技術 8
息吹 身体に酸素を充実させて瞬間的に能力を上げる。しかし反動も少なくない。
攻撃 9
防御 7
速度 7
神力 8.5
精神 10
技術 6.5




