⑧大魔王の誤算
「………行ってしまわれましたな」
腰に手を置くシュタインが、洞窟の壁面を寂しく眺め続ける。
コルティとケリケラが体調を戻し、ようやく姿勢を戻し始めた。
「………元から、そのつもりだったのですね」
「ええ。ですが、彼も納得の上での結果です」
シュタインが事の次第を伝える。
「これから彼は魔王様を探し、この時代へと戻る鍵をお渡しになる。魔王様にとっても、彼にとってもそれはそれは長い道のりなのでしょう」
黒の英雄の本を読んだ者であれば、それが並大抵の戦いではない事を知っている。双子竜との戦い、そして何より大陸に国家が誕生するのである。戦いにしろ、感情にしろ、政治にしろ、何処を向いても簡単な道は一つとしてない。
だが、と大魔王が話に加わる。
「友の帰還を待つ者にとっては、それらも一瞬の出来事だ」
「そっか………あの鍵は、この時間に戻って来るようになっているんだっけ」
ケリケラの言葉が終わるのを待っていたかのように、先程の岩壁に歪みが生じ始めた。空間が濁り、背景が歪み始める。
「余の友の………お前達の主人の帰還だ」
大魔王の口元が大きく緩んだ。
「御主人様」
コルティが両手を胸元で握る。
歪みは先程と同じ渦を形成し、人一人が通れる穴を生み出す。
「どうやら、帰路の呪法は問題なく作用させたようだ」
あの球体は、特定の人物しか発動させる事が出来ない。時空溝が出来た時点で、その存在の生存が証明された。
「………出て来ないね」
黒い粒子による渦は不定期な速度で回転しながら、口を開けている。
「いや、何か影のようなものが見えましたぞ」
シュタインが眉の上に手を置き、渦の中の異変に気付く。
それは、人だった。
だが、直立した姿ではない。
まるで魚が吐き出したかのように渦から捨てられたそれは、つい先程別れを済ませたばかりの者だった。
「り、リコル殿!?」
シュタインが叫ぶ。




