②元勇者の葛藤
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世界から隔離されたこの里でも、人々の生活は何一つ変わっていない。力ある者は農作業や荷物を運び、器用な者は服を縫い、道具を生み出す。子どもは無邪気に走り回り、彼らのみが共有する規則の中で、小さな世界を生み出していた。
時間を忘れる程に閉ざされた空間では、里に設置された照明や木々から発せられる光量を調節して時間の経過を示している。大魔王の魔力なのか、それとも木々が生み出す自然の力かは分からないが、ここでは気温ですら調節されていた。
「………相変わらず、不思議な場所だ」
リコルは里の中央付近に位置する広間の長椅子に座り、体を前に傾けながら、視界に入る全てを堪能していた。
住んでいる者同士の問題が全くない訳ではないが、外の街の様に人を傷付け合う事も、私欲によって物が奪われる事もない。それは完成された平和と表現でき、見方によっては世界との繋がりを避けた不健全な環境とも表現できる。
ここに住む者達の多くは、外の世界がどう変化しているかを知る術がないまま生きている。
「………残酷な世界だ」
思いついた言葉を繋ぐようにリコルが小さく声に漏らす。どんなに争いがない世界であっても、それが誰かによって管理されなければ成立しないのであれば、人としての成長は見られなくなると考えた末の言葉であった。
「あんたは、そう思わないのか」
目を閉じ、背中合わせに並んだ長椅子に座る男に、言葉を投げつける。
「さっき、奴らの家に言っていたようだが………?」
まるで初めからその場にいたかのような銀髪の男は、何も答えなかった。
「まぁ、いいさ」
リコルだけが一方的に言葉を紡ぎ続ける。
「この環境に満足している間、この文化水準が永遠に続く………それはここの住民にとって幸せなのか?」
不満や不便があるからこそ、人は思考や技術を変化させ、適応していく。それを失った時、人は考える事も生み出す事もしなくなる。リコルは男にそう問いかけた。
「………その事実は概ね間違っていない。だが、余がこの地を作った目的は別にある」
「へぇ」
ようやく言葉が返ってきた事に、リコルの頬が意地悪く緩む。
だが、すぐに静寂な空気へと変わる。意識を変えれば様々な雑音が方々から入って来るが、今の二人には無音に近い空間に包まれているかのような感覚に近かった。




