⑪置き土産
「さて。私もそろそろ戻らないと、周囲に怪しまれてしまいますわ」
空になったジョッキをカウンターに放置したまま、クレアは厨房へと足を戻し、そしてその境目で足を一度止めた。
「元勇者一行の私が言うのも、可笑しな話かもしれないけれど………頑張りなさい。あぁそれと、彼に会ったら言っておいて。『私が勝てなくても、私の子孫が代わりに倒しに来るから、覚悟しなさい』って」
「………クレアさん」
コルティとシュタインは立ったまま小さく頭を下げ、その姿に全てを込める。だが、クレアは二人の姿を振り返る事なく、厨房の奥へと消えていった。
「………あっという間に、いなくなりましたな」
シュタインが厨房の奥を見つめたまま、短く鼻息を放つ。
「それだけ、彼女の立場は危うい位置にいるという事なのでしょう」
コルティが、カウンターの椅子に腰を下ろす。
クレアがこの王都で、旧カデリア王国の代理として着任してまだ間もない頃、彼女が自分の立場を崖の先端で爪先立ちしていると自虐的に、しかし無表情のままこの店で酒を嗜んでいた事を思い出す。
今の彼女にとっては、人ならざる者達と夜な夜な会っていたという噂ですら、足元をすくわれかねない。それだけ彼女は、どんな犠牲を払ってでも爪先立ちを維持しようとしていた。横風が吹いて姿勢を崩す事もあれば、足元の崖が急に崩れて落ちる事もあるように、自分の努力だけではどうにもならない要素は多い。それでも彼女は、成すべき事を成そうとしている。
「辛いですな。我々と違い、同じ人間同士のはずなのですが………随分と物騒な関係ではありませんか」
「えぇ、本当に」
コルティは、危険を冒してでも会いに来た彼女の心に感謝しつつ、受け取った本を丁寧に一枚ずつめくり上げる。
そこへ、小さな羊皮紙が一枚。床へと舞い落ちた。
「あら」「おや」
二人には、本に挟まっていた物だと、すぐに察しがついた。シュタインは、屈もうとしたコルティよりも先んじて腰を落とし、羊皮紙を拾い上げる。
「栞………にしては随分と大きいですな」
立ち上がりながらシュタインが羊皮紙の両面を返すように確認すると、すぐに目を細めて動きを止めた。




